第23話 今年は客席から
全国高校探索競技会・東京都予選の日、透は客席にいた。去年までなら選手控室の隅で地図を広げていた時間に、今年は榊と並んで一般観覧席に座り、巨大スクリーンを見上げている。
「で、どんな気分? 去年まで中にいた部を、客席から見るのって」
「まだ予選だ。全国に出たわけじゃない」
「順位の話はしてないって。お前、こういうとき絶対はぐらかすよな」
透は答えずに画面へ目をやった。青海ヶ丘高校探索部の先頭に神谷がいる。透が抜けたあと、部の模擬記録は一度大きく落ちた。最初の地方大会では予定ルートを外れて順位を下げ、ネットではその場面だけが切り取られて出回った。
『真壁御大を追放した結果』
『ざまぁ』
『無能部長』
透はその手の動画が嫌いだった。大会規定で枠が減ったことも、神谷が透のノートを評価していたことも、どこにも映っていない。
「そろそろ始まるか」
場内にアナウンスが流れた。今年の予選は、指定区画内での標識回収と魔物の討伐点を合計して競う。開始と同時に、神谷たちは去年までと違う動きを見せた。目に入った魔物を片端から倒しには行かない。相性の悪い個体は迂回し、踏み込む前に足場を確かめ、戦う前に撤退路を空けておく。
「COMMON ROUTEの考え方、かなり入ってるな。全部倒しに行かないし、足場も先に見てる」
「公開しているんだから、使っていても不思議じゃない」
「そういう分析が聞きたいんじゃなくてさ。自分が抜けた部が、自分の作ったもので変わってくのを見て、何かないの?」
「前より事故が減るなら、その方がいい」
「つまんねぇ感想だなあ」
中盤、神谷たちは得点の高い〈クロウベア〉と出くわした。去年までの神谷なら、正面から討伐を狙ったはずの相手だ。だが今日の神谷は、周囲の地面を見回してから片手を上げた。
『地面が良くない。剣圧は使わない。滑る』
二人が左右から誘い、クロウベアを乾いた岩棚へ移らせる。足場が変わったところで、神谷は初めて〈剣圧〉を振るった。討伐成功の表示が出る。
「お前の動画で言ってたやつ?」
「違う。九条の床確認動画に近い」
「ああ、九条とお前の共同作業のやつな」
「変な言い方をするな」
青海ヶ丘は予選を二位で通過した。
競技が終わり、会場を出ようとしたところで透は呼び止められた。汗の乾いていない探索服のまま、神谷が近づいてくる。
「見てた?」
「最後まで。二位通過だな」
「それは見れば分かる。感想とかないのか」
透は、表示の消えた巨大スクリーンへ目を戻した。勝ち負けより先に浮かんだのは、クロウベアの前で神谷が一度足を止めた場面だった。
「前より安全だった。クロウベアのところで剣圧を待ったのもよかった」
「……やっぱりそこか。お前らしいな」
そこで話が途切れた。先に口を開いたのは神谷だった。
「COMMON ROUTE、使った」
「分かっている」
「助かった」
「公開しているんだから、使えばいい」
「それでも言っときたかったんだよ」
神谷は一度、視線を横へ外した。
「部の連中の中には、お前に連絡しづらいって奴もいる。追い出した側だからって」
「俺は追い出されていない。枠がなくなっただけだろ」
「世間はそう思ってない」
「世間は部室にいなかった。関係ない」
神谷がまっすぐこちらを見た。
「お前、本気で俺を恨んでないのか」
「……大会には出たかった」
それは本当だった。透は続けた。
「でも、神谷が俺より戦えるのも、枠がなくなったのも事実だ。そこを恨んでもしょうがない」
「……そう言われると、こっちは余計に引きずるんだよ」
「何でだ」
「こっちは勝手に罪悪感持ってんのに」
言い終えてから神谷は笑い、部員たちの輪へ戻っていった。入れ替わりに、後ろから榊が顔を出す。
「で、気は済んだ?」
「最初から神谷に怒っていない」
「お前って、ほんと気持ちのいいヤツだな」
「恨む暇があるなら、やるべきことをやった方がいい」
「知ってた。お前はそういうヤツだよ」
会場の出口で、今度は探索部の一年生二人に捕まった。
「真壁先輩、部活には戻らないんですか」
「今さら枠はないだろ」
「大会が終わったら空きます」
透は返事に迷った。退部届を出したわけではない。ただ、探索部での活動は事実上もう止まっている。
「COMMON ROUTEがあるから、時間がない」
「じゃあ、攻略だけ見てもらうとか」
横から神谷が割って入った。
「勧誘するな。こいつ今、超のつく有名人だぞ」
それまで黙っていたもう一人の一年生が、神谷を見上げた。
「部長が追い出したんじゃないですか」
「言い方、どうにかしてくれ」
透は吹き出しかけた。部室へ戻る自分の姿は、もううまく思い描けない。それでも、ここにいる誰とも縁が切れたとは思わなかった。
「大会のデータは送ってほしい。使えるなら載せる」
最初に声をかけてきた一年生は、まだ引かなかった。
「部活には?」
「たまに見る」
「それ、外部コーチじゃないですか」
「ただの一部員だ」
◇ ◇ ◇
その夜、COMMON ROUTEに神谷から一件の報告が投稿された。
〈高湿度環境では、床材によって剣圧使用後の滑落リスクが増加。大会映像添付〉
透は中身を確かめて、正式な検証待ちへ回した。報告者の欄はそのまま残した。
〈神谷蓮〉




