Day 1
パパの声を初めて聞いたのは、十八歳の誕生日だった。
正確に言えば——三歳までは聞いていたはずだ。でも覚えていない。
三歳のときにパパは死んだ。交通事故。即死。私が覚えているパパは、写真の中で笑っている男の人だけ。
十八歳の誕生日の朝。ママがUSBメモリを渡してくれた。
「パパからの誕生日プレゼント。十五年間預かってた」
「パパから?」
「パパがね——あなたが生まれた日から、毎日、あなたへのボイスメモを録ってたの。十八歳になったら渡してくれって」
白くて小さいUSBメモリ。ラベルには「日和へ」と手書きの字がある。
「パパの字?」
ママに確認すると、頷いた。
「うん。パパの字」
パソコンに差した。
フォルダの中に——音声ファイルが並んでいた。
ファイル名は日付。2006年9月15日から始まっている。私の誕生日。
一日一ファイル。
——数えた。
ファイルは——6570個あった。
私が生まれた日から、十八歳の誕生日の今日まで。ちょうど、今日の分まである。一日も欠けていない。
でも——パパが生きていたのは、最初の1095日だけだ。三年間。
残りの5475ファイルの日付は——パパが死んだ日から、始まっている。
最初のファイルを再生した。
「2006年9月15日。日和が生まれた日」
——パパの声だった。
低くて、少しかすれた声。ゆっくり話している。
「日和。パパだよ。今日、お前が生まれた」
声が——震えていた。
「3200グラム。女の子。目がママに似てる。すごい。すごいよ」
笑っていた。泣いていた。——同時に。
「パパは今日から毎日、お前への手紙を録る。声の手紙。一日一通。お前が十八になるまで。十八になったら、全部渡す。パパの声で、お前の毎日を伝える。お前が覚えていないことも。パパが見たお前の毎日を。全部」
◆
最初の日から、順番に再生していった。
過去の分は、まとめて聞いた。何日もかけて。飛ばせるところは飛ばしながら。それでも終わらないほどあった。
最初の一年は——パパの日常報告だった。
Day 2。「今日、日和が泣いた。三時間泣き続けた。パパも泣きそうだった」
Day 15。「日和がパパの指を握った。すごい力。離してくれない。三十分握られた。幸せだった」
Day 47。「初めて笑った。ミルクの後。げっぷさせてたら、にこって。息が止まるかと思った」
Day 100。「お食い初め。日和は何もわかってないけど、鯛の前で写真を撮った。パパが一番嬉しそうにしていたって、ママにからかわれた」
パパの声が——温かかった。
毎日一分から三分。短い。でも——毎日欠かさず。
朝の出勤前に録る日もあった。電車のアナウンスが背景に聞こえる。夜、寝かしつけの後に録る日もあった。パパのあくびが入っている。
Day 200。「日和がハイハイした。どこに行くかと思ったら、パパの靴のところに行った。靴を舐めた。汚い。でも嬉しい。パパのところに来てくれたのかもしれない」
Day 366。「一歳おめでとう。立った。二歩歩いて、転んで、泣いた。パパが抱き上げると泣き止んだ。——お前が転んだとき、パパが抱き上げる。それだけでいい。それだけでいいんだ」
◆
Day 500。「ママって言った。初めての言葉がママだった。パパじゃなかった。悔しい。——嘘。嬉しい。ママは毎日お前のそばにいるんだから。当然だ」
Day 600。「パパって言った。——泣いた。職場のトイレで。いい歳した男が。みっともない。でも泣いた」
Day 731。「二歳。走る。すごい速さ。公園で追いかけっこして、パパが負けた。お前が笑った。その笑い声がね——公園中に響いてた。あの声を録っておきたかった。でもパパは追いかけるので精一杯だった」
Day 1080。「もうすぐ三歳。お前はもう立派な人間だ。好きなものがある。嫌いなものがある。意志がある。昨日はブロッコリーを投げた。ママが怒って、お前は泣いた。でも——自分の意志でブロッコリーを拒否した。それはすごいことだ。パパはブロッコリーが嫌いでも食べるけど。大人はそうやって自分を殺す」
パパの声は——日を追うごとに、柔らかくなっていった。
最初は緊張していた声が、一年、二年と経つうちに、穏やかに、自然になっていった。
パパは——私に話しかけるのが、上手になっていった。
◆ Day 1095
Day 1095。パパが、生きて録音した最後の日。
ファイルを再生する前に——指が止まった。
これが、生きているパパの最後の声。
——再生した。




