第11話 攻略屋
事故から三日、透は学校の廊下をまともに歩けなくなっていた。
「真壁君ですよね。あの配信の」
「今度うちのパーティーも見てもらえませんか」
「サイン……は別にいらないんですけど、動画一緒に撮っていいですか」
最後の一人には、どう返せばいいのか透にも分からなかった。
素性を隠していたつもりはない。ただ、救助配信で声と学校名が結びつき、探索部の集合写真に写っていたことまで掘り返されれば、特定には時間がかからなかった。分かってはいても、校内で自分の顔が知られているという状態には、どうにも身体が馴染まない。
昼休み、透は人の少ない資料室へ逃げ込んだ。先客の榊が、机に弁当を広げていた。
「有名人、お疲れ」
「教室で食べろよ」
「お前が来ると思ったからさ。マネージャーとして危機管理」
「いつからマネージャーになった」
「登録者五十万人超えたあたり」
透は向かいに座り、スマホを机に置いた。通知は四桁に届いている。配信への出演依頼、企業案件、探索者からの相談、取材の申し込み。「攻略法を買いたい」と金額まで書いてきたメールもあった。
「これ、どうする?」
榊が一通を開いてみせる。
『弊社所属探索者の専属攻略アドバイザーとして――』
「やらない」
「即答かよ」
「学校がある」
「理由そこなんだ」
透は箸を動かしながら、検索欄に自分の名前を打ち込んだ。ニュース記事の見出しには〈高校生攻略屋〉〈弱者の参謀〉〈F級適性の天才〉と、好き勝手な言葉が並んでいる。
「攻略屋とは何だ」
「分かりやすいじゃん」
「攻略を売った覚えはない」
「世間は肩書きが好きなんだよ。『動画作ってる高校二年生』じゃ長いだろ?」
「F級の天才というのも変だ」
「その矛盾がタイトル向きなんだって。見たくなるじゃん」
透は検索画面を閉じた。呼び名はどうでもいい。困るのは、真壁に頼めば攻略できる、という空気の方だった。
救助のとき、透は画面越しに見えていた情報から選択肢を出しただけだ。角の欠けたアッシュボアが石を踏まなかったら。佐伯が音を捉えられなかったら。九条が間に合わなかったら。どれか一つで、結果は変わっていた。
それなのに切り抜き動画では、そのあたりが短く詰められている。
【天才高校生、十秒で救助ルートを構築】
「十秒ではない」
「そんなとこ気にすんなって」
「地図を見ていた時間が切られている。これでは、映像を見た瞬間に全部分かったように見える」
「派手な方が伸びるからなあ」
「困る」
透は自分のチャンネルを開き、新しく固定動画を撮ることにして、タイトル欄だけ先に埋めた。
その日の午前中だけで、職員室にも取材依頼が十件以上届いていたらしい。透は担任に呼ばれ、今後は学校を通してくれと言われた。
「俺は学校の名前をほとんど出していません」
「君が出さなくても、どこかからバレるんだよ」
担任は疲れた顔で封筒の束を指した。テレビ局、ネットメディア、探索専門誌。〈F級適性から学ぶ逆転術〉と題した企画書まで挟まっている。
「これ、俺が逆転したことになっているんですか」
「先生に聞くな」
透は全部断った。人前で話せるほど、自分の中で整理がついていない。救助の中心が自分一人だったように扱われるのも、嫌だった。
教室へ戻る途中、廊下で見覚えのない一年生に頭を下げられた。
「動画見てます」
それだけ言って、相手は小走りに去っていった。返事をする暇もなかった。五十万という数字を見たときには何ともなかった胸の奥が、名前も知らない下級生の一言で重くなる。一度、自分の口から前提を話しておこう。透はそう決めた。
その日の放課後、透は榊にカメラを構えてもらい、初めて顔を出して撮影した。
「真壁透です。湾岸第四迷宮の救助配信で指示を出していた人間です」
手元の原稿を読もうとして、透はそれを伏せた。
「先に言っておきます。俺に相談すれば何でも攻略できる、ということはありません」
カメラの向こうで、榊の片眉が上がった。原稿にない一文だった。
「俺の適性はF級の〈観察〉です。魔物の弱点が見えるような能力ではありません。映像を見て、失敗例を集めて、使える場面を絞り込んでいるだけです。それでも間違えます。佐伯さんとの実地試験では、一度失敗して、怪我をさせかけました」
この部分は、佐伯本人の許可を取ってある。
「公開している手順は、俺の指示に従えという意味ではありません。動画と状況が違ったら使わないでください。失敗したら報告してください。そうしてもらえれば、次の人が安全になります」
最後に何を言うか、透は言葉を探した。攻略屋と呼ばれるのは嫌だ、と言ったところで仕方がない。
「うまくいった動画だけでなく、失敗した動画も送ってください。それから、俺の前提がおかしいと思ったら、修正案もお願いします。俺の書いたことを正しいものとして扱わなくていいです。その方が、たぶん役に立ちます」
録画を止めると、榊がカメラから顔を上げた。
「……地味」
「分かっている」
「まあ、お前らしいわ」
動画は、派手な救助の切り抜きほどには伸びなかった。
それでも公開の翌日、メールボックスには百件を超える失敗報告が届いた。ゴブリンが石に反応しなかった例。スライムの粘度が高く、フックで分離できなかった例。毒羽虫の群れが想定より低いところを飛んだ例。透は夕方まで画面をスクロールし続けた。一人で歩き回っても、この量は集まらない。
「これ、整理する場所が要る」
ぽつりと言うと、榊が顔を上げた。
「サイト作る?」
「作れるのか」
「俺を誰だと思ってんの」
「親友」
「そういう意味じゃねえよ。恥ずいわ」
攻略屋という呼び名は、やはり気に入らない。
けれど黒いノート一冊では、もう受け止めきれなかった。誰かが使い、失敗し、直す。直したものを、また次の誰かが使う。透はノートの表紙に、仮の名前を書きつけた。
COMMON ROUTE。
榊が横から覗き込む。
「英語にすると急にそれっぽいな」
「仮称だ」
「それ、絶対そのまま定着するやつ」
透は答えず、その下に最初の項目を書き始めた。




