望まぬ邂逅
よぉーく知ってるっつうの。……まぁ今の今まで忘れてたけどさ。
出会いたくないランキング一位…いや殿堂入り、ソイツの名前は"倉木乱雪"。
馬鹿みたいにクソ強いって噂は聞いてたが正暦保全者なんて星の数ほどいるし会うことなんてないだろう…なんて思いこんで、そのデータを記憶の引き出しに仕舞わずにそこら辺に投げ捨てといたのを今更後悔する。
戦わずに逃げるのが正解だと体中の信号が赤に代わり非常ベルを掻き鳴らす。確かに圧倒的な格上を前にバカ正直にタイマン張るのは馬鹿のすること。そんなのはゴリラでも分かる。だけどアタシはただやられてスタコラ逃げるだけのみっともない女じゃねぇってところを見せてやるよ。
砂浜を蹴り出し"ギャスタだった時の瓦礫"へと駆け寄る。敵はアタシのことを警戒していなかったせいで完全に反応が遅れている。C:Dまでは残り2メートル。敵はまだ動く気配すら見せない。
ギャスタ。アンタはクソムカつくやつだったけど最後にお前なりのプレゼントをくれて感謝してるよ。取った瞬間ログアウトして倉木とはおさらばだ。
C:Dまで残り1メートル。フレデリカへ連絡を取ろうと通信を飛ばすと同時に背後から生暖かい"何か"に全身を握りしめられる。
「"空闌宝蔵"。それがその子の曲名だよ。」
私を包み込んだ正体を知る前にC:Dに向かって伸ばした手がその間に現れた門のような物体に吸い込まれ消えていることを確認する。そして異空間へ消えた手から伝わる柔らかい感触。それから手を引き抜くとアタシを包み込んでいた"何か"も消え去った。
間違いない。"アタシを握っていたのはアタシ自身"だった。あの空闌宝蔵は異次元ゲートを作り出すもの。加えてそのゲートを出入りする物の大きさを自由に変えられる。クソっ…。ギャスタが死んだのははっきり言ってどうでもいいがC:Dは回収したかった。つーかフレデリカは何やってんだよ?どう見てもピンチなのはガキのお前でも見りゃ分かるだろうが!堪らず再度連絡を飛ばす。
(おいフレデリカ!早くログアウトさせろ!)
(うるさいな!ちょっと待ってよ!フレデリカちゃんだって急いでやってるってば!)
帰ってきた言葉は"少々お時間をいただきます"っていう有り難いお言葉。あークソッ。だから新人は嫌だって言ったんだよっ!目の前ではアイツがニタニタ笑いながらこっちの出方を伺っている。予定は完全に狂ったが生き残るためにはやるしかない。深くため息を吐いてから声を放つ。
「おいクソ糸目野郎。そんなに遊びたいならジル様が少しだけ遊んでやるよ。言っとっけどアタシはあの筋肉ゴリラみてぇに弱くねぇかんな。"不良少女の禁煙週間"。」
身体の中から染み出すように溢れた白煙が全身を包み装具と筋肉と成って身体の一部と化す。アタシの能力"不良少女の禁煙週間"は自身の身体を煙霧化させる能力。物理攻撃から炎や水みたいな変化技までどんな攻撃だろうが完全無効にする無敵の能力。
煙は硬質化可能で、攻撃する時には実体化するから攻撃を受けることになるが別に今は正面切ってコイツと戦うわけじゃねぇ。この勝負の勝ち負けの基準は"逃げられるかどうか"だ。
「詳しいことは教えてやるつもりはねぇがお前がアタシに追い付こうが攻撃を与えることは絶対に出来無い。せいぜい雪玉でも投げてアタシの身体を揺らめかせる遊びでもしてるんだな!」
60メートルくらいか?既にだいぶ距離は離れた。大腿四頭筋、大殿筋、腸腰筋、ハムストリングス。走る為に必要なそれらの筋肉として作り出した煙が躍動しその距離を突き放していく。頭の後ろに具現化させた瞳で確認するとアイツがようやく動きを見せるところだった。
「"戟滅兵杖"」
それと同時に右脚から脳へ走る激痛。ヤツの周りに漂っていた雪が弓矢の形に変化し、一列に並んだそれから放たれた雪の矢がアタシの脚に風穴を開けていた。身体から滲み出た煙がその部分へと集まり穴を埋める。この状態で痛みを伴う攻撃を受けるのは初めてだったから不安だったが取り敢えず傷の治療は可能。まぁ痛みまでは取れないが……。
いやいや問題はそこじゃねぇ。どうして煙霧化してるのに攻撃が当たったのかって事だ。倉木があの"門"を使ってどんどん距離を詰めてきてる。どうやら出し惜しみしてる場合じゃなさそうだな。
「"白捕頭頭"、"狒猴紫煙"」
アタシの左右の手から伸びた煙が分岐してその先に"可愛いペット達"を作り出す。右手から伸びた白煙の先にはずんぐりむっくりで四枚の翼を生やした鳥が翼を羽ばたかせる。鳥の中に鳥が入ってるみたいにデカい嘴をこじ開けてそこから顔を覗かせている。左手から伸びた紫煙の先には背中に翼を宿した狒々のような生物が繋がっている。脚は鳥みたいな逆関節で鱗のような外皮で覆われている。
生み出したのはそれぞれ五体。繋がっていた煙を断ち切ると敵に向かって勢いよく走り出す。あの子達はアタシと違って実体を持った煙霧生物。煙を繋げてる方が強度やパワーは上がるがソイツらが食らったダメージが飼い主のアタシにまで伝播する。勝ち目のない相手に対してそれは絶対悪手。
だけど未来のエースの呼び声高いアタシの能力が煙霧生物を作り出すだけだと思うなよ?瞬きする間に白捕頭頭が奴の目の前まで一気に距離を詰める。白捕頭頭は攻撃する術を持ち合わせていない。その代わり圧倒的な速力と捕縛性能を併せ持つ。
奴の手足に白煙が纏わり付き動きを封じる。やっとこさ辿り着いた狒猴紫煙がその身体へ爪を掛け鋭い牙で齧り付く。狒猴紫煙は白捕頭頭と対象的に速力はイマイチだがその代わりに圧倒的な攻撃力と傷をつけた相手にトレイス体を蝕む毒を放つ。トレイス、速力、筋力。それらを失ったお前に待ってるのは敗北だ。今回だけは見逃してやるよ。その毒は暫くすりゃ治るがその頃にはアタシはアートアンベルトに帰って寛いでるだろうさ。
■時の瓦礫の保管箱
【曲名】
不良少女の禁煙週間
【創造地点】現位置換算済
正暦分岐点 1648.04.30
アルメニア共和国 エレヴァン ジェンガビット "エレバン湖及びフラズダン川"
エピソード名 "渇かぬ嗜好"
【所有者】
ジル=ベラスケス・ファルマージョ
【効果】
自身の身体を煙霧化させる能力。煙霧化状態時は打撃や特殊能力(炎、氷等※一部能力を除く)を完全無効化する。煙を硬質化させ攻撃することも可能だが硬質化している間は攻撃無効化の特殊能力は消える。煙を自身の筋肉へと変化させ、身体能力を向上させることが可能。
"白捕頭頭"
煙を翼を持つ白鳥型の生物へ変化させる。攻撃性能を持ち合わせていない代わりに、高い速力と触れたものをその場へ固定させる捕縛性能を持つ。能力所有者と煙で連結時のみ各種性能が上昇する。
"狒猴紫煙"
紫色のスモッグを変化させ鳥と狒々の合成獣を作り出す。牙と爪で傷を与えたものへ身体機能を低下させる毒煙を送り込む。能力所有者と煙で連結時のみ各種性能が上昇する。




