壊変記録"ジル=ベラスケス・ファルマージョ"
「ちょっとジルちゃんってば!フレデリカちゃんの言うことちゃんと聞いてるー?」
新しくウチらの染色者になったガキが耳障りな甲高い声をアタシに向ける。ウサギだかネコだか分からない動物をモチーフにしたであろう気ぐるみパジャマを着てバンバンと机を叩いている。何でアタシ達に充てられる染色者はみんなこういうポンコツばっかなんだよ。いや、ポンコツなのは染色者だけじゃなかったな…。横に目を向けソイツを見る。アタシの胴よりも太い腕を上げて頭を掻きながらダルそうに口を開く。
「今回のエピソードはこっちに游咏魚が二つあるやつなんだろ?黙ってても勝てるんだからジルだけ行かせればいいだろうが。なんで俺まで呼び出してんだよクソが……。
あーーー。もう細けぇこたぁいいから早く行こうぜ。おいフレデリカ。時間の無駄だから連絡事項あんなら早く言えや。」
「はァ!?先輩風吹かしてるとこ悪いけどそれはアンタが……」
ギャスタの発言を訂正しようと口から溢れかけた言葉を呑み込む。これ言うと不機嫌になるから今は言わないほうがいいな……。ギャスタから難癖をつけられたフレデリカは頬を膨らませ怒っているようだった。
「ちょっと!フレデリカちゃんのウルトラ可愛いファーストネーム呼んでもいいなんて一言でも言った?言ってないでしょー?
うーん……でもフレデリカちゃん優しいから"フードキャップちゃん"って呼ぶことをギャスタに許可します!」
目の前で広げられるバカとバカの生産性ゼロな口論。毎回見せつけられるアタシの身にもなれっての……。"お話"が終わるのを待っているとアイツが現れる。漏れ出る赤黒く濁った性悪な雰囲気とは逆に真っ白な服を身に纏っている。
アタシより後に入ってきたにも関わらずあっという間に壊変師団のNo.3に上り詰めた男、間千干支。気に入らない未壊楽者を手当り次第潰して回ったっていう噂で当時は持ち切りだったことを思い出す。
未壊楽者とはいえウチラの身内だ。こっちの駒の数を減らすようなことをすればあの方やテテミガロ様が黙っているはずは無いがこうして生きてるっていうことはそれだけコイツが強いってことなんだろうな。まぁ厄介事には関わらないに越したことはない。間はキレてるみてぇな不機嫌そうな面をしたままフレデリカに向かって何かを投げる。
「おいフレデリカ。この壊変戦闘で時の瓦礫使ってみろよ。」
フレデリカの手で煌めく円盤…って時の瓦礫じゃねぇか!こんなクソ生意気なガキにやるならアタシに寄越せよ!
「フレデリカちゃんいらなーい。だって時の瓦礫って痕跡索がぎゅっーってなって出来るんでしょ?そんなのアタシの中に入れるなんてホント無理なんだけどー?」
フレデリカは嫌そうな顔で時の瓦礫を摘むと、投げ捨てるように間に突き返した。お前っ!そいつにそんな態度したらいくらお前でも…。
「……そうか。忙しいとこ邪魔して悪かったな。」
って……はァッ!?何なんだよその激甘な対応!?恋愛なんて興味ねぇみたい面して案外こういう生意気なガキがタイプだったりするのか?つーかなんで時の瓦礫?……まさかそれでフレデリカの気を引こうとしてたとか?……なるほどな。こいつの素体は20歳以下の恋愛経験のねぇガキと見た。勇気を振り絞ってアピールしたのに呆気なく振られて残念だったなNo.3さんよ!
そんなアタシの思考を読んだのかバカにしてたのが表情に出てたのかは分からないがアタシを睨むとそのまま外へと出ていった。
あぶねー…調子乗りすぎたわ。アイツなら壊変者のアタシだろうと殺しかねないから身の振り方は慎重に。元々賢いジル様だけど更に賢くなったみたい。
移動卵殻から游咏魚の水槽へ降りる。天井にぶつかりそうなほどの巨体を揺らし不機嫌そうに開始を待つギャスタ。はー…。せっかくいい"エピソード"引いたってのに一緒に行くのがこいつじゃあプラマイマイナスだな。壊変戦闘が終わったらもっと面のいい男をあてがって下さいって頼んでみるか…。
『正暦分岐点1829.10.03
エピソード名“若き王と砂上の城”
游咏魚の水槽内痕跡索解析中…解析完了
ギャスタ・アーガデイズ、ジル=ベラスケス・ファルマージョ
識別番号aue:98412、aue:4646044確認
正暦保全者三名転送開始』
降り立ったのは白い砂浜の上。安らかなさざ波の音と眼の前に広がる美しく青い海が荒んだアタシの心を癒やす。
「なぁーギャスタ。少しくらいゆっくりしてこうぜ?」
アタシの提案に対して目を合わせることもなくぶっきらぼうな言葉で答えるギャスタ。
「馬鹿言ってんじゃねぇよクソアマ。抹消標的殺すのが先に決まってんだろ。」
ブッッ殺すぞこのクソゴリラ!!!めんどくさがりなのか真面目君なのかハッキリしろや!!!あ〜〜〜〜やっぱマジでムカつく顔してんなこいつ。能力のデメリットでそんなブスになってんのかァ?あァ?壊変師団には人をいらつかせる天才しかいねぇのか?
いやいや落ち着けアタシ。間程度の実力も無いのに仲間殺しはマズイ。コイツを殺したところでアタシには朝食のバナナが一本増える程度のメリットしかねぇ。デメリットがデカすぎる。それに間違いなく未壊落者以下の扱いを受けるハメになるしな。
……そうだ!エピソードの中からパクってきたアンガーマネジメントがどうこうっていうタイトルの本に怒りを鎮める方法みたいなのが載ってたな。確か苛立ちを感じたら1から10まで数を数えるんだったよな?よぉーし、1…2…3…。大丈夫アタシは知的で可憐な乙女。こんなことで腹を立てたりはしない。
「おいゴリラ女。アホ面晒してねぇでちゃんと周り警戒しろや。」
やっぱコイツ殺す。帰ったら真っ先にあのクソ本捨ててやる。いや、一文字すら認識出来ないほどにビリビリに破り捨てて燃やしてやる。折角ハワイでの任務だってのに開始一秒で気分はサイアク。アタシを癒やしてくれるのはピラミッド・ロック・ビーチ様アンタだけだよ…。
「おいジル。記録の住人だ。連絡は来てねぇが恐らく抹消標的もあの中にいんだろ。行くぞ。」
アタシの返答を待たずに遥か向こうに見える石ころ程度の大きさの人影に向かってギャスタは歩き出していた。




