第29話 違う
オーガ回避ルートは、COMMON ROUTEの中でも特に利用の多い手順だった。
対象はD級の〈グレイオーガ〉。身長は二メートル半前後で、力は強いが旋回が遅い。右脚に負傷歴を持つ個体が多い地域では、「右後方へ回り込む」方法が有効とされてきた。
透が作った手順ではない。地方の探索者チームが見つけ、アークラインと協会が検証した共同攻略だ。成功報告は八千件を超え、失敗率は四パーセントに届かなかった。それが、この一か月で十二パーセントまで跳ね上がっている。
「装備か季節のせいは? 最近変わったもんなら、まずその辺から疑うだろ」
「失敗した人の装備はばらばらだ。室内型の迷宮だから温度も一定している。今のところ、その二つは薄い」
「じゃあ、新しい亜種とか」
「映像で見る限り、外見の差はない。ただ、右へ回り込まれたときの反応だけが変わっている」
透は失敗動画を横に並べた。探索者が右後方へ回り込む。オーガは以前より早く右肘を引き、裏拳を放つ。別の映像では、踏み込むのをやめて逆に間合いを空けていた。
「これ、右から来るって最初から知ってるみたいだな」
「ああ。そう見える」
「魔物が動画でも見てんのかね」
「ありえない」
「冗談だよ、冗談」
「……だが、奇妙ではある」
二人はデータをまとめ、アークラインへ送った。
久世から返事が来たのは、その夜だった。
『別地域でも確認する。公開ページは一時警告へ』
透はすぐに、COMMON ROUTEの利用者が少ない地域を選び、そこに棲むオーガで小規模な比較試験をしてほしいとアークラインに頼んだ。試験には透自身も加わった。同じ地域の中でも、掲載ルートから外れた奥地の個体は右後方への反応が遅く、探索者の往来が多い入口側の個体は速い。
「地形の差じゃない?」
研究員は首をかしげたが、温度も床材も個体の大きさも揃えたうえで、傾向は消えなかった。そこへ過去の討伐履歴を重ねてみる。入口側では、この一年の討伐のうち七割以上が右後方からの攻撃だった。奥地では三割に満たない。
「嫌な数字だ」
「仮説を裏付けるには、まだ足りないよ」
「分かっている」
だから、公表はしなかった。答えに近づくほど早く警告を出したくなる。一方で、確かめきっていない情報を広めることもしたくない。透は共同検証の結果を待つことにした。
翌日、別の手順にも報告が入った。
〈フロストウルフの左誘導〉。成功率低下。
〈レッドゴブリン音響回避〉。反応率低下。
透の手が止まった。最初のゴブリン動画を出した一週間後、〈未確認〉の欄に残した一行が頭に浮かんでいた。
〈湾岸第四:音刺激への反応低下報告あり。原因不明/要追加確認〉
あのときの報告は三件。二件は雨の日で、残る一件は乾いた通路だった。雨音か個体差だろうと考え、その後に来た報告も天候ごとに分けて処理した。削除はしていない。更新履歴の奥に、そのまま眠っている。
「これ、前から問題が出てたってことか?」
透は三件の映像を開き直した。どれも、音を出してからゴブリンが反応するまでに僅かな遅れがある。とはいえ、これだけで今の報告と同じ原因だとは言えなかった。
「分からない。三件では判断できない。ただ、今の報告と似ている」
「ほかにも残ってないか?」
「探す」
放課後、九条にも声をかけ、三人で資料室に籠もった。透は過去の利用報告を一覧にまとめ、地域、魔物の種類、公開時期、利用回数、失敗率を並べていった。
「何から見るの?」
「まず公開時期だ。単に古くなっただけなら、古い手順から順に落ちているはずだ」
日付順に並べ替えると、古くても数字の動いていない手順がある一方で、比較的新しい手順にも成功率の低下が出ていた。
「時期は揃わないわね」
透は次に、利用回数で並べ替えた。数十件しか使われていない攻略は、ほとんど変わっていない。数千回、数万回と使われているものほど、成功率の下がり幅が大きかった。
その列を目で追っていた榊が、声を低くした。
「……真似されてる?」
「誰に」
「魔物に」
「……魔物って、そんなに学習するものなの?」
「一部の知性種なら報告がある。だが、グレイオーガでは聞いたことがない」
透は同じ地域の過去映像を呼び出した。三年前、二年前、一年前。探索者が右後方へ回り込んでから、オーガが反応するまでの時間を一本ずつ拾っていく。映像ごとのばらつきは大きい。それでも平均を取ると、年を追うごとに短くなっていた。
「原因、見当はつく?」
「まだだ。追加で確かめる」
映像だけで先へ進むには、材料が足りない。透はそこで考えを打ち切った。
だが翌週、確かめる時間を待たずに事故が起きた。北海道、関東、九州。三つの迷宮で、同じ日にCOMMON ROUTEの利用者が重傷を負った。
全員、掲載された手順の通りに動いていた。




