第25話 消す
事故から五日後、透はCOMMON ROUTEの管理画面を開き、全ページを非公開にする手順を確かめていた。ボタン一つで消える作りにはしていない。誤操作を防ぐため、公開停止の理由、予定期間、緊急連絡先と、三段階の確認を通す必要がある。透は理由欄に打ち込んだ。
〈安全性再検討のため〉
「何してんだよ」
部屋に入ってきた榊が、画面を見るなり声の調子を変えた。
「一度、全部止める。公式か偽物か見分けられない人がいる以上、今の表示だけでは足りない」
「事故った動画はお前のじゃないだろ。公式表示だって作った。そこまで拾い出したら、何やっても止めるしかなくなるぞ」
「表示を見る前に真似する人もいる。事故が起きてから『公式ではない』と言っても遅い」
榊は机の横へ回り込み、透の手元を覗いた。停止理由も予定期間も、もう入力が済んでいる。
「待て、まだ押すな。一人で決める話じゃない」
「だから今、止めるべきかどうかを考えている」
「考えるなら俺も入れろよ。サイト作ったときから二人でやってきただろ」
どちらの声も大きくなっていった。透は画面を閉じなかった。
「俺たちの情報を信じたせいで事故が起きるなら、出し続けていいとは思えない」
「これがあって助かった奴だっていたはずだろ」
「実数は分からない」
「今回のだってそうだろ!」
榊の手のひらが机を打った。透は口をつぐんだ。榊がここまで声を荒げたのは、知り合ってから初めてだった。
「お前が責任感じるのは勝手だけどさ。自分一人で全部決められると思うなよ」
「決めているのは俺のサイトのことだ」
「作ったのはお前だけじゃない」
「始めたのは俺だ」
「今は違う!」
榊は画面を指さした。
「千夏の報告も、神谷のデータも、協会の検証も、アークラインの研究も入ってる。何千人も失敗報告を送ってきてる。お前が怖くなったから全部消すって、それこそ勝手じゃねえのか」
透は何も返せなかった。COMMON ROUTEは自分が始めたものだ。自分のチャンネルで、自分のサイトで、自分の攻略だ。心のどこかで、まだそう思っていた。
「それにさ」
榊の声が低くなった。
「お前が消えたら、偽物だけが残るぞ」
透は画面に目を落とした。ネットに出回ったコピー動画までは、こちらからは消せない。公式のページがなくなれば、見比べるための基準すら残らない。
「なら、どうする」
「それを一緒に考えるために、俺がいるんだろ」
榊は椅子に座り直した。
「まず、ページ消す前に利用者に聞く。次に協会とアークライン。危険情報はトップに出す。偽物は、法的に止められる分だけ止める。今日で全部片付ける必要はない。やれることからやる」
「その間に事故が出たら?」
「だから、緊急警告だけは今出す」
透は長いあいだ画面を見つめ、それから非公開の設定を閉じた。代わりに、サイトの最上部へ大きな警告を掲げる。
〈COMMON ROUTEを名乗る非公式動画による事故が確認されています。掲載手順は公式サイトの確認コードと照合してください〉
公開した。
その夜、透と榊はほとんど眠らなかった。協会に連絡を入れ、アークラインにも連絡し、報告フォームを作り直した。
翌日には、九条も自分の配信で注意を呼びかけてくれた。
「私が言えば届く層もいるから」
「助かる」
「今度は素直なのね」
「今度は、とは何だ」
「別に?」
緊急警告の翌日には、利用者アンケートを公開した。
〈サイトを一時停止すべきか〉
結果は割れた。停止すべきが三十一パーセント、警告付きで継続が五十六パーセント、分からないが十三パーセント。透が重く受け止めたのは、数字よりも自由記述の欄だった。
『このサイトを見て初めて一人で採取に行けた。消さないでほしい』
『事故が出たなら止めるべき。次は怪我では済まないかもしれない』
『公式が消えたらコピー動画しか検索に出なくなる』
『自分で判断しろと言われても初心者には分からん』
どの意見も、ほかの意見とぶつかっている。それでいて、どれも間違っているとは言えなかった。透はアンケートの結果で決めるつもりはなかった。安全を多数決で決めるわけにはいかない。それでも、利用者が何に頼り、何を怖がっているかは、この欄から読み取れた。
「消すか残すかの二択ではない」
透がそう口にすると、榊が寝不足の顔で笑った。
「やっと分かったか? わからず屋め」
◇ ◇ ◇
一週間後、サイトは消えていなかった。代わりに、攻略ページの右上に小さな番号が付いた。Ver.0.9。
「何で1.0じゃないんですか?」
「まだ完成していないから」
「完成するんですか? これ」
透は答えかけて、やめた。完成しないままの方が、むしろ正しいのかもしれない。
翌日、それまで暫定的に付けてきた版番号を、COMMON ROUTEの正式な運用規則へ移すことが決まった。




