第26話 バージョン1.0
COMMON ROUTE Ver.1.0の公開を翌日に控えた放課後、透たちは探索実習室に集まっていた。
榊のほかに、実際にサイトの手順を使ってきた佐伯と、探索部で古い攻略表を使っていた神谷にも確認を頼んである。久世はアークラインから通話で加わっていた。
正面のモニターには、公開直前のトップページが映っている。右上に〈Ver.1.0〉。その下に〈検証状態〉〈成功報告数〉〈失敗報告数〉〈最終更新日〉〈変更履歴〉の欄が並ぶ。
『だいぶ不格好だな』
「どこがですか?」
『普通は、ここまで古い失敗を表に出さない』
「消したら、また同じ間違いをするかもしれません」
『企業なら、という話だ』
「会社ではないので」
スピーカーから、久世の短い笑い声が漏れた。
最初に動いたのは神谷だった。部でも使っていたゴブリン攻略のページを開き、上部の〈検証済み〉を確かめてから、最終検証日のところまで画面を戻す。
「これ、最後に検証したの四か月前だろ。それで今も『検証済み』なんだな」
「今は、そうだ」
「じゃあ来月も?」
マウスの上で、透の指が止まった。一度通った手順を、いつまで同じ扱いにしていいのか。その期限をどこにも決めていなかった。迷宮の地形は変わるし、装備が変われば利用者の動き方も変わる。古い攻略を消さないことばかりに気を取られて、古くなったと知らせる仕組みを作っていなかった。
榊が画面を覗き込み、軽い口調で言った。
「賞味期限、要るな」
「食べ物ではない」
「細かいこと言うなって」
半年のあいだ新しい検証がなければ注意を表示し、一年間報告が途絶えれば〈要再検証〉へ落とす。使えなくなったと決めつけるのではなく、最後に確かめた時期を利用者に見せる形にした。
続いて、佐伯が変更履歴を開いた。
「先輩、前の版って見られないんですか?」
「変更理由は残っている」
「でも、直す前にどう書いてあったかは分からないですよね」
言われて、透は履歴の画面を見直した。失敗の理由は一度も消していない。けれど本文そのものは、更新のたびに上書きしてきた。
神谷も横から画面を覗いた。
「剣圧の床事故のやつも、今の版だけ見たんじゃ、何を直したのか追いにくいな」
「理由が残っていれば足りると思っていた」
「直す前の文章もあった方が、分かりやすいです」
透は変更理由の列をもう一度上から追い、それから言った。
「旧版も残す」
榊が、警告を入れる前の古い版を呼び出した。
「これ、そのまま使う奴が出るぞ」
「上に警告を出す。現行版へのリンクも固定しておく」
榊はその場で表示を直した。旧版の最上部に〈この版は使用しないでください〉と入れ、その下に現行版へのリンクを置く。差分は色だけで示さず、記号も添える。
佐伯が0.4と0.5を何度か行き来した。
「これなら、どこで変わったか分かります」
これで片付いたかと思ったところで、榊が別の欄を指した。
「で、この『検証済み』って誰が決めんの?」
透が口を開くより先に、久世が割り込んだ。
『百件成功していても、それだけで判を押すのは怖いな』
神谷が成功数の欄を指でたどる。
「でも百件通ってたら、見る側は信用するだろ」
『だから、表示を分けた方がいい』
透は〈検証済み〉の文字を消した。
「分けます」
代わりに〈利用者報告〉〈共同検証〉〈公的検証〉の三つを設けた。成功数と失敗数はその横へ並べ、報告ごとに、映像や位置情報など何が確認できたのかも表示する。
榊は増えた項目を一つずつ指で数えた。
「正式版って、完成するどころかルール増えてない?」
「必要なら増やす」
佐伯が右上の〈Ver.1.0〉を指さした。
「それ、一生1.0のままってことはなさそうですね」
透はその数字を見て、すぐには答えなかった。
「……その方がいいのかもしれないな」
翌日、Ver.1.0を公開した。
試作版のときのようにサーバーが落ちることはなかった。利用者からは〈使える範囲が見やすくなった〉〈前の版と比べられるのが助かる〉といった声が届いた。その一方で、検証状態の分け方には早くも修正案が寄せられていた。
その夜、透は最初に投稿したゴブリン攻略のページを開いた。
Ver.1.0。成功報告二千八百四十一件。失敗報告四百六件。雨天、流水音の強い区域、聴覚器官を損傷した個体では成功率低下。
最初のノートに書いてあったのは、「石を投げれば振り向く」という一行だけだった。
ページの最下部に、知らない名前から変更提案が届いていた。
〈「反応確認後に走る」ではなく、「頭部が音源へ30度以上回転したことを確認」とした方が判定しやすいかも〉
添付された映像を開く。確かに、その書き方の方が判定の基準を揃えやすい。透は本文には手を付けず、提案を〈検証待ち〉へ送った。
提案者の名前の横に、灰色の〈検証待ち〉が点いた。




