第33話 淘汰
戸倉での調査から一週間後、国立探索研究院が共同会見を開いた。迷宮の再生成や生態の変化を専門に研究している国の機関で、アークラインと協会のデータもあわせて発表する形になった。透は会見場に出ていない。高校生を前面に立たせる必要はない、というのが学校と研究院の判断で、透の名前は論文速報と一般向け解説の監修者欄に載るだけだった。
中継は、放課後の資料室で榊と見た。壇上には研究院の所長と、アークラインの久世、協会の担当者が並んでいる。質疑応答の最後に、週刊誌の記者が手を挙げた。
『この現象のきっかけを作ったのは、高校生が運営するサイトだと聞いています。その高校生の責任について、どうお考えですか』
所長は手元の資料をいったん閉じてから、口を開いた。
『現象を最初に数字で示したのも、その高校生たちのデータです。原因の一部であることと、発見者であることは、同時に成り立ちます。今日お話ししているのは、その両方です』
記者はそれ以上食い下がらなかった。隣で榊が短く口笛を吹いた。
「所長、いいこと言うな」
「原因の一部だ、とも言っていた」
「そこだけ拾うなって」
現象には、正式な暫定名称が付いた。
〈戦術誘導型再生偏向〉
世間では、もっと短い呼び名があっという間に定着した。
〈攻略適応〉
「こっちの方が分かりやすいな」
中継が終わると、榊はニュースサイトを開きながら言った。
「ただ『適応』だと、魔物が頭で考えて覚えたみたいに聞こえる」
「だから説明動画を作る」
透はホワイトボードにオーガを六体描いた。絵は下手で、榊に「ジャガイモ?」と聞かれた。
「オーガの群れだ。今までは、探索者がいろんな方法で戦っていた。正面から斬る人も、罠を張る人も、後ろへ回る人もいる」
「で?」
「足が速い個体、力が強い個体、右への反応が速い個体。どれか一つが、極端に有利になることはない」
透は六体のうち、右端の二体に丸を付けた。
「COMMON ROUTEが広まってから、ほとんどの探索者が右後方へ回るようになった。すると、右への反応が遅い個体から先に倒される」
丸の付いていない四体のうち、三体にバツが書き込まれた。
「生き残るのは、右に反応が速い奴か」
「迷宮が次の個体を作るとき、生き残りやすかった特徴がわずかに多く出る。そこへまた同じ攻略を使う。また選ばれる。これを何千回も繰り返す」
「進化って言っちゃ駄目?」
「厳密には、遺伝子の世代交代なのか分からない。再生成の仕組みも不明だ。それに、倒さずに通り抜ける手順でも変化が出ている。そっちは、生き残った個体の経験か、遭遇したときに残る魔力の情報が使われているのかもしれない。どこまでが淘汰で、どこから別の仕組みなのか、まだ誰にも分かっていない」
「……一般向けの動画だぞ」
「『進化に似た現象』なら使える」
「じゃ、それで。あとジャガイモは俺が描き直す」
出来上がった説明動画は、透の動画としては珍しく一千万回再生を超えた。コメント欄は割れた。
『人類が攻略しすぎて敵が強くなるの面白い』
『笑い事じゃない』
『じゃあ攻略情報共有しない方がいい?』
『昔のギルド独占に戻るだけでは』
『戦術を散らせばいいんじゃね』
最後のコメントは、透自身も考えていたことだった。同じ敵に対して、複数の攻略法を均等に使う。右後方へ回るだけでなく、左への誘導も、遠距離からの拘束も、戦わずに迂回する方法も混ぜる。変化の向きを一つに寄せなければ、偏りは生まれにくい。理屈は通っている。
厄介なのは、人がいつも一番簡単な方法を選ぶことだった。
その夜、久世とのオンライン会議で、透はその話を持ち出した。
「使いやすい方法が流行ること自体が、問題になっています」
『なら、流行を制御する必要がある』
「攻略をランダムに表示する、とか」
『不公平だし危険だ。能力に合わない方法を選ばせるおそれがある』
「使える候補を複数出す」
『利用者は結局、一番成功率の高いものを選ぶ』
「成功率を伏せたら」
『安全情報を伏せるのは本末転倒だ』
画面の向こうで、久世が椅子の背にもたれた。その日は結局、何一つ決まらなかった。
会議を終えると、透は一人で最初のノートを開いた。ゴブリン。石を投げる。振り向いたら走る。動画にする前は、透しか知らなかった方法だ。ずっと自分だけで使っていたなら、魔物は変わらなかっただろう。
その代わり、佐伯も、〈山歩き再開〉の男性も、この方法を知らないままだった。
透はノートの端に一行だけ書き足した。
〈同じ答えを広めること自体が、環境を変える〉
COMMON ROUTEの内部でも、意見は割れた。
週末の打ち合わせには、運営を手伝うようになった大学生のスタッフ三人と、佐伯と神谷が顔を出した。大学生の一人が、利用の多い攻略を一時的に非表示にする案を出した。
「上位の三つを隠すだけでも、利用が分散すると思うんです」
「それ、情報操作じゃない? 使ってる人からしたら、昨日まであった手順が急に消えるんだよ」
「正しい情報なのに、隠すんですか」
佐伯は透の方を向いていた。
「使われすぎると、正しくなくなるかもしれない」
「……なんか、変な話ですね」
「ああ。変な話だ」
ランダム表示の案には、神谷が難色を示した。
「大会ならともかく、命がかかってる場面で『今日はこっちを使ってください』は無責任だろ。使う側は、昨日練習した方法しか身体が覚えてない」
「じゃあ、『おすすめ』って言葉ごと外すのは? 順位を付けるから、みんな一位に行くんだろ」
「順位がないと、初心者はどれを選べばいいか分からないですよ」
議論は二時間続いた。安全を先に置く者がいて、透明性を譲らない者がいて、使いやすさを守りたい者と、とにかく偏りを散らしたい者がいた。どの意見にも筋は通っていて、全部を同時に満たす方法はない。ホワイトボードが案と矢印で埋まったところで、榊が「一回寝よう」と言い、それで解散になった。
駅までの道で、佐伯が透の横に並んだ。
「先輩は、どれがいいと思ってるんですか。さっきの案」
「分からない」
「会議のあいだ、ずっと何か書いてましたよね」
「それぞれの案で、誰が一番困るかを書いていた」
「どれが一番少なかったんですか」
「全部、同じくらいだった」
佐伯は「そうですか」とだけ言って、信号が変わるのを待った。責める調子も慰める調子もないその声が、透にはかえって楽だった。
翌朝登校すると、透の机の上に、折りたたんだ紙が一枚置いてあった。開くと、見覚えのある角ばった字が並んでいた。
〈大会決勝の攻略、COMMON ROUTEなしで組んでみた。見てほしい 神谷〉




