マリインスキーで手を引いて
星さんは説明し終わると気まずそうな顔でこう続けた。
「そういえばさ…貉っち研究所に行ったってことは当然ヨノマリアさんに会ったんだよね?…僕のことなんか言ってなかった?」
「ん?いえ特に何も言ってなかったですけど何かあったんですか?」
「いやー……ヨノマリアさんが病んじゃった原因作ったの僕なんだよね……。実はさ……。」
何かの説明を始めようとしていた星さんの声を遮るように秋瓜さんからの通信が入る。
『はいはい二人共ー。お話はその辺にして先を急ごうねー。隣の九麓聡先生が静かにお怒りだよー。』
「さ、先急ごう!」
明らかに焦った顔の星さんに手を引かれて地面を蹴り出した。転送地点から数分走った先にそれは現れる。一面の雪の上に立つそれは白の石造りの建物で白い柱と外壁を彩るティファニーブルーの緑の対比が美しく歴史と品格を感じさせた。少し歩き正面入口へと着くと星さんが懐を弄り何かを取り出した。
「朝の5時か。流石に…開いてないですよね。貉っち。今から僕達は不法侵入するけど今更法律どうこう言ってられないので許してね?」
鍵穴に何かを差し込み回すと鍵の開く音が鳴る。引き抜いたそれを見ると確かに鍵の形をしているが直ぐに真っ直ぐな棒へと変化した。
「あぁこれ?研究所の発明品で名前は…らくらくキーだったかな…。多分違うけどまぁいいでしょ!ほらっ先急ごっ!」
お客さんはおろかスタッフの人さえもほとんどいない静けさが目立つ劇場内を進む。
──っ!
何かから守るように僕の体を強く引いて、より一層辺りを警戒する星さん。
「ずっと見られてたし既に攻撃を仕掛けられてるね。ホールへ急ごっか。僕の能力は狭いところだとちょっとやり辛いからさ。貉っちはボックスで後ろをガードしてくれる?」
歩速を早めつつ言われるがままボックスを展開する。薄暗い廊下に響く轟音と何かが崩れ落ちる音。敵の姿が見えないままホールへ続く扉の前まで来ると重厚なそれを押し開け客席中央部分まで跳び後方から迫る"何か"と距離を取る。振り向くと同時に扉に線が入り崩れ積み木のように落ちる。仄暗い廊下から現れた敵影は二つ。
一人は情報にあったヨーロッパ系の女性。白髪で凛と鋭い目つきに黒いローブのような服を纏った姿は正しく死神のようだった。話にあった死神の能力は出していないが一度解除したのか?そんなことを考えながらもう一人を見る。
男の人のようだが線も細く何かにびくついているようにも見える。両の肘から先から手に向かって片側を宙に揺らす無数の手錠が掛けられていた。先程の轟音の正体はこれか?そのような能力には見えないけど…。
その男の人が腕を振るうと数個の手錠がこちらに向かって飛んできた。空中にボックスを具現化させてそれを防ぐと空中に固定したはずのボックスが大きな音を立てて地面へと崩れ落ちる。箱の内側から生えるように伸びる鎖とその端に付いた鉄球。恐らく見た通りの拘束系の時の瓦礫みたいだ。
「彼が持つ手錠に触れた物に鉄球がついた手錠が自動でかかる仕組みみたいだね。迂闊に武器本体で触れないように気を付けようね。」
再度敵を警戒するが追撃する様子が無い。おどおどとした男性が仲間の女性に向かって口を開く。
「クロエ様…私はやはり…。」
「未壊落者が私に意見する気か?お前の時の瓦礫が多少役に立つから連れてきただけで時の瓦礫だけ抜き取り今すぐにお前を殺しても私に何ら支障は無い事を理解しているか?使われているという立場を忘れて思い上がるな。」
およそ仲間に掛ける言葉とは思えない発言がその男に有無を与えず黙らせる。男は何かを諦めたかのよう目線を落とし口を固く結んだ。
騒ぎを聞きつけ集まってきたこの劇場のスタッフにD:Cが投げられると、それを取り込んだ彼らは何かを探すように散っていく。非常にまずい。僕らは二人しかいないのにもし要保護記録者が彼らに殺されてしまったら…。
「要保護記録者の事心配してる?大丈夫だよ。D:Cで操られた記録の住人は要保護記録者を捕まえることは出来るけど傷つけることは出来ないから。同じ空間にいた痕跡索同士だから拒絶するんだろうね。だから今は目の前の敵に集中してこ。」




