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正暦保全者  作者: あまみ
痕跡索組換研究所
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借火尽鬼と新たな一歩

具現化したボックスを一度全て消して消費したトレイスを体へと戻す。


敵二人を取り囲むように具現化して宙へ固定した10cm四方の計108個の小さなボックス。自由を奪われた敵は思うように動けず、爪を振り回しその中で藻掻いている。


その二人を狙い澄ますかのように作り出された一辺1mの二つのボックス。小さなボックスが消えると同時に放たれたそれは二つの影を掴んでこの場所を覆う外壁へと叩きつけられた。地面へと崩れ落ちる前に空中で動きが止まる。



『箱嵜ちゃん、今のは良かったわ!…でもそうねぇ。敵を倒せはしたけれどいまいち決定力に欠けるわね。そもそもその能力は攻撃よりも防御やサポート向きだから仕方のないことだけれど…。』


「それにしても凄いですよこの体。初めてなのに敵がどこに来るかある程度分かって対応出来てます!ルルさんがこの前話してくれた痕跡索(トレイサーズ)の記憶反復?のおかげなんですよね?」


『ん?まぁそうだが敵の姿が見えても捉えきれないんじゃあ意味がない。未来を見る能力があっても全方位から一度に銃の引き金を引かれればどうしようもないのと同じようにな。


それに箱嵜のように何かを具現化させる能力ならトレイスを上手く操作するスキルだって必要になるし、俺らのようにトレイス体そのものも鍛えないと力比べになったら即詰みだからな。何事も積み重ねだよ。


そうだ!今後のことを考えて箱嵜の適正見るために一握の破片(デブリスコピー)使うなら無難に伊伏(いぶし)さんの借火尽鬼(シャッカジンギ)とかでいいんじゃないですか?』


『流々川ちゃんの言うとおりね。箱嵜ちゃん、今そちらに一握の破片を送ったから試してみてちょうだい。時の瓦礫(クロノデブリス)とは違って自分に合わなかったらすぐに取り出せるものだから安心して。ある程度の戦闘データも入ってるから扱い方は使いながら学んでいってね。


それとあと一つだけ。借火尽鬼はあくまで一握の破片(デブリスコピー)よ。どれだけ上手く扱えても限りがあるわ。壁に当たったときこそ原点に立ち返って自分の能力の可能性を探りなさい。』


ステージが切り替わっていく中、宙に浮く小さなディスクを手に取り身体へ押し込む。実際にそうなのか錯覚なのかは分からないが身体の底が熱くなるような感覚を覚える。


「"借火尽鬼"」


その手に握るは一振りの日本刀。刃先の一筋だけが赤く煌めいてその他は刀身から何からその身を焦がしたかのように全てが黒く染まっていた。



『──────。』


やけに手に馴染む刀剣の柄の感触が嫌な記憶を蘇らせる。



空間が作り変わり合図と共に再び始まる獣人との戦闘。今度は始めから影を三体に増やしてこちらに迫る。宙に跳ねた一匹に狙いを定め、囲うようにボックスを具現化させその身を捕らえる。手に握った借火尽鬼をそこへ向けて振り抜くと炎の刃が空を飛びボックス諸共敵を切り裂いた。まずは一人。


意識を残りの二人へ向ける。爪で薙ろうとする攻撃を自らの足元に発現させたボックスを上に押しやることで空へと逃げて躱す。視線を上げ大地を踏み込み追撃を図ろうとする敵。落下に合わせて敵を狙い澄ました二筋の斬撃が敵を屠った。二人目と三人目。


気配を察知し振り返ると倉庫の伸びた影から新たに二つの敵影が飛び出していた。それぞれの左右へ発現させた計四つのボックス。それらで潰すように挟み込むも一人は宙へ躱し、もう一人は手前に飛び出して僕を狙う。


その爪が僕の身体に届く前にその動きを想定して既に放っていた炎の刃が敵を二つに断ち切った。自らを箱の中に閉じ込め辺りを警戒するもイニサルドの形を模した痕跡索()は二度と現れることはなかった。



以前流々川さんに教えてもらったときには"一握の破片は時の瓦礫の劣化版"という話をされたがそれでも尚余りある威力に、これの元となった時の瓦礫とその所有者で保全戦闘(レコーディング)ランク(チャート)現在ナンバー2の伊伏暗(いぶしあん)という正暦保全者(レコーダー)の強さを思い知る。


しかしそれは同時に壊変師団(エングレイブ)を構成する壊変者(エングレイバー)の強さもそれに足るものだということ。天井の見えない壁の圧に眩む頭を左右へ振り意識を保たせる。



『箱嵜ちゃんお疲れ様。とても良かったわ。仮想保全戦闘(オフレコーディング)とはいえ初めての戦いぶりとは思えないわね。素体が戦いに適したものだったのかしら?取り敢えず今日は終わりにしましょ。今転送するから移動卵殻(ヘッドシェル)に入って待っててちょうだい。』


移動卵殻に入るとすぐに三人の待つラボへと転送された。近くなった照明の明かりに思わず目を細める。十分に広い室内だが先程までいた訓練場と比べてしまいやけに小さく感じた。


「ボクシーちゃんやるじゃーん!ルルだって初めのときは十連敗だったのにねー。」


「リリーお前誰からそれ聞いた!ちょっとヨノマリアさんリリーに言ったでしょ!」


「マリアンヌじゃなくてラッキー先輩だよ。…あ、これ言っちゃ駄目なんだった。」


「くっそ…星さん、先輩としての威厳を俺から奪いやがって…。今度会ったら絶対しばく。」


いつになく慌てた姿を見るのも珍しいけど、そのことよりも今はこれだけ強い流々川さんが初めは全く勝てなかったという事実にも驚かされる。言い合いをする二人をなだめるようにヨノマリアさんが割って入る。


「そういうリリーだって十一連敗して同じようなものなんだから似た者同士で喧嘩しないの二人共。さて話を戻すわね。


箱嵜ちゃんは明日から二週間毎日ここへ来て仮想保全戦闘をして戦闘の経験を積んでもらうわ。もし都合が合えばリリー達も来てもらえたら嬉しいけど予定が合うかしらね?仮想保全戦闘だけじゃなくて模擬戦闘も出来ればより実践に近い経験が得られることだしね。お菓子はとびきり美味しいものを用意しておくから覚悟して楽しみにしていて。」



お茶会の片付けを終え来た道を戻りロビーへと戻ってきた。外の通路に面した窓から指した見せかけの西日が白麗な床に反射しその橙を煌めかせている。


マリアンヌ…ではなくてヨノマリアさんに別れを告げ扉を押し開けた。



「流々川くん、箱嵜くん。リリーは寄るとこあるからこっちから帰りますので。一緒に帰りたいのは痛いほど分かるけどリリーちゃんも多忙なのよ。許してちょ。」


「寄るとこってどうせ協会の食堂だろ?研究室からフロントに向かって歩いてるとき"お腹すいたー"とか言ってたし。」


僕達に背を向けて目的地へと歩いていたリリーさんが勢いよく振り笑いながらそれに反論する。


「違わい!ほんっとルルってデリカシーのデの字も無いよねー。もう今度からデデちゃんって呼ぶから。じゃーねーデデくーーん。ボクシーちゃーん。」


また背中を見せながらそう言うと空に大きく手を振り去っていった。振り返る直前。その笑顔が消えどこか不安そうな表情を浮かべていたような気がしたけど僕の気のせいだろうか……。


その背中をルルさんと二人で見送った後、自宅を目指し一緒に歩き出すとルルさんが肩を組んできて僕を覆い隠せるほどの大きな体を屈めてそっと呟く。



「十連敗。誰かに言ったら全力で模擬戦闘するからな。」



激励の言葉を期待していた僕の心は芯から凍り付き手足の感覚を失わせる。先程のイニサルドと対峙しているときよりも遥かに重い殺気にも近い凄みが上から圧し掛かる。全身を包んでいる西日の温もりが限りなく冷えたものに感じてどういうものかも分からない汗が一筋背中を伝う。


横にいる流々川さんの顔を恐々としつつ見上げるとその言葉とは裏腹な笑顔を浮かべていた。


「箱嵜くん、明日から楽しみだね!君は正暦保全者としての新たな一歩を踏み出したんだ。これから仲良くしようね!」



僕は長く、険しい見果てぬ道へと足を踏み入れた。




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