第34話 お前のせいだ
炎上が本格的になったのは、会見から二日遅れてのことだった。火をつけたのは、ある朝の情報番組だ。司会者は画面にCOMMON ROUTEのロゴを映して、こうまとめた。
『安全のために広められた攻略法が、結果的に魔物を強くしていた。皮肉な結果です』
そこまでは、大きく間違ってはいない。まずかったのは、続いてコメンテーターが口にした一言だった。
『高校生の個人的な活動が、ここまで社会のインフラになってしまったことにも、問題があるのではないでしょうか』
その場面から切り抜きが広がった。
『真壁透が魔物を強化』
『善意の高校生が起こした全国規模の事故』
『COMMON ROUTE使用禁止を求める声』
過去の負傷事故をつなぎ合わせた動画まで出回り、学校には抗議の電話が入るようになった。多くは「生徒を守れ」という内容だったが、「危険な活動をやめさせろ」という声も混じっていた。三時間目の途中で、透は校長室へ呼ばれた。
「停学の話じゃないから、安心しなさい」
校長は、まずそう切り出した。
「そういう心配はしていません」
「顔に出ないから分からないんだよ、君は」
横に座っていた担任が苦笑した。校長の視線が、担任から透へ戻った。
「学校としては、当面、対外的な活動を減らしてほしい。研究協力までやめろとは言わない。ただ、配信や個人での会見は控えること」
「分かりました」
「異論は?」
「学校に電話が来ているなら、仕方ないです」
素直に受け入れたつもりだった。それなのに校長室を出ると、胃のあたりが重かった。
廊下の窓際に、佐伯が立っていた。
「待っていたのか」
「まあ、ちょっと」
「部活は」
「まだです」
佐伯は言いにくそうに間を置いてから、スマホの画面をこちらへ向けた。匿名掲示板の書き込みが並んでいる。
『真壁のせいでうちの地域のゴブリンまで危険になった』
『誰か止めなかったの?』
『S級の九条まで宣伝してたよな』
「見なくていい」
佐伯は画面を消した。
「先輩は見てるんですか」
「必要な批判は」
「先輩には、全部必要に見えてるんじゃないですか」
透は返す言葉を持たなかった。佐伯は窓の外に目をやったまま続けた。
「私、先輩の方法で戦えるようになりました。それは本当です」
「ああ」
「魔物が変わったのも、本当なんですよね」
「たぶん」
「じゃあ、両方でいいんじゃないですか」
「何が」
「助かったことと、悪くなったこと。どっちかだけにしなくても」
言ってから、佐伯は自分の言葉に首を傾げた。
「……なんか、偉そうでしたね。うまく言えてないです」
透は窓の外の校庭を見下ろした。体育の授業で、一年生がハードルを並べている。やってよかったのか、悪かったのか。自分はずっと、そのどちらか一方に決めたがっていたのかもしれない。
「俺のせいじゃない、とは言わないんだな」
「言ってほしいですか」
「いや」
「知ってます。先輩、それ言われても納得しないでしょうし」
「よく分かっているな」
「結構長いですから」
佐伯はそう言って笑った。透は笑い返せなかったが、校長室を出たときの胃の重さは、いくらか薄れていた。
昼休みのあと、透は図書室で一人になった。勉強するつもりで教科書を開いたのに、気づけば同じ行を三回読んでいる。隣の席に榊が腰を下ろし、黙って缶コーヒーを置いた。
「高校生をコーヒーで慰めるのか」
「自販機で二本出た」
「嘘だろう」
「だからやる」
受け取った缶は、まだ冷たかった。
「俺は謝った方がいいのか」
「……それ、俺に聞く?」
「ほかに聞ける相手がいない」
「いや、いるだろ。いるけど……」
榊は自分の缶を開けかけて、手を止めた。何か言いかけて口を開き、結局そのまま閉じる。
「悪い。うまいこと言えない。缶コーヒー二本で答えが出る話じゃないのは、分かる」
「そうだな」
それきり二人とも口をきかず、窓の外を眺めていた。
透は自分の缶のプルタブに指をかけたまま、さっきの問いを頭の中で繰り返した。謝るとして、誰に、何を。責任を取るという言葉を、自分はどこかで、活動をやめることと同じ意味で使っていた気がする。だが、やめたところで、広がった情報も、変わった魔物も元には戻らない。
放課後、駅へ向かう途中の交差点で、透は呼び止められた。
「あんた、真壁だろ。テレビに出てた」
五十歳くらいの男だった。色の褪せた作業着の胸ポケットに探索者の登録証が差してあり、ランクはDと読めた。首から下げたタオルには、乾いた泥がこびりついている。
「……はい」
「うちは群馬で、山菜と薬草を採って食ってる。去年までは、あんたの石の投げ方で充分やれてた。先月、組んでる相棒が、石に振り向かないゴブリンに腕を切られた。十四針だ」
男は声を荒らげなかった。信号待ちの人たちがちらりとこちらを見て、また前を向いた。
「最初は、あんたの動画に感謝してたんだよ。だから余計に腹が立つ」
透は口を開きかけた。謝罪の言葉も、適応の仕組みの説明も、頭の中には並んでいる。どれ一つ、この男の相棒の腕を元に戻せるものではなかった。
「お前のせいだ」
男はそれだけ言って、青に変わった横断歩道を渡っていった。その背中が人混みに紛れて見えなくなるまで、透は歩道の端から動けなかった。
ホームで電車を待っていると、九条からメッセージが届いた。
〈今日の配信で、COMMON ROUTEと魔物の適応について話す。あなたを庇うためじゃないから。勘違いしないで〉
透はすぐに電話をかけた。
「それでも、やめた方がいい。九条まで炎上する」
『もう名前は出てる。それに、私が宣伝して協力したのも事実でしょ。都合が悪くなったときだけ、あなた一人の問題にする方が嫌』
電話越しでも、声に迷いはなかった。
『助かった人がいることも、適応を速めたかもしれないことも、両方言う。これからどう直すかも。あなたは悪くない、って言うためだけの配信にはしない』
「それなら、俺から止める理由はない」
『あなた、自分に都合のいい嘘が嫌いでしょ? 私も同じ』
「ああ」
その夜、九条の配信は同時視聴者数が百万人を超えた。九条は透を天才とも被害者とも呼ばなかった。助かった人がいること。危険が増えた場所もあること。自分も公開に協力したこと。これから戦い方を変える必要があること。透は最後まで見た。途中で一度だけ、九条が言葉に詰まり、画面の外の水へ手を伸ばした。
配信のあとも批判はやまなかったが、「真壁一人の問題」とする声は目に見えて減った。
それでも翌日、透はCOMMON ROUTEの新規更新を止めると決めた。原因が見えかけてきただけで、安全な次の方法は、まだどこにもない。
夜遅く、透は告知文の入力欄を開いた。最初に打った文章は三百字を超えた。消して、書き直して、また消した。最後に残ったのは、一行だけだった。




