第28話 成功しすぎた攻略
最初に異変を知らせてきたのは、東北の小規模な採取ギルドだった。
『COMMON ROUTE掲載の青晶草ルートで、採取量が去年の三倍になりました』
文面だけなら成功報告だ。実際、投稿者も初めは喜んでいた。
二週間後、同じアカウントから追記が届いた。
『攻略自体は助かっています。前より安全に採れるようになりました』
その下に、もう一行続いていた。
『ただ、この値段だと来月から青晶草の採取だけでは続けられません』
スクロールしていた透の指が止まった。
青晶草はD級迷宮に生える薬用植物で、低級回復薬の原料になる。生えている場所の周りには麻痺毒を持つ虫型魔物が多く、摘むことそのものより、行き帰りの方がずっと危なかった。
三か月前、透たちは虫を倒さずに抜けるルートを公開した。利用報告は一気に増え、採取量も伸びた。その結果、共同市場の買取価格は二週間で半値以下まで落ちていた。
「薬を買う側からしたら、安くなるんだよな」
「採取で食べていた人は続けられなくなる」
「けど、値段を守るために攻略を隠すってのもおかしいだろ」
「分かっている」
榊が別の画面を開いた。青晶草を使う低級回復薬は、品薄だった地域で入荷が増え、値段もわずかに下がっている。採取者には痛手でも、買う側には救われた人がいる。
「どっちも本当なんだな」
「だから困る」
困りごとは値段だけでは済まなかった。報告には現地の写真も添えられていて、青晶草を抜かれた地面を、以前の映像ではほとんど見なかった黒緑色の苔が覆っている。
別の報告によれば、虫型魔物の群れが隣の区画へ移り、初心者用の採取路で出くわす件数が増えたという。安全に通れる道を作ったことで人が同じ場所へ集まり、植物の減り方まで変わっていた。COMMON ROUTEのページの〈成功率〉の欄を、透は見直した。そこから読み取れることは、どれ一つなかった。
その日の夕方、最初の報告をくれたギルドから、もう一通届いた。
『一度、現場を見てもらえませんか』
透は翌週の予定を空け、現地へ向かうことにした。九条も同行した。
青晶草の区画は、公開のときに集めた映像より荒れていた。採取者の歩いた跡が細い一本道になり、その両脇だけ青晶草がまばらになっている。踏み固められたところでは、関係のない草まで枯れていた。曲がり角には誰かが立てた簡易の案内札まである。〈青晶草はこちら〉。矢印は、COMMON ROUTEに載せたものと同じ方を向いていた。
「これ、最初からあった道?」
「いや。俺たちが出したルートと重なっている」
透は位置情報を照らし合わせた。最短で、虫の群れを避けやすく、初めて来た人でも迷いにくい経路。だからこそ、何千人もが同じ場所を踏んでいった。
報告を送ってきたギルドの代表が、少し先で足元を指さした。
「ここ、春まではもっと青晶草が密に生えてたんだ。今は奥まで行かないと量が取れない」
「事故は?」
「減ったよ。虫に刺されて運ばれる奴は、ほとんど見なくなった」
代表はそこで言葉を切り、踏み固められた道に目を落とした。
「だから攻略を責める気はない。ただ、うちからも二人、別の採取へ移っていった。この値段じゃ続けにくいんだよ」
透は道の先へ視線をやった。安全になったのも、採取者が困っているのも、同じ一つの手順から起きている。
「このルート、消した方がいいですか」
代表の返事はすぐには来なかった。
「消したら元に戻るっていうなら、話は簡単なんだけどな。もう道は知られてる」
その通りだった。ページを閉じても、保存された動画や利用者同士のやり取りまでは消えない。透は公開停止ではなく、採取量の目安と混雑時の迂回経路を書き加えることにした。地元の組合にも協力を頼み、翌日にはCOMMON ROUTEに〈環境影響〉の欄を新しく設けた。
〈採取量増加に伴い、青晶草の減少・虫型魔物の移動を確認。特定経路への集中を避けること〉
帰りの新幹線で、九条が更新されたページを開いた。
「成功したら終わり、じゃなくなったわね」
「そこまで見ていなかった」
「今は?」
「見ないと危ない」
窓の外を流れる景色を見ながら、透は踏み固められた細い道と、そこに立っていた案内札を思い出していた。
その夜、COMMON ROUTEに別の報告が届いた。
〈オーガ回避ルートVer.1.3。最近、成功率が急に下がっています〉
場所は青晶草の区画とは縁もゆかりもない、別の地方の迷宮だった。透は初め、個体差か地形の変化だろうと考えた。
翌日、同じ内容の報告が五件届いた。




