第12話 COMMON ROUTE
COMMON ROUTEの試作サイトは、公開から十二分で落ちた。
「笑うな」
「いや、だって十二分だぞ?」
榊は机に突っ伏して肩を震わせていた。
◇ ◇ ◇
日曜の午後、透の部屋。ノートパソコン二台に外部モニターを一枚つなぎ、公開前には負荷試験も済ませたつもりだった。
「同時接続、何人で見積もってたっけ」
「五千」
「で、実際は?」
「二万八千で止まった」
「三万人近く来ると思うか、普通」
「登録者は五十万人いる」
「いや、五十万人全員がサイト開くとは思わないって」
笑いながらも、榊の手はもう復旧作業に戻っていた。
名前を決めるときにも、二人は揉めた。公開の数日前のことだ。
「才能不要攻略データベース」
「長っ」
「再現可能攻略共有網」
「ダサい」
「なら、何がいい」
榊が候補に挙げたのは〈COMMON ROUTE〉だった。透は最初、英語にする意味がないと却下しかけた。けれど改めて眺めると、誰でも共通して使える経路という意味も、一部の天才だけの方法ではないという狙いも、短い一語に収まっている。
佐伯は「言いやすいです」と賛成した。九条の返事は「あなたの名前が入ってないなら、どうでもいい」だった。
「なぜ俺の名前が入る前提なんだ」
「掲示板で真壁式って呼ばれてるから」
「やめてほしい」
「なら、先に名前を付ければいいのよ」
結局、それが決め手になった。
榊が復旧に追われている横で、透は公開するはずだったページを確かめていく。D-Liveの動画と違って、COMMON ROUTEには手順だけを並べるつもりはなかった。対象の魔物、必要な人数、最低限の身体条件、推奨装備。確認された成功件数と失敗件数。使用を中止すべき条件。現在の暫定版番号と、何を理由に直したかを残す簡易更新履歴。その下に、利用者からの報告欄と修正提案欄がある。
0.xという番号は、最初の動画から透が便宜的に振っていたものをそのまま持ち込んだ。今見ている手順が、どの修正まで含んだものなのかを見分けるための欄だ。
最初のゴブリン逃走法には、すでに百七十二件の成功報告と二十九件の失敗報告が登録されていた。失敗のうち十四件が「投石音への反応なし」で、雨の日に偏っている。
「雨だと周りの音が多いから、反応が鈍るのか……?」
透は呟きながら紙に書き出した。
「それ、今やる?」
「メモだけだ」
「サーバー直してからにして」
二時間後、外部サービスへ移して再公開した。今度は落ちなかった。そして利用者から最初に届いた不満は、予想していなかったものだった。
『字が多い』
透は納得がいかなかった。
「必要なことしか書いていない」
「お前の『必要』と、普通の人の『必要』は別物なんだよ」
榊が画面を指さす。
「このページ、開いた瞬間に数千字あるぞ。初心者、まずどこ見るんだよ」
「中止条件」
「じゃ、それ一番上」
「いや、対象条件が先か?」
「ほら、もう迷ってんじゃん」
二人で表示の順番を組み替えた。いちばん上に赤い枠を置く。
【次に当てはまるなら、この手順を使わないでください】
その下に、三十秒で確かめられる適用条件。細かい理屈や検証データは折り畳んで隠した。
「情報は減らさなくていいんだよ。読む順番を決めてやればいい」
透は画面の長い説明文を見直した。魔物の動きを分解する手順なら、いくらでも書ける。けれど、読む人の目がどこから動き出すのかは、一度も考えたことがなかった。
「お前、向いているな」
「何に?」
「説明する側だ」
「俺は編集してるだけ」
「同じことだ」
「いや、違うって。お前は正しい情報を作る。俺はそれを、人が読める形にする。どっちか片方だけじゃ駄目なんだよ」
妙にすとんと腑に落ちる言い方だった。
表示を直すにあたって、二人は最初の動画に出てくれた〈山歩き再開〉の男性にも協力を頼んだ。初心者がどこでつまずくのか、透と榊だけでは見当がつかない。
オンライン通話で画面を共有すると、男性はトップページを開いてすぐに言った。
『赤いところは分かります。でも、その下の「適用条件」という言葉が難しいですね』
「条件は条件ではないですか」
『真壁君、それは六十過ぎには少し厳しいですよ』
横で榊が吹き出した。
見出しは〈この方法を使っていい人・場所〉に書き換えた。言葉を易しくすれば、そのぶん情報が雑になる。透はどこかでそう思い込んでいた。書き換えたページを見せると、男性は今度は一度も止まらずに最後まで読み通した。
色だけで危険度を分けていた箇所には、記号も添えた。色の見え方が違う利用者から指摘を受けたためだ。
COMMON ROUTEには、三日で千件を超える報告が集まった。その中に、佐伯からの投稿が混じっていた。
【ホーンラビット拘束手順・失敗報告】
透は思わず身を乗り出して開いた。
『二度目の足音が壁に反射し、左右を誤認しました。細い岩通路では〈残響〉を使う方法は避けた方がいいと思います』
映像も添えてある。透がまだ気づいていなかった、使えない場面だった。すぐに佐伯へ連絡を入れる。
『これ、中止条件に追加していいか』
『そのために送りました』
『助かる』
『先輩に助かるって言われると変な感じですね』
透は返信せずに、ページを直した。
【反響の強い狭路では〈残響〉利用ルートを使用しない】
版番号を一つ上げ、更新履歴に理由と報告者の名前を書き込む。
〈0.4→0.5 反響の強い狭路を中止条件へ追加/報告:佐伯千夏〉
公開ボタンを押してから、透はその一行をもう一度眺めた。報告者の欄に自分以外の名前が載るのは、これが初めてだった。
◇ ◇ ◇
数日のうちに、COMMON ROUTEという名前は透の意思と関わりなく定着していた。検索すれば、利用報告も、検証動画も、批判記事まで出てくる。
アクセス解析を見ると、公開初日は動画から流れてくる人が大半だった。二日目には検索経由が増え、三日目には攻略ページへ直接リンクを貼った投稿が目立ち始めた。名前が中身より先に独り歩きするのは警戒すべきことだったが、少なくとも〈真壁式〉よりはましだ。
名前が付いたことで、ここへ報告すれば直してもらえる、と利用者は受け取ったらしい。報告欄には毎晩、新しい書き込みが並んだ。
そんなある日、思いがけないところから一通の連絡が届いた。
国立探索安全協会。
『貴サイトに掲載されている低級魔物の回避・拘束手順について、安全性検証への協力をお願いしたい』
榊が横から画面を覗く。
「怒られる?」
「文面は協力依頼だ」
「お役所の『協力依頼』って、いちばん怖いやつじゃね?」
「協会は行政機関ではない」
「そこじゃないって」
透はメールを最後まで読んだ。正式な検証施設を提供する、という内容だった。添付の要項の一つで、目が止まる。
『低ランク探索者のみで構成した試験チームによる再現性評価』
透はその一行だけを、三度読み返した。




