護る者へ
これでひとまず操られた記録の住人は制圧完了ですね。身体を囲うように現れた"ワンダースクエアボックス"によって身動きが取れなくなった記録の住人はボックスを壊すのを諦めて動かなくなっていた。視線の左側には母親が子供を庇うようにうずくまっていた。
───っ!
目の前を駆ける二匹の骨格獣。能力を発動させその場に固定する。
「仕留めたと思ったんだがなァ…お前さん思った以上に遣り手みてェだな。」
聞き覚えのある声が右から届く。
「"散々九刀"」
手に現れる一振りの刀。敵を攻撃するよりも先に放たれた三羽の骨格鳥が不規則な動きをしながら親子に迫る。ジザリの持つ骨刀と散々九刀がぶつかる。戦いながらでは不規則に動くあの鳥を捕らえることは難しい。それならば…。
空中に現れる巨大な箱。捕らえられた鳥達は壁に向かって何度も体当たりをしている。無駄です。ワンダースクエアボックスは大きくなるほど強度も増す。その小さな体ではその鳥籠から出ることは叶いません。
「優男のふりして儂のペットには酷いことするもんだなァ正暦保全者さんよ。」
敵の手中から再度放たれた三匹の鳥。それは一直線に駆け親子を狙う。まずい、捉え切れない。そう思った次の瞬間、眼前を朱色の千鳥が駆け抜け敵の首を刎ねると、勢いそのままに三羽の骨鳥を蹴散らした。
力無く芝に崩れ落ちる敵。箱の中に捉えていた鳥達も動くのをやめ床面に落ちていた。光の元へと目を向けるとそれぞれ自身の刀を肩に担ぐ二人の姿があった。
「ヘヘッ、師匠お助けマンの参上です。」
「どうぞ自慢の一番弟子と呼んでください。」
いつの間にか雨は止み、自信満々で年相応の笑顔を見せる二人を鮮やかな西日が照らした。転天さんは親子の元へ駆け寄ると子供の頭を撫でながら冗談を言って張り詰めていた空気を和ませていた。彼もまた護られる者から護る者へと成長していることを知る。
「タカ丸さん、他の壊変者が侵入してくる可能性があります。注意を怠らずいきましょう。」
傷付いた身体を治療するため"合法治験薬"の一握の破片を近くにいた記録の住人に使用する。傷ついた身体が徐々に癒え戦闘が始まる前へと身体の時を戻す。綺麗になっていく体とは裏腹に傷の痛みの感覚は増幅していく。この副作用が無ければ最高なんだけど…。そんなところへ千鶴さんから連絡が入る。
『貉さん!さっき倒した壊変者の生体反応が消えていません!』
首が千切れたままのジザリを見ると、横になったまま鏡の中へ骨刀を突き刺している。
「ヴァッ」
遠くで鳴る小さな嗚咽。その音の先には首を貫かれた転天さんが崩れていく姿があった。散々九刀でジザリの身体を弾き飛ばす。タカ丸さんが転天さんの元へと駆け寄っていく。
「ありゃ、要保護記録者のガキを狙ったつもりだったが目測を見誤ったか?首が千切れたままじゃ上手く当てられないモンだな。」
そう呟くジザリの頭は芝に倒れたままの身体と繋がり、切り離したはずの首は黒い糸で本体と結ばれていた。身体を取り戻したジザリが首を回しながらゆっくりと立ち上がる。
「いやー傑作傑作!あのガキとんだ笑いモンだな。儂が"千切れちまったら治せねェ"って言ったのを真に受けたのか?あぁ?どうも嘘が無い世界から生まれ落ちたらしい。これだから緊張感が無ェ奴は嫌いなんだよ。」
「千鶴さん!転天さんをログアウトさせてください!」
「…傷が深すぎてログアウト時の衝撃にトレイス体が耐えられません。衛生班は今向かわせてます!」
申し訳無さそうにそう連絡をよこす千鶴さん。しかし衛生班が来たところでこの傷の深さは星さんの"超法規的処方薬"で治せるかも厳しいな…。怒りと悲哀を混ぜたような絶叫とともにタカ丸さんが敵に斬りかかる。それよりも僅かに早く敵の位置へボックスを放つ。
「裏面解錠 "戰骨万来軍象撃"」
ジザリはサーベルタイガーの骨格獣に乗りこちらの攻撃を難なく交わし後方へ跳ぶと無数の骨格獣を作り出しこちらを牽制する。現れたのは二相の牙を振り上げ巨躯を揺らすマンモス、鋭い歯を光らせ威嚇する恐竜と鮫、サーベルタイガーの群れだった。
「待て待て。物事を焦っちゃあいけねぇな。儂のトレイスはもう空だ。ヘヘッこいつは嘘じゃねェぞ?
目的のガキこそ仕留め損なったが面白いモン見れたから良しとするってことよ。そんじゃあ儂は観光でもして帰るとするかな。」
消え去っていくジザリの姿。それを合図に襲いかかる骨格獣との戦闘が始まった。先程までのものと比べて攻撃力、耐久力共に大幅に上がったそれらは飼い主を守る忠犬のように僕達の行く手を阻む。静かな霊園に獣達の鳴き声が交錯しその静寂を食い破る。
その身を消したジザリの声だけがその喧騒の中へと姿を現し、骨格獣と刃を交わす私達へ声を振り掛ける。
「記録を守る?未来を救う?英雄気取りなのは結構結構。だがここはお遊戯会の舞台じゃあねェ、殺すか殺されるかの戦場だ。憧れに浮ついた輩が易易と来ていい場所じゃあ無ェんだよ。今日一匹の馬鹿なガキが死んだことで残った片割れの方もよく理解出来ただろ?」
敵の振り下ろす抜き身の刃にタカ丸さんは反論することも無く、ただ静かにその小さな体で受け止めている。
「非力で無知なガキは黙って部屋に引き籠もって絵本の中のヒーローを応援してればいいんだ。これは誰の責任でも無ェ、自分を過信したお前ら自身の責任だ。人生は大河のうねりみたいに入り組んでる。お前らはそこに巻き込まれてユラユラと流れるだけのちっぽけな小石だ。お前らにその流れを変えることは出来ん。また戦場で見かけたなら望み通りきっちりと殺してやるから安心しろ。それじゃあな小僧。」
ジザリの声が途切れると同時に最後の骨格獣を打ち砕く。辺りを元の静寂が包み込んだ。
転天さんがいた場所を見ると死ぬ間際に自ら抜き出し、一握の破片と成った"呑楽喰楽千鳥"と、魂を失った痕跡索が変化した時の瓦礫が互いに寄り添うように芝の上に転がっていた。
タカ丸さんはその場へ膝を付き人型に窪んだ芝を…彼の痕跡を触っていた。僕も膝を付きタカ丸さんに寄り添い肩を抱き寄せる。その腕の中に包まれたタカ丸さんが細々とした言葉を紡ぎ出す。
「師匠さ、少しだけ俺の昔話聞いてくれよ。」




