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声の記憶〜私が三歳のときに死んだパパは、明日の私を知っていた〜  作者: ぽんぽこ解放太郎


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Day 7301

 Day 7301


 ——再生した。


 パパの声が聞こえた。


 ——泣いていた。パパが。最初から。


「Day 7301。——日和。パパだよ。二十歳の誕生日、おめでとう」


 声が震えている。鼻をすする音。


「今日で——最後だ」


「パパの声は——今日で終わる。明日からは——ない」


「理由を——今日、話す」


「日和。お前は死なない。Day 7301に、お前は死なない」


 ——死なない。


「パパの声が終わるのは——お前の人生が終わるからではない」


「パパの声が終わるのは——お前の人生が、パパの声なしで大丈夫になるからだ」


「パパは——お前が生まれた瞬間に、全部見えたと言った。最初から最後まで」


「Day 7301以降も——見えていた」


「お前の二十歳の誕生日の、その先。就職。結婚。子供。——全部見えた」


「でも——Day 7301以降は、録音しないと決めた」


「なぜか」


「Day 7301の夜——お前は、このメモを聞き終わって、ヘッドホンを外す」


「パパの声がなくなる。初めて。十八歳の誕生日からずっとパパの声を聞いてきたお前が——初めて、パパなしの朝を迎える」


「そして——大丈夫だと気づく」


「パパがいなくても。パパの声がなくても」


「自分の足で立てると」


「パパは——それが見えた。Day 7302の朝のお前が。パパなしで。立っている。笑っている」


「パパが——お前を手放す日。それがDay 7301だ」


「パパは——もっと録りたかった。Day 7302も。7303も。一万日でも。ずっと」


「お前の声を聞いていたかった。毎日」


「でも——ずっとパパの声を聞いている子は、自分の声で話せなくなる」


「パパの声が毎日あるから——パパの声に頼る。パパが何を言うか聞いてから動く。パパのメモが正しいか答え合わせしてから一日を終える」


「それは——お前の人生じゃない。パパが見たものの、リプレイだ」


「パパは——お前を録音したかったんじゃない。お前に、お前の人生を、生きてほしい」


「日和。最後に」


「パパは——お前の人生の全部を見た。最初から最後まで。いいことも。悪いことも。嬉しいことも。悲しいことも」


「全部見て——全部、よかったよ。お前の人生」


「パパが見た中で——一番好きな場面を教えてやる」


「お前が——自分の子供を——初めて抱いた瞬間」


「お前はね——パパと同じ顔をするんだ。泣いて。笑って。同時に」


「そして——お前の子供の人生が、お前に見えるかどうかは——パパにはわからない」


「見えるかもしれない。見えないかもしれない」


「見えなくていい。パパは見えすぎた。見えすぎたから——お前を手放す練習に、7301日もかかった」


「見えなければ——毎日が、新しい。明日何が起きるかわからない。怖い。でも——楽しいはずだ」


「パパは——お前に、新しい毎日を生きてほしい」


「日和。ありがとう」


「パパの娘でいてくれて」


「パパの声を——7301日分、聞いてくれて」


「さよなら。——ではないな」


「——いってらっしゃい」


「パパは——見送る方だから。いつも」


「いってらっしゃい、日和」


 ファイルが終わった。



   ◆


 Day 7302


 翌朝。


 パパの声がない、最初の朝。


 目が覚めた。ヘッドホンは枕の横にある。昨夜、つけたまま眠った。


 スマホを見た。ファイルリスト。Day 7301が最後。Day 7302は——ない。


 パパの声が——ない。


 今朝は——静かだった。


 自分の呼吸の音だけが聞こえる。


 窓の外は晴れていた。九月の朝だった。


 ——立った。


 布団から出て、顔を洗い、鏡を見た。


 ——泣いていなかった。


 泣くと思っていたのに。パパの声が終わった朝なのに。


 ——パパが言った通りだ。『大丈夫だと気づく』。


 大丈夫だ。


 パパの声がなくても。明日何が起きるかわからなくても。


 ——大丈夫だ。


 トーストとコーヒーの朝ごはんを食べた。


 ママに「おはよう」と言った。


「おはよう。——今日は何するの?」


「——わからない」


「わからないって。予定ないの?」


「ないかも。——なくていい」


 ママが首を傾げた。


 わからない。今日何が起きるか。明日何が起きるか。


 パパはもう教えてくれない。


 ——それでいい。


 パパが語らない一日が——今日から始まる。


 録音されない一日。答え合わせのない一日。


 ——新しい一日。


 玄関で靴を履き、ドアを開けた。


 風が吹いた。


 ——パパの声が、一瞬、聞こえた気がした。


「いってらっしゃい」


 振り返った。誰もいなかった。


 ——聞こえたのは、記憶だ。パパの声の記憶。7301日分の。体に染みついた声。


 パパの声は——もうファイルの中にしかない。


 でも——体の中にはある。耳の奥に。鼓膜の記憶に。


 耳の奥で、もう一度、パパの声がした。


「いってらっしゃい」


「——いってきます」


 ドアを閉めた。


 外に出た。

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― 新着の感想 ―
死後の分の日記という亡霊が悪霊化する話かとおもったら(あらすじを読まなかったので、そういう誤解をしました)、20歳で独り立ち出来るという暖かいお話で、己の心の貧しさを反省しております。 最後まで楽しま…
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