第15話 協会からの挑戦
数週間後、国立探索安全協会から示された課題は、透の予想より一段厳しかった。
「C級区画?」
協会の会議室で、透は思わず聞き返した。向かいの席で、今回の試験を担当する協会職員の橘が頷く。
「正確には、協会が管理している模擬C級区画です。実際のC級迷宮で採取した地形と生体情報を再現しています」
「参加するのはE級以下だけですか」
「探索者ランクはE以下。適性も、最高でD級までに絞ります」
透の横で、榊が小さく息を吐いた。テーブルには学校から担当教員、協会側からは安全管理と医療の担当者が着き、さらに検証委員として三人の専門家が並んでいる。
「目的を確認させてください」
透は橘に向き直った。
「COMMON ROUTEを使えば、低ランクの探索者が行ける範囲が広がるのか。それを見る、ということでしょうか」
「それだけではありません」
橘は資料を一枚めくった。
「あなたは『条件を満たせば再現可能』という表現を多く使っています。では、その条件を事前に定義できるのか。作った本人が現場でいちいち指示しなくても機能するのか。この二点を見たいのです」
透は資料に目を落とした。痛いところを突かれた。湾岸第四迷宮の救助では、透がその場で指示を出している。あれをCOMMON ROUTEの成功例に数えるなら、結局は透がいなければ成り立たない、ということになってしまう。
「外からの指示は禁止ですか」
「試験が始まったら、あなたは監視室で映像を見るだけです。緊急停止を除いて、通信はできません」
「分かりました」
「即答するのね」
隣の九条が、ちらりと透を見た。今日は参考人として呼ばれている。
「やった方がいい」
「失敗したら?」
「直す」
「その答え、便利ね」
「否定はしない」
参加者は、協会が公募で集めることになった。探索者ランクE以下、実務経験一年未満。COMMON ROUTEを使ったことのある人とない人を、意図して混ぜる。応募は一週間で千人を超え、最終候補は十二人に絞られた。
並んだプロフィールは、経歴も能力の使い道もばらばらだった。透はその中から、とりわけ背景の違う六人の欄を何度も見返した。
十九歳の大学生、河野。適性〈硬皮〉D。
二十八歳の会社員、三島。適性〈方位感覚〉E。
四十一歳の配送員、片岡。適性〈重量変化〉D。ただし対象は五キロ未満の物に限られる。
二十歳の専門学校生、森。適性なし。
二十四歳の看護助手、高梨。適性〈微温〉E。
そして、佐伯千夏。
「応募したのか」
学校で問いただすと、佐伯は悪びれもせずに頷いた。
「公募だったので」
「部活はどうする」
「顧問に許可もらいました。部長にも」
「神谷が?」
「はい。『行ってこい』って」
透には意外な返事だった。
「先輩、私を外しますか」
「なぜだ」
「知り合いだから公平じゃない、とか」
「選考は協会がやる。俺は決めない」
「じゃあ、受かったら上手く使ってください」
「物みたいに言うな」
候補者との面談では、能力の話より先に、なぜ応募したのかを聞いた。
河野は、大学の探索サークルでいつも盾持ちしか任されないから。三島は、子どもが生まれる前に危ない探索からは手を引くつもりで、その前に一度、自分の限界を知っておきたいから。片岡は配送の副業として採取を続けていて、戦わずに深部まで行ける方法があれば収入になるから。森は、あっさり「面白そうだから」。高梨は看護助手として、低ランク探索者の救護の現場を何度も見てきたから。
佐伯は「前にできなかったことが、今どこまでできるか試したいんです」と答えた。
答えを並べてみると、目的によって引き際も変わってくるのが見えた。三島は家族を優先して、無理をしないだろう。河野は評価されたい気持ちが強い分、かえって無理をしやすい。透はそうした点も訓練記録に書き込んだ。
最終的に、試験チームはその六人に決まった。誰一人として、C級の魔物を単独で倒せる能力は持っていない。
選考と並行して、協会との最終説明会も開かれた。会議室には透たちのほかに職員が三人と外部の研究者が二人いて、机には試験要項と一緒に、これまでCOMMON ROUTEに寄せられた事故報告の一覧が置かれていた。
「先に、誤解を解いておきます」
担当者の女性が、透に向かって口を開いた。
「私たちは、君の方法を潰したいわけではありません。再現性があるなら、むしろ初心者教育に使いたい。ただ、動画を見て成功した人が出ても、それだけで安全を確かめたことにはなりません」
「分かります」
「本当に?」
透はすぐには答えず、机の上の事故報告に目をやった。
「……たぶん、分かったつもりでいました」
担当者の口元がわずかにほころんだ。
「いい答えです」
試験の前には、参加者の能力を透が確認できる。ただし当日のリアルタイムの指示は禁止で、経路も一部はランダムに変えられる。目標は敵を倒すことではない。指定の地点まで行き、全員で戻ってくることだった。
「討伐数は評価しないんですか」
「安全性の試験ですから」
その答えは、透には好ましかった。強さを測る試験なら、低ランクの能力者をわざわざ集める意味は薄い。帰ってくることが目的なら、戦わずに済ませる工夫がそのまま評価される。
それでも、要項に印字された〈リアルタイム助言禁止〉の一行だけは、紙の上で妙に重たく見えた。これまでは、誰かが失敗しかけても、透が横から止めることができた。今回はそれができない。
「作った手順だけで、どこまで持ちこたえるかを見るんですね」
「そうです。そして、持たないなら、持たなかった理由を見ます」
透は要項を鞄に入れて持ち帰った。成功させたい。そう思う一方で、失敗しても何かが残る試験だということが、今度ははっきり分かっていた。
訓練初日。透は六人の前に立った。
「最初に、できることを聞きます」
何人かが、硬い表情のまま頷く。
「次に、できないことを聞きます。こちらの方が大事です」
一人が戸惑ったように手を挙げた。
「弱点を聞くってことですか?」
「そうです。走れる距離。暗い場所が苦手かどうか。高いところが怖いか。人に指示された方が動きやすいか、自分で決めた方がいいか。全部です」
「それ、攻略に関係あります?」
「あります」
透はホワイトボードに六人の名前を書き、その横に、能力名より先に空欄を作った。疲れやすい。音に弱い。狭い場所が怖い。判断に時間がかかる。槍なら扱える。地図は得意。荷物を持つのは平気。六人分の項目が、少しずつ埋まっていく。




