第22話 無料の責任
アークラインとの提携発表は、予想していた以上に荒れた。
『結局企業案件』
『弱者の味方を装って金儲け』
『無料公開続けるって書いてあるじゃん』
『企業に都合悪い攻略は消されそう』
『高校生に数千万払う方が怖い』
読めば読むほど、自分が何者だと思われているのか、透には分からなくなっていった。
「読むの、やめた方がいいわよ」
昼休みの屋上で、九条が言った。
「批判の中に、見落としが混じっているかもしれない」
「だったら、技術的な批判だけ拾えばいいじゃない」
「どうやって分ける」
「『金もらったから信用できない』は、技術の話じゃないでしょ」
「だが、情報源の利害は見るべきだろう」
九条は透の顔を見てから、何も言わずに弁当の卵焼きを口へ運んだ。
「あなた、全部真面目に受け取るから面倒なのよ」
「無視して間違える方が嫌だ」
「そのうち壊れるわよ」
「何が」
「あなたが」
透は返す言葉に詰まった。自分を繊細だとも、図太いとも思ったことはない。ただ、届いた報告を読まずに捨てることには、どうしても抵抗があった。
その日の放課後、透はアークラインの検証施設へ向かった。COMMON ROUTEに載せる予定の新しい手順を試すためだ。相手は〈バークスパイダー〉、木材に擬態するD級魔物だった。
透の仮説では、触角が乾燥に弱く、湿度が一定より下がると動きが鈍る。これまでなら、自分と数人で十例ほど試して公開していた。アークラインのやり方は違った。
温度、湿度、個体の年齢、雌雄、空腹かどうかを分けて、四十個体を試す。研究員が統計を取り、医療担当が毒性を確かめ、安全員は失敗したときの離脱時間を測る。半日そばで見ていただけで、透は目が回りそうだった。
「これを、毎回やるんですか」
「危険度によるな。F級の石投げに四十個体は使わない」
久世は並んだ検証記録を閉じた。
「俺は今まで、相当雑だったんでしょうか」
「資源がなかった、と言うべきだな」
「それでも公開はしていました」
「だから、事故もいくつか出た」
責める口調ではなかった。そのぶん、透には重く響いた。
検証の結果は、透の予想を一部ひっくり返した。若い個体には湿度の低下がはっきり効くが、成体ではほとんど変わらない。さらに空腹の個体は、乾燥した環境でも速度が落ちにくい。透はページを書き直した。
【幼体・満腹状態に限り有効】
使える場面は、ずいぶん狭くなった。
書き直したページに、久世が目を通した。
「公開するのか」
「するつもりです」
「使える場面は少ないぞ」
「それも書きます」
「動画にしても伸びないだろう」
「伸ばすために出すものではありません」
久世はそれ以上何も言わなかった。
提携後、最初の共同検証では、透はアークライン側の会議にも出席した。そこでは攻略が有効かどうかだけでなく、公開した場合の訴訟リスクや保険、所属探索者への影響までが議題に上った。
「ここまで考えていたんですか」
「企業は、失敗したときに誰が責任を負うかを先に決めておかなければならない」
久世は会議資料を透の方へ向けた。
「君は逆だ。まず試して、問題が出たら直す」
「それは悪いことですか」
「速さはある。ただ、規模が大きくなると一回の失敗が高くつく」
透は黙った。その言い方なら、飲み込めた。
「では、小さい段階で試す場所を作ります」
「……どういうことだ」
「いきなり一般に公開しない。希望者だけの試験版を作って、そこで報告を集めてから正式版にします」
久世は腕を組んで考え込み、「それなら検討できる」と答えた。COMMON ROUTEに〈試験公開〉という表示が加わったのは、この会議がきっかけだった。
バークスパイダーのページは、公開しても閲覧数が伸びなかった。
それでも数日後、一通の報告が届いた。林業系の素材を採っている、小さな探索者チームからだった。
『幼体の多い繁殖区画で使えました。大規模な討伐をせずに抜けられました』
透はその報告を久世へ転送した。返信は短かった。
『この使い方だけでは、検証費用の回収は少し厳しい』
少し遅れて、もう一通。
『でも、必要とする人間はいる。こういう情報は採算だけで見るわけにはいかない。もちろん、度外視もできないが』
透は、最後の一文を二度読んだ。




