第20話 作った人がいなくても
残り三十九分。三島は予定のルートを捨てた。
『帰りは北側の通路を使う』
片岡が驚いて振り向く。
『そっちは未確認だろ』
『予定ルートには階段が二か所ある。河野さんの足だと時間を食う。北側は平らだ』
『魔物は?』
『資料の上では少ない。ただ、行ってみないと分からない』
迷っていた時間は短かった。六人は北へ向かった。監視室の透は地図を拡大した。筋の通った選択だった。
ただ、北側には一つ難所がある。途中に幅十二メートルほどの開けた空間があり、身を隠せる場所が少ない。魔物がいれば、負傷者を抱えて抜けるのは難しい。透はそれを知っているし、三島たちも資料で知っている。
それでも、六人はそちらを選んだ。
「止めますか?」
安全管理担当に聞かれ、橘は首を横に振った。
「規定の停止条件には当たらない。続行」
残り三十一分。六人は開けた空間にたどり着いた。
魔物がいた。二体。
D級の〈グレイジャッカル〉。一体ならさほどの脅威ではないが、二方向から挟み込むのを好む。
『最悪』
河野が呟いた。三島は足を止め、辺りを見回す。
『戻ったら間に合わない。ここを通る』
『どうやって』
『今から考える』
透の手順書に、負傷者を連れてグレイジャッカル二体を抜ける方法は書いていない。六人が小さな輪になった。言葉のやりとりが速い。
『餌ある?』
『誘導用のはもう使った』
『音で片方だけ引きつけられない?』
『引ける保証がない』
『高梨さん、温度上げられますか』
『数度だけなら』
『ジャッカルって、熱源を見るんでしたっけ』
透は身を乗り出した。グレイジャッカルは目より鼻が利く。ただ薄暗い場所では、鼻の周りにある魔力器官が温度の差も感じ取るという報告がある。COMMON ROUTEにはまだ載せていない情報だった。
佐伯は、必要な役割を一つずつ挙げていった。
『温めた布を、片岡さんに重さを調整してもらって、森さんが遠くへ投げる。一体でも追いかけたら、その間に通れるかもしれません』
『二体とも残ったら?』
三島は誰の答えも待たずに、自分で言った。
『撤退』
高梨が予備の布に手を当てる。〈微温〉で、布の温度が数度上がった。片岡が重さを整え、森がそれをロープの先に結んで振り子のように回し、遠くへ放る。布が床を滑っていった。一体のジャッカルが顔を向け、もう一体も半歩だけ動く。
『まだです』
全員が息を殺して待った。一体が布に近づく。二体目が、その後を追った。
『今!』
六人が走り出した。河野は走れないので、片岡と森が両脇から支える。三島が先頭。佐伯は後ろを振り返らず、耳だけで背後を追いながら駆けた。
『戻ってくる! 右後ろ!』
河野が振り向こうとする。
『見なくていいです!』
佐伯の叫びに、河野は前を向き直した。最後尾の高梨が空の金属水筒を放り投げる。響いた音に、ジャッカルが一瞬そちらへ気を取られた。その隙に、六人は出口へ続く狭い通路へ滑り込んだ。
残り二十三分。透の手のひらは、汗でじっとりと湿っていた。
そこから先は大きな遭遇もなく、六人は出口へ向かった。残り五分十二秒。
最初に三島がゲートを越えた。佐伯、高梨、片岡、森と続き、最後に、肩を借りた河野が越えた。
全員が帰還した。
試験終了のランプが灯り、監視室に拍手が起きた。透はすぐには立ち上がらなかった。自分の作った手順どおりに進んだ場面は、半分もない。未知の魔物、負傷、未確認のルート、予定外のグレイジャッカル。そのたびに六人は透の答えを使わず、自分たちで決めていた。
数分後、検証委員の一人が声をかけてきた。
「成功ですね」
透は机の記録に目を落としてから答えた。
「はい」
「あなたの攻略法の有効性が証明された、と考えますか」
「一部は」
「一部?」
「最後の方は、俺の攻略法ではないので」
委員が首を傾げる。透は、画面の中で笑っている六人を見た。
「俺が作ったのは、失敗したときに考え直す順番くらいです。答えそのものは、あの人たちが作りました」
終了判定が出るとすぐ、監視室で評価会議が始まった。検証委員の一人は「手順の再現性を見る試験としては不完全だ」と指摘した。途中から、参加者自身が方法を変えているからだ。
別の委員がそれに反論した。
「しかし、手順の変え方そのものは事前の教育に含まれていた。固定された手順ではなく、直し方の再現性を見たと考えられる」
透は二人のやりとりを黙って聞いた。どちらの言い分にも筋が通っている。
「真壁君はどう考える?」
橘に水を向けられ、透は試験中の映像を頭の中で巻き戻した。
「固定手順の試験としては、失敗だと思います」
委員たちの目が透に向く。
「ただ、失敗したあと自分たちで直せました。次からは、そちらを測りたいです」
試験のあと、透は六人と合流した。椅子に座ったままの河野が笑った。
「真壁さん、最後まで何も言ってくれなかったですね」
「規則なので」
「知ってますよ。でも、ちょっと待ってました。頭の中で」
三島も笑う。
「俺もです。『そろそろ真壁さんなら何か言うな』って」
「だから、最初から通信を切ってあるんです」
佐伯が透の方を向いた。
「先輩」
「何だ」
「私たち、先輩がいなくても行けました」
受け取り方によっては、作った本人にずいぶん失礼な言葉だった。それでも透は笑った。
「それが一番いい」
試験結果は、翌週に正式に公表された。COMMON ROUTEの評価欄には、協会による〈限定条件下で有効〉という慎重な文言が加わった。透は、その控えめな書き方が気に入った。
透はサイトのトップページに、新しい一文を加えた。
〈このサイトの手順は、作成者の指示を待つためのものではありません。状況が変わったら、止まり、観察し、組み替えてください〉
公開ボタンを押した直後、一通のメールが届いた。差出人は、国内最大級の探索ギルド〈アークライン〉。件名にはこうあった。
『業務提携および年間契約のご相談』




