大きな星と秋の瓜
「君が箱嵜貉くんねー。はいはい、留っち達から話は聞いてるよー。僕は星鐵福楽。みんなからは星くんって呼ばれることが多いから貉っちも好きに呼んでちょ。それじゃあ今日は宜しくね。」
ヨノマリアさんの元で二週間の特訓を終え初めての保全戦闘の日を迎えていた。
僕の隣に立つ一人の男の人。柔らかいウェーブの掛かった短髪が柔和な話し方によく似合う。暑いのか隊服を半分脱いで腰へ巻いている。一見ふくよかに見えるその体型だけど半袖から見える腕はルルさんよりも逞しく筋肉質なものだった。
「えっと…はいはい20分後ですね。了解ですよー。そんじゃ貉っち行くよー。」
星さんは九麓聡さんと話を付けると一人すたすたと移動卵殻へと向かう。ふとその隣に座る眼鏡をかけた男性のデスクに置かれた秋瓜甚兵衛と書かれたプレートが目に入る。
秋瓜……。この人が以前小鈴さんが探していた人だろうか。星鐵さんに似て柔和そうな顔立ちをしていた。そんな観察をしているとぴたりと目が合う。
「星くん行っちゃうけど大丈夫かい?」
移動卵殻を指差しながら声をかけてきた。頭を下げ急ぎ足で星さんを追う僕の背中に"頑張ってくるんだよ"という優しい応援が投げられた。移動卵殻に入ると動き出すのを待たずして星鐵さんが口を開く。
「貉っちの師匠…っていうか初めて保全戦闘を教えてくれたのは留っちとリリーちゃんなんだよね?この前"十連敗"バラしてた件でめっちゃ怒られたから貉っちも知ってると思うけど一応僕があの二人の師匠だったんだよねー。光の速さで抜かれちゃったけどね…。あ、僕自体はあの二人みたいに強くないからあんま期待しないでよ?
でもまぁ今回は正暦保全協会側が游咏魚二つ持ってるエピソードだからやたらめったら強いやつは出てこないだろうし安心しなよ。」
「それと今回は貉っちの初戦っていうこともあるから、正暦修復者も二人体制でサポート面も万全だしね。貉っちの正暦修復者はまだ決まってないから今回は九麓聡さんにお願いしてやってもらったよ。」
「となると星さんの正暦修復者はあの秋瓜さんという方なんですか?」
「あー違うのよねー。僕の担当の人がたまたま他の仕事入ってたから空いてた秋瓜さんにお願いしただけなのよ。でも気を付けなよー?
秋瓜さん仕事が出来るイケおじみたいなビジュアルしてるけどかなりの遅刻魔だしふらっとどこか行っちゃうからさ。もし貉っちの正暦修復者があの人になっちゃったら苦労するだろうなぁ…。」
ルリアンズの二人の過去の話に花を咲かせていると到着の合図が鳴り游咏魚の水槽へと降りる。
『二人共聞こえるね?今回の壊変者だけど反応があるのは二つ。一つはクロエ・ガゼルゴール。ヨーロッパ系の外見をした女性で大鎌の時の瓦礫持ち。詳細は不明だが死神のような存在を具現化するらしい。
中々の数の仲間がやられているがどれも経験の浅かった者ばかりだ。撃破後に退却している実績も確認出来るし彼女の役割は壊変よりもこちらの数減らしって所かもね。
もう一人の情報は無いが先の彼女の実力から相手に残されたトレイス量を踏まえるとサポート系の能力持ちって線が濃厚だよ。今回はこちらが二個持ちのエピソードだけど油断はしちゃだめだよ。星くんも箱嵜くんのサポートお願いね。
そして箱嵜君。初めての実戦で窮地に立たされることもあるだろうがその時は他の正暦保全者と入れ替えるから僕を呼んでくれ。それじゃあ健闘を祈ってるよ。』
『正暦分岐点1998.12.23
エピソード名"深々と連なる想い"
レコードボックス内痕跡索解析中…解析完了
識別番号btr:442969、btr:8539647確認
正暦保全者二名転送開始』
目を開いたその先で辺一面真白な世界が僕達を迎え入れていた。エピソード地点はロシアの西に位置する街サンクトペテルブルク。その中心街に建つマリインスキー劇場が今回の目的地だ。ふと足元にいる"それ"が目に入る。
数十センチにも満たない犬のような生物達が星さんにくっついて歩くように後をつける。
「星さん。"それ"何なんですか?」
不思議そうな顔で僕を見る星さんは何かを理解したかのように笑って話し出す。
「そっかそっか。ちゃんとした実戦は初めてだし知らないこともあるよね。この子達はラビィブルって言ってヨノマリアさんが開発に携わった新作の痕跡生物だよ。
確か壊変者の血液を採取・回収してそこに含まれる痕跡索から能力とかを分析するのに使うみたいよー。」
ブルドッグのような見た目のそれは僕と目が合うと威嚇するかのように"キュルキュル"と鳴いた。落書きをそのまま実体化したような見た目に思わず苦笑が漏れる。脳内に浮かんだリリアンヌ十三世が僕に微笑みかけていた。
「もしかしてこの痕跡生物をデザインしたのって……。」
「そう……リリーだよ、って言いたいところだけどヨノマリアさんなのよね……。あの人、研究の知識はズバ抜けて高いのに美術系は駄目みたい…。でもあの博識さから考えると僕ら凡人には分からないだけでこれはこれで芸術点も優れてるのかも……いや、無いかな……。」




