第14話 才能を盗む
九条がはっきりと不快な顔を見せたのは、撮影の休憩中だった。
企画そのものは単純だ。九条が普段使っている接近戦の動きを撮り、その中から「一般の探索者でも再現できる部分」を透が抜き出す。配信のタイトルは榊が付けた。
【S級の動き、どこまで凡人に真似できる?】
「凡人って書く必要ある?」
控室でタイトルを見た九条が、眉を寄せた。
「この方がクリックされるだろ」
榊は平然としている。
「普通の探索者、だとなんか弱いし」
「あなた、真壁君より容赦ないわね」
「褒め言葉として受け取っときます」
撮影では、低出力の〈雷帝〉すら使わず、身体の動かし方だけで訓練用の個体に対処してもらった。
透が目を留めたのは、派手な回避ではなかった。敵に正面を向けきらない立ち方。攻撃の後に武器を戻す位置。次の敵へ目をやる順番。それから、足場を踏み替える前に、靴底を一瞬だけ滑らせて摩擦を確かめる癖。
「これだ。この足」
透は映像を止めた。
「何?」
「毎回やっている」
本人には覚えがないようだった。スローで再生すると、濡れた床に移る直前にだけ、前足が数センチ滑っている。
「滑るかどうか、確かめているのか」
「……たぶん」
「いつ身につけた」
「中一くらい。昔、濡れた遺跡区画で転んだから」
「これは使えるな」
透はメモを取り、次に攻撃の後の視線を見た。九条は、倒した敵をほとんど見ない。手に返ってきた感触で致命傷かどうかを判断し、すぐに周囲へ目を移している。
「こっちは無理だ」
「どうして?」
「感触で致命傷を見分けるには経験が要る。初心者が真似をすれば、倒し損ねた敵にやられかねない」
「じゃあ、そこは公開しないの?」
「……『真似しない方がいい部分』として出すことにする」
撮影は順調に進んだ。
休憩に入ると、撮影スタッフの一人が何気ない調子で透に声を掛けてきた。
「こういう細かい技術まで共有できたら、新人教育にもかなり使えそうですね。S級の人が才能と感覚でやってることも、分解すれば新人でも真似できるところって多いんですね」
褒めているつもりなのだろう。再現できる部分を切り出す、という意味でなら間違ってはいない、と透も思った。九条は何も言わず、手元の端末を伏せた。
「……『S級は才能と感覚だけでやっている』みたいに、まとめないでください」
スタッフが戸惑った顔で九条を見る。
「すみません。そういうつもりで言ったわけでは……」
「今切り出しているのは、私が何度も失敗して身につけた手順の一部です。共有するのは構いません。でも、そこだけ見て『S級の動きも新人に真似できる』みたいに言われるのは、違います」
スタッフはすぐに頭を下げ、休憩を取りに控室を出ていった。九条は伏せた端末に手を置いたまま、黙っている。
「九条」
「何」
「続けるか」
「続ける。その前に聞きたい。真壁君は、これをどこまで『誰でも使える』ものにしたいの」
九条の目が、まっすぐ透に向いた。
「私が覚えたことから手順だけを切り出して、他の人がすぐ使える形にするでしょう。そのとき、できるようになるまでに何回失敗して、どれだけ練習したかは、どこに残るの?」
透はすぐには答えなかった。軽く返していい問いではない。
「……九条が嫌なら、公開しない」
「そういうことを聞いてるんじゃない」
「なら、何が問題なんだ」
「……公開することじゃなくて、どう伝わるかの話」
透は椅子に腰を下ろし、止めたままの映像を見た。床を滑らせる足。敵を倒した後の視線。どちらも、九条が転んだり失敗したりを重ねた末に身につけたものだ。
「俺は、九条の全部を誰でも使えるとは思っていない」
「でも、分解してる」
「……見つけたいからだ」
「何を」
「九条にしかできない部分と、他の人にもできる部分を」
九条は口を閉ざした。
「床が滑るか確かめる方法は、知った人が明日から使える。だからといって、九条と同じ戦い方ができるようになるわけではない。判断の速さも、魔力量も、経験も、九条の手元に残る」
「そうやって簡単に渡せるなら、そこまでの私の失敗は何だったの」
「最初に見つけるために、必要だった」
透は続けた。
「誰かが転んだから、次の人は転ばずに済む。それでは駄目か」
九条の表情が、わずかに揺れた。
「……私は、才能で全部決まるみたいな言い方が嫌いなの」
「俺もそんなことは言っていない」
「ネットでは言われてる。『S級は才能で勝ってるだけ』『COMMON ROUTEがあれば誰でも追いつける』って」
「それは違う」
「あなたの動画から生まれた言葉よ」
透は言い返せなかった。自分の口から出た言葉ではない。それでも、材料になったのは透の動画だった。
「なら、次の動画で言う」
「何を」
「才能はあるし、努力も消えない。再現できる部分だけを切り出している、と」
九条は透の顔をじっと見た。
「それで炎上したら?」
「内容が間違っていなければいい。言っておかなければならないことだ」
「あなた、本当に動画投稿に向いてないわね」
「最近よく言われる」
九条はようやく笑った。それから、自分の手のひらに目を落とした。
「……私、四歳のころには、もう雷が撃てたの」
唐突な話だった。
「ダンジョンが現れたのも、だいたいそのころ。公的な判定は十五歳だけど、周りはずっと『特別だ』って言ってた。だから失敗すると、よけいに言われるの。才能があるのに、って」
透は口を挟まなかった。
「私が練習してきたことまで、全部『S級だから』で片づけられるのが嫌なのよ。COMMON ROUTEを見た人が、強い人の努力や成果なんて実は簡単だった、みたいに言うのも」
「それは嫌だな」
「他人事みたいに言わないで」
「俺も嫌いだ。だからこそ、すぐにできる部分と、何年もかかる部分を分けておかなければならない」
九条が透を見つめる。
「床を滑らせて確かめるのは、明日から真似できる。だが、九条のように速く動く敵を見ながら、いくつも判断を重ねるのは無理だ。それを同じ『才能』という一語で括る方が、よほど雑だと思う」
それを聞いて、九条は組んでいた腕をほどいた。
「じゃあ、その説明も動画に入れる」
「長くなる」
「あなたがそれを言う?」
撮影が再開された。公開した動画の冒頭には、九条自身の言葉が入った。
『これは、私の戦い方を誰でもできる形にする企画ではありません。私自身が説明できなかった部分を見つけて、再現できるものとできないものを分ける企画です』
その一文は、思っていた以上に議論を呼んだ。
その夜、透はノートの新しいページに、一行だけ書いた。
〈才能で説明しなくていい部分を拾い出し、手順として残す〉




