第16話 弱いチーム
六人の訓練は、始まって十分で崩れた。模擬C級区画の入口から百メートル、魔物はまだ一体も出ていない地点だった。
「止まってください」
先頭の三島が片手を上げた。
「どうしました?」
「道が二つあります。事前資料では右ですが、右の床に新しい傷があります」
監督席の透へ、三島の声が無線越しに届く。〈方位感覚〉の適性を持ち、地図に強い三島には、予定経路の管理を任せていた。
「そこまでは正解です。どうしますか」
「え、真壁さんが決めるんじゃ?」
「今日は訓練なので答えます。本番は通信できません」
三島の顔が固まった。後ろにいた配送員の片岡が口を挟む。
「右が予定なら右でいいんじゃない? 傷くらいあるでしょ」
「でも、何か大型が通った跡にも見えるんです」
「じゃあ左?」
「左は地図が途中までしかありません」
六人とも、その場から動かなくなった。透は時計を見た。二分三十秒。敵のいない通路で、決めることが既に止まっている。
「一回、戻ってください」
透は訓練を中断させた。観察室へ戻ってきた六人は、まだ何もしていないのに疲れた顔をしていた。
「今の、誰が悪かったと思いますか」
三島が手を挙げた。
「自分です。判断できなかったので」
「違います。判断の基準を決めていなかった俺です」
透はホワイトボードに二本の矢印を描き、片方に〈予定経路に異常あり〉、もう片方に〈代替経路は未知〉と書き添えた。
「こういうとき何を優先するか、決まっていなかった。だから三島さん一人が全部考えることになった」
佐伯が手を挙げる。
「戻る、じゃ駄目ですか」
「本番ならあり得る。ただ、床に傷があるたびに戻っていたら一生進めない」
「じゃあ、確認する?」
「そうだ。誰が、何秒で、どこまで確認するか。それを先に決める」
透は六人の能力表を見直した。三島の〈方位感覚〉。片岡の〈重量変化〉は、五キロ以下の物体の重さを一時的に増減できる。十九歳の大学生・河野の〈硬皮〉は、腕と肩の皮膚を数秒だけ硬くする。専門学校生の森は適性を持たないが、山岳部の経験があってロープの扱いが得意だ。二十四歳の看護助手・高梨はE級の〈微温〉で、触れた物の温度を数度上下させられる。そして佐伯の〈残響〉。
どれを取っても、華々しい能力ではなかった。
「床の傷を見るのは森さん。地形の判断は三島さん。危険が見つかったら佐伯が周りの音を確かめて、その間は河野さんが前を守る」
河野が自分の顔を指さした。
「俺、守るっていっても腕が硬くなるだけですよ」
「盾を持てば、一撃は受けられる見込みが高い」
「一撃だけ?」
「二撃目を受け止め切ることは期待しないでください」
「正直だなあ」
「期待できないものを期待すると、人が死ぬので」
片岡が吹き出して、張りつめていた空気が少しほどけた。
それでも、最初の中断で生まれた気まずさは消えなかった。三島は自分の遅さを気にして口数が減り、河野は「現場なら俺が先に行けば済んだ」とこぼした。
「それで河野さんが怪我したら?」
「硬皮あるし」
「手当てするの、私たちですよ」
「いや、そうだけど」
透は口を挟まず、二人のやりとりが途切れるのを待ってから河野に聞いた。
「河野さん、前に出たいですか」
「そりゃ出たいですよ。防御系だし、役に立つなら」
「では前です。ただし『受ける』役ではなく、『一撃だけ止める』役です」
「細かいな」
「二撃受けられるというデータがないので」
河野は首をひねり、自分の腕を見下ろしてから、最後には頷いた。
二度目の訓練も、同じ分岐から始まった。三島が異常を伝えると、森が床にしゃがみ込み、傷の深さと幅を指で測る。
「金属の爪じゃないな。たぶん台車です」
「根拠は?」
「二本が平行で、間隔も一定。魔物なら歩幅がずれる」
三島は予定どおり右を選んだ。今度は四十秒で動き出した。
その先で、模擬魔物が姿を見せた。C級〈ストーンリザード〉。全長二メートル、全身を硬い鱗が覆っている。六人の武器で正面から倒せる相手ではなく、予定していたのも討伐ではなく通過だった。
「河野さん、前」
「なんで俺?」
「出番です」
「あ、そうか」
河野が盾を構えた直後、ストーンリザードが突っ込んできて盾にぶつかった。〈硬皮〉が腕を守る。
同じ瞬間、片岡は五キロ以下に分けておいた訓練用の鉄杭を〈重量変化〉で軽くし、森へ渡していた。森が通路の両端へ杭を打ち込み、ロープを張る。尾が床を叩く音を、佐伯が拾った。
「右、近い!」
全員が左へ寄る。高梨がロープに触れ、〈微温〉で冷やした。温度変化に敏感な迷宮繊維のロープがわずかに縮んで張り、ストーンリザードの脚に絡みつく。止められるのは十秒ほど。それで足りる。
六人はその横をすり抜け、次の防火扉を閉めた。
「通過!」
観察室で透は計測を止めた。想定より五分早い。
休憩に入っても、河野はさっきの連携が引っかかっているようだった。
「今の、誰が倒したことになるんですか」
「誰も倒していません」
「そうじゃなくて、貢献点ですよ」
「それを気にし始めると崩れます」
「大会なら点数になるじゃないですか」
「これは大会ではありません」
透は六人の動きを頭の中でもう一度並べてから、言葉を足した。
「それに、さっきのは誰か一人欠けても通れなかった。河野さんが受けて、片岡さんが杭を運んで、森さんが張って、高梨さんが縮ませて、佐伯が位置を言って、三島さんが進むと決めた。俺が最初に考えた手順より、六人分の判断の方が多く入っています」
河野はまだ納得しきれない顔だったが、言い返しはしなかった。
その日の終わりに、透は六人へ紙を一枚ずつ配った。書いてあるのは能力名ではなく役割だった。三島、経路判断。河野、一撃を止める。片岡、物資移動。森、固定と解除。高梨、温度補助。佐伯、死角の音。
高梨が紙から顔を上げた。
「弱い能力を組み合わせれば強くなる、って話ですか?」
「そう単純ではないです。弱いところをただ重ねても、弱いままです。どこで重ねるかを決めないといけない」
片岡が自分の紙を眺めて笑った。
「じゃあ俺たち、強いチームってわけじゃないのか」
「少なくとも、今は」
「厳しいな」
「でも、崩れにくくすることはできます」
試験まで、残り十二日。六人はまだ、C級区画の半分にも届いていなかった。




