第4話 一般人が勝てる攻略
透の動画の広がり方は、一晩で数字だけが跳ね上がるようなものではなかった。公開から一週間で、ゴブリン動画は十八万再生、スライム動画は二十六万再生。続けて出した「魔法なしで毒羽虫の群れを抜ける方法」も、三日で十二万再生に届いた。それより目立ったのは、見た人が自分で迷宮に入って手順を試し、その結果を動画にして返してくる流れができたことだ。
会社員らしい男女二人が、仕事帰りに初心者区画で手順を試す動画。
探索講習を受けている中学生が、保護者同伴でスライムを迂回する動画。
足の悪い採取専門の探索者が、スライムを誘導する小石の代わりに杖先の金具で床を突き、屈まずに振動を作る動画。その人にとっては、透の元の手順より安全なやり方だった。
透は本人に連絡して許可をもらい、概要欄に〈利用者改訂案〉として書き加えた。自分の作った方法を他人に変えられることに、思っていたほどの抵抗はなかった。その人に合うのなら、そのほうがいい。
昼休みの教室で、透は一日数十件に膨らんだ質問をスマホで順に見ていた。
「全部返すのやめとけよ。手に負えなくなるから」
向かいの席から、榊が釘を刺す。
「分かっている」
「分かってる奴は、深夜二時四十七分に『その体格なら方法Bの方が安全です』なんて返信しないって」
「起きていただけだ」
「寝ろ」
質問に紛れて、同じ種類の報告が三件あった。
〈湾岸第四のゴブリン、石に反応しない個体が前より多い気がする〉
三件のうち二件は雨の日で、残る一件は乾いた通路だった。何か言うには件数が少なすぎる。騒音への慣れか、個体差か、撮り方の違いか。理由ならいくらでも挙げられた。
透は結論を出さず、ゴブリン動画の〈未確認〉欄に一行だけ加えた。
〈湾岸第四:音刺激への反応低下報告あり。原因不明/要追加確認〉
それからスマホを机に伏せ、焼きそばパンの袋を開けた。
隣の机では、クラスメイト二人がスマホを見ながら話している。
「これ知ってる? 初心者攻略の人」
「見た。声だけのやつでしょ」
「学校の先輩らしいって噂ある」
透はパンをかじった。動画に顔は出していない。隠しているつもりはなく、撮るときに自分が映る必要がなかったから、声と手元だけになっていただけだ。榊が目だけで笑った。
「言えば?」
「何を」
「『俺です』って。せっかく身内でバズってんじゃん」
「言う必要はない」
「まあ、そのうちバレると思うけどな」
透は取り合わなかった。
放課後、久しぶりに探索部の前を通った。扉は開いていて、中では大会用の模擬戦映像を流している。透の作ったルート表は、壁に貼られたままだった。
「真壁」
呼び止めたのは神谷だった。
「何だ」
「例の動画、お前だろ」
「分かったのか」
「毒羽虫の迂回法、去年お前が言ってたのと同じだ」
責める口調ではなかった。
「伸びてるな」
「そうらしい」
「……大会の件は、悪かったと思ってる」
「大会の件なら、もういい。規定なら仕方ない」
「そうじゃなくて」
何か言いかけて、神谷は結局口を閉じた。部室の奥から、別の部員が声を掛ける。
「部長、始めますよ」
「ああ」
振り返りかけたところで、神谷は最後に透へ言った。
「動画は見てる。普通に参考になる」
「大会用には使いにくいぞ。初心者向けばっかりだから」
「それでもな」
会話はそれで終わった。階段へ向かいながら、透は自分の胸の内をのぞいてみた。見返してやったような気分が、もっと湧くものだと思っていた。
湧いてこなかった。動画の数字がいくら伸びても、大会に出られなくなった悔しさはほとんど動いていない。
家に帰ってから、透は神谷たちの大会映像を見返した。最適なルートを探すつもりで再生したのに、いつの間にか「この動きを別の人間が再現できるか」ばかり追っていた。
神谷の剣圧は再現できない。A級適性なのだから当然だ。けれど、剣圧を放つ直前に味方が左右へ一歩ずつ開く動きは、能力とは関係がない。飛んでくる破片を避けるうちに、自然と身についたものらしかった。透はノートに書いた。
〈強い人の動きの中にも、能力ではない部分がある〉
書き終えたところで、同じ青海ヶ丘高校に通う二年生、九条澪の配信が頭に浮かんだ。
S級適性〈雷帝〉の持ち主で、国内探索者ランキングの上位に名を連ね、D-Liveの登録者数は四百万人を超える。それでいて探索部には入っていない。学校の大会より、自分で決めた訓練や探索、配信を優先していて、校内で誰かと連れ立っている姿もまず見かけない。一匹狼に近い探索者だった。透も校内で見かけたことがある程度で、ほとんど言葉を交わしたことがない。
有名な探索者の動きを細かく追えば、同じようなものがもっと見つかるかもしれない。
ただ、本人に確かめもせず「この人はこうしている」と決めつける気にはなれなかった。映像ではそう見えても、本人が何を意識しているかまでは分からない。その線をどこに引くかも、いずれ考えなければならない。
その夜、四本目の動画を投稿した。
【戦わない】F級迷宮で犬型魔獣に追跡されたときの対処
翌朝、登録者が十万人を超えた。同じ日の夕方には、今度は別の通知がまとめて押し寄せた。九条が配信で透の動画に触れたらしい。切り抜きはもう十万再生を超えていて、タイトルは刺激的だった。
【九条澪、話題の初心者攻略動画を酷評「危険だと思います」】
開くと、黒髪を後ろでまとめた少女が、コメントを読み上げていた。
『最近流行ってる、才能不要の攻略動画についてどう思いますか?』
流れていくコメントから目を離し、九条は数拍置いて答えた。
『内容はよくできていると思います。私も何本か見ました。でも、動画を見ただけで「自分にもできる」と思ってダンジョンへ入る人が増えるなら、危険です』
コメント欄が一気に流れる。
『嫉妬?』
『S級には分からんやろ』
『正論』
『あれ初心者向けだぞ』
表情を変えずに、九条は続けた。
『初心者向けだから言っています。失敗したときに自分で立て直せない人へ、成功手順だけ渡すのは怖いです』
透はそこで再生を止めた。榊からメッセージが届く。
『炎上チャンス』
すぐに返した。
『九条の言っていることは正しい』
十秒後。
『そこで九条の正しさを先に認めるの、お前くらいだわ』
透は動画を頭から見直した。九条に腹は立たない。それより、最後の一文が耳に残っていた。失敗したときに、自分で立て直せない。たしかに、これまでの動画はうまくいく手順ばかり説明してきた。では、失敗したあとの判断をどこまで書けばいいのか。
困ったのは、透が考えているあいだにも話が勝手に広がっていったことだった。夜九時には九条の切り抜きが百万再生を越え、D-Liveには〈九条澪〉と〈才能不要攻略〉を並べた動画が次々に上がっていく。
【S級とF級、初心者に正しいのはどっち?】
【九条澪が危険認定した攻略を実際に試した結果】
【才能不要攻略、本人は反論せず】
最後の一本を開いて、透はすぐに閉じた。反論していないのは事実だし、九条と争っているつもりもない。それでも切り抜きの中では、とうに勝ち負けの話にすり替わっていた。
翌朝の教室でも、その話題が出ていた。切り抜きのコメント欄では、九条の指摘を支持する声と、〈才能不要攻略〉のほうが失敗したときのことまで書いてあって親切だという声がぶつかっている。四本目の動画は一晩で再生数が三倍近くになり、登録者も十八万人を越えた。
「対立企画、完成してるぞ」
榊がスマホを机に置いた。
「対立していない」
「ネットは、本人同士が揉めてなくても勝手に対立扱いするんだよ」
「意味が分からない」
「俺にも分からん。でも伸びてる」
嬉しいのか困っているのか、透は自分でも決めかねた。動画は広がっている。なのに見出しが扱っているのは攻略の中身から離れて、九条と自分のどちらが正しいかという話に移っていた。
その日の昼休み、透は担任に職員室へ呼ばれた。動画で収益を得ているか、校内の設備が映り込んでいないかを聞かれ、学校名が切り抜き動画で一気に広まっていることも確かめられた。
「学校として止めろという話ではない。ただ、迷宮実習室を撮るなら許可を取ってくれ」
「分かりました」
「あと、制服姿で撮るなら、学校が危険な行為を勧めているように見える映し方は避けてくれ」
「推奨していません」
「君がそう思っていても、切り抜かれる」
担任がスマホを机に置いた。画面には、透の動画から「武器を捨てる」という字幕だけを抜き出した短い動画が映っている。もとは、スライムに短剣が絡んだときの緊急離脱の場面だ。
「もうありますね」
「あるな」
担任はため息をついて、スマホを伏せた。
帰宅してから、透は概要欄に〈状況を限定した手順です。見出しだけで判断しないでください〉と書き足した。これで防げるとは、自分でも思っていない。
登録者数は、もう実感の湧く大きさではなかった。ノートを開いたところで、学校の連絡アプリが鳴った。
『明日の放課後、探索実習室で動画制作について確認したい』
送り主は九条だった。




