背反二流
一面を覆う芝と点在する木々が色鮮やかに発色する森閑とした墓地に悲痛の雨が打ち付けている。それを喜ぶかのように身を青々と魅せる芝とは対照的に、円を作って静かに佇む黒尽くめの人集りが目に付く。
その中心には棺がぽつんと横たわっていた。彼らが指す傘に打ち付ける雨音が啜り泣く音を打ち消す。恐らく故人の一人息子である小さな少年が喪主である母親のスカートの裾を握り大きく目を開いて棺を見ている。今ここがどういう場なのかさえよく理解出来ていないはずだが、大きく開いたその瞳はこの記憶を忘れまいと、必死に目に焼き付けているようにも見える。
どうやら葬儀の最中のようだ。身に付けた白い隊服が礼装へと痕跡転換される。正暦保全者の姿は記録の住人にも見えるため下手に警戒されないように時と場所に合わせた姿へ自動的に転換される仕組みとなっている。
「転天さん、タカ丸さん。要保護記録者の解析はまだですが、彼らの内の誰かということはまず間違い無いと思います。今から接触、保護を図るので周囲にジザリ・ハザリらしき人影が無いか注意しながら警戒にあたってください。」
「「了解!!」」
僕達三人はそうして彼らの傷心の輪へと加わった。前に立つ一人の老人がふと気に留まる。着崩れた礼服もそうだが傘を指す反対の手に握られたこの場に似合わぬワインボトル。聞き耳を立てると傘が弾く雨音に掻き消されそうな小さな声でぼそぼそと独り言を吐いていた。
「…ったく。雨ってのは嫌な記憶が蘇るから嫌なんだよなァ…。あンの由良の小僧が…儂は七十じゃなくて六十九だってのによォ…敬うって言葉を知らねェ上に緊張感も持ち合わせていないと来たもんだ。全く最近の若いヤツは気に入らん…
…
なァ、お前もそう思うだろ?」
──っ!
その男が振り向くと同時に放たれる殺気と衝撃。真後ろにいた僕は大きく後方へ吹き飛ばされ雨をたっぷりと含んだ大地に打ち付けられた。
僕が攻撃を受けると同時に後方へ飛んで敵と距離を取る二人。
「師匠大丈夫ですか!?」
「大丈夫です。ガードしたので問題ありません。」
タカ丸さんの心配にそう答え、ガードのために出したボッスを解除し敵を見据える。野暮ったさを感じさせるその老人の左目には何かを隠すかのように包帯が無造作に巻かれている。ボサボサの白髪を後ろに流し頬を赤らめふらつく姿は報告にあった実力と噛み合わなかったが、先の攻撃の速さからその男の実力の高さを窺い知ることは十分にできた。
時の瓦礫 "ワンダースクエアボックス"
"トレイスで構成された箱型の物体を12個刻みで具現化する能力"
箱型であればその形状は自由。殺気を感じた瞬間に板状に薄く伸ばした箱を防壁としてその攻撃を防いだ。作り出す箱の体積合計が大きくなるにつれてトレイスの消費も大きくなるため普段は1個を軸に発現させ、それ以外の残りのボックスは1cmの立方体として身体の周りに浮かべている。
敵との間合いが余りにも近かったこともあり先の攻撃がどういうものか分からなかったが、その疑問を考える間もなく敵の声を合図に答えが姿を見せる。
「"蛮骨剥婪塊"」
二人を囲うように現れた数十匹の獣。しかしそれらは肉体を持たず骨だけの…そう骨格標本のようだった。体長はおよそ70cmほど。失った肉を求めるかのように唸声をあげて二人に飛びかかる。二人を守るため能力を発動しようとすると転天さんが声を上げる。
「師匠!ガードは不要です!」
その声と共に距離を取っていた二人は背中合わせとなり襲いかかる獣の群れを迎え撃った。
「"呑楽喰楽千鳥"」
「"斬波乱"」
転天さんとタカ丸さんの手に現れる二振りの刀は背反する二人をそのまま具現化したような見た目をしている。転天さんの手には刃こぼれし今にも折れそうな細身の刀。タカ丸さんの方には両手でやっと支えられる程の無骨な大刀が握られていた。
そんな二人の小さな身体が見えなくなるほどに覆い被さった獣の群れ。しかし次の瞬間にはそれらは弾け飛び、中心にいた二人は悪戯な笑顔を覗かせた。
流派や剣術など気にも留めない不格好な二流の太刀筋は僕の固定概念ごと骨格獣を切り裂いていく。その型に囚われない自由な剣捌きは流派を極めた達人のそれを見ているようだった。
バートンテイルに流れ着いて僅か三週間。驚くほどのスピードで進化していく類稀なるその若き才能をまざまざと見せつけられる。
息こそピタリと合えどその能力もまた背反したもの。切り付けたものが静かに消滅していく転天さんの"鈍ら千鳥"に対して、弾いたその骨を彼方まで吹き飛ばす程に豪快なタカ丸さんの"斬波乱"。一人ではまだまだ未熟な力が掛け合わされて互いの潜在能力を限界以上に引き上げる。
「あァ…?何だァ?」
敵に目を向けると体の節々に切り傷が浮かび血が伝っている。
「老人は家で大人しくしてるべきだぜっ!」
転天さんが朱色に輝く鈍ら千鳥をジザリに向けて振り抜くと、その光が千鳥の形となり斬撃を纏って敵へと羽ばたく。斬撃を真正面から受けたジザリの体には袈裟斬りの跡が残る。
「なんだ畜生…。全く、三人相手なんて聞いてねぇぞ。こんなに面倒くせェなら来るんじゃあ無かったよ。」
そう言うとジザリは私達に背を向けて離れていく。
『貉さん!要保護記録者の解析が完了しました。要保護記録者はこの葬儀の喪主の子供の少年です!この後道路に飛び出し車に轢かれそうになるのですが母親が気付いて何とか助かります。壊変者の狙いはその子を消すことです!』
突如始まった乱闘に逃げ惑う記録の住人に向かってジザリが何枚かの一握の破片を投げる。どうやら向こうの解析も終了していたみたいですね。二人の能力は撃破には優れているものの住人の制圧には向いていない。しかし彼らはまだ青く実戦経験が…。
二人を見ると決意と自信に満ちた目で既に答えていた。そうですね。ジザリは任せましたよ。
僕は少年の元へと急いだ。




