第24話 偽物
COMMON ROUTEの名前を冠した動画が一日に百本を超えて投稿されるようになったころ、透たちは商標登録を勧められた。
「面倒だ」
「なんでだよ。取っとけよ」
榊は申請書類を机に置いた。
「名前を先に取られたら、そっちの方がよっぽど面倒だろ。だからやる」
「……分かった」
厄介なのは名称だけではなかった。D-Liveには、透たちとは無関係の〈COMMON ROUTE式攻略〉が溢れていた。
役に立つものもある。利用者が自分で検証し、使える場面まで丁寧に書き添えた動画には、透の見落としていた手順も少なくなかった。だが、再生数目当ての危険なものも混じっていた。
【誰でも五分でC級討伐!】
【装備不要! 石だけで勝てる】
【S級も知らない裏技】
透はそのうちの一本を止めた。ゴブリンへ石を投げる方法を、攻撃に転用している。音で注意を逸らし、その隙に背後から首を狙う。
「うちの名前は入っているが、中身は全く別物だ。成功した場面だけ三本つないでいる」
「失敗は?」
「載せていない」
通報はした。しかし翌日には、別のアカウントから同じ内容が上がってきた。
偽物への対処を話し合う場では、最初から透と榊の意見が食い違った。
「公式以外はCOMMON ROUTEを名乗るな、でいいだろ」
「できない」
「何で」
「名前を禁止する権利がない。商標を取っても、内容の転載までは止められない」
「視聴者がいちいちそこまで確かめると思う?」
「なら、認証マークを付ける」
「画像ごとコピーされて終わりだって」
のちにアークラインの法務担当も加わったが、答えは出なかった。商標で止められるのは名称の商業利用の一部にすぎず、一般の利用者が「COMMON ROUTEを参考にした」と名乗ることまで禁じるのは現実的ではない。名前を守ろうとするほど、情報を開いておくことと噛み合わなくなる。透の目にはそう映った。
久世は、矛盾を抱えたまま運用するしかない場合もある、と言った。
「全部がきれいに整合する制度なんてない。悪用を減らしながら、改善までは殺さない線を探すんだ」
透がいちばん苦手な種類の答えだった。ひとまず公式確認コードと通報窓口を設けることにした。
その準備が終わらないうちに、事故が起きた。二十歳の新人探索者が問題の動画を参考に、E級のゴブリン亜種へ近づいた。石に反応しなかった個体に振り返られ、腕を深く切られた。命に別状はなかった。
翌日、アークラインの模擬区画で、動画の手順をそのまま再現した。装備も距離も映像に合わせ、同じ系統のゴブリン亜種へ小石を投げる。最初の二体は音のした方へ振り向き、背後へ回ることができた。切り抜きに使うだけなら、そこまでで充分だった。
「三体目」
三体目は頭だけを音源へ向け、身体は進路に残したままだった。安全員が背後へ回り込もうとした瞬間、逆手に握っていた短剣がそちら側へ振られる。刃が安全員の透明な防護板に当たり、硬い音が響いた。
「今の、事故と同じだな」
「映像だけでは、どこで音を鳴らしたのか分からない。失敗した個体も映っていない」
元の動画を細かく追っていくと、撮影者の後ろに別の見学者がいたことが分かった。靴底が金属床を擦る音まで拾われている。ゴブリンが小石に振り向いたのか、足音に振り向いたのかは判然としない。それでも成功した三例だけが、一つの手順として繋ぎ合わされていた。映像の一つ一つは事実でも、どこで成り立つのかを切り落とせば、嘘をついたのと変わらない。
だがニュース番組は、事故の映像の次に透の顔を映した。
『ネット上で広がる「才能不要攻略」。専門家は安易な模倣へ警鐘を鳴らしています』
「……俺の動画じゃない」
リビングで一緒にテレビを見ていた母が、隣から言った。
「見てる人には、そこまで分からないんじゃない?」
「公式マークは付けている」
「テレビでちょっと映っただけのマークまで見る人、そんなにいないでしょう」
短文SNSでは、事故の責任をめぐる言い合いがもう始まっていた。
『真壁が広めたせい』
『偽物見た本人の自己責任』
『初心者に自己責任求めるな』
『元動画は注意してる』
『注意書けば何でも許されるわけじゃない』
透は事故の映像を何度も見返した。怪我をした探索者が悪いとは思わない。投稿者に全ての非があると言い切ることもできなかった。本人は、うまくいった方法を紹介したつもりだったのかもしれない。ただ、「COMMON ROUTE式」という名前が、検証を済ませたような印象を与えたことだけは確かだった。
「消させる?」
「全部は無理だ」
「でも、名前使うのくらいは止められるだろ」
「それをやれば、俺たちだけが正しい攻略を独占する形になる」
「今それ気にする?」
「……気にする」
榊は苛立ったように椅子から立ち上がった。
「じゃあどうすんだよ。投稿は誰でも自由、名前も自由、その結果事故りました。でも公開の自由が大事です、で終わり?」
「……そうは言っていない」
「だったら決めろよ」
透は言い返しかけて、口を閉じた。榊の苛立ちは、透一人に向いているわけではなさそうだった。
その夜、怪我をした探索者本人からメールが届いた。
『真壁さんを責めるつもりはありません。ただ、あの動画もCOMMON ROUTEの検証を通ったものだと思っていました』
透は長いこと、その画面を見ていた。
翌日、サイトに新しい表示を加えた。
〈検証済み〉〈利用者報告のみ〉〈未検証〉〈危険報告あり〉
動画にも共通の確認コードを付け、公式とそれ以外を見分けられるようにした。しかし作業をしている間にも、コピー動画は増えていった。検索結果の件数は、ページを更新するたびに大きくなる。数字が伸びていくのを見て怖いと思ったのは、それが初めてだった。




