第7話 残留思念と、二人の継承者
一人取り残され気味の亜理紗は哲夫に耳打ちしてきた。
「兄さん、何だか人気者ですね! 想像していた通りの人だったみたいで、私も嬉しいです」
と、満面の笑みを浮かべてきた。
哲夫は皆を見まわして、伊沢達の前に立った。
「智則、大輔、そして由美。かなり苦しい状況だが、今まで良く頑張ってくれた」
と、伊沢達を筆頭に、全ての兵を労った。
さらには、あり得ない人の声がした。
「来てしまったのね」
声の方を見ると、そこには避難シェルターに居るはずの母の姿があった。
「母さん」
亜理紗が駆け寄り、
「鈴木さん、お久しぶりです」
哲夫は後頭部をかきながら、照れくさそうに声をかけた。
亜理紗の頭をなでながら、
「哲夫の方は仕方のない事だけど、亜理紗まで来ることはなかったのに」
そう言って、哲夫を見て、
「鈴木と呼んだという事は、記憶を取り戻したのね」
と、複雑そうな顔をした。
哲夫は、
「はい。先ほど。さやかのお陰ですが」
と言って、さやかの方を見た。
慶子は驚いた顔をして、
「あなたは、雷電に取り込まれたはずでは・・・」
と、呟いた。
亜理紗の紹介と、亜理紗への紹介も無事に終え、まったりとした空気が流れ始めた頃、さやかは思念波を飛ばしてきた。
「哲夫。私には時間がないの・・・」
哲夫はハッとしながらも、さやかを見つめ返した。
「やはり、今の君は、思念体なんだね」
皆がさやかに注目する中、さやかは話し始めた。
「そうです。哲夫の言う通り、今の私は死ぬ前に雷電の中に能力を封じ込めた一部です」
皆がざわめく中、さやかの思念波が鮮明に聞こえていた。
「もう少し軍の方が頑張ってくれれば、哲夫を呼ぶことはなかったのですが、現状を打開できるのは、哲夫と雷電のコンビが不可欠です」
哲夫達は、さやかの声に吸い込まれるように、耳を傾けていた。
「しかし、今の私では、雷電のメンタル部分の操作が続きません。思念体では充分に制御できないのです」
さやかは、亜理紗と由美を交互に見て
「あなたたちのように、哲夫を思いそして、哲夫と共に過ごしてくれる方にこの力を分け与えます」
亜理紗も由美も困惑しながらさやかの話を聞いていた。
「雷電のメンタル部分の操作を行うことにより、哲夫は自身の反応速度を超えた戦闘が可能になります」
「ただし、精神的な疲労が酷く、廃人になるかも知れません」
「哲夫を強く思い、雷電に負けない精神力で動かしてもらいたい」
亜理紗と由美に対し淡々と話すさやかを、その場にいる全員が固唾をのんで見守っていた
(私は兄さんの力になりたい!)
(今度こそ、結城隊長を守りたい!)
二人はそれぞれの思いを胸に、その話を承諾した。
それから、新型戦艦の建造が急ピッチで行われるとともに、さやかの残留思念による雷電の操作訓練が始まった。
亜理紗はまず、雷電の特殊なコクピットに慣れるところから始めた。
由美は雷電の訓練も受けていたためすぐに慣れていったが、亜理紗にとっては、何もかもが初めての体験だらけだったので、なかなか思うように馴染めなかった。
連日戦闘訓練している雷電のコクピット内で、亜理紗は極度の疲労に見舞われていた。
初めは、液体呼吸と通常呼吸の切り替えが難しく、その後の思念波を使ったコントロールの訓練も苛烈を極めた。やはり、肺に液体が流れ込み溺れるような恐怖感との戦いは、それだけでも亜理紗の精神を疲弊させていった。
由美は軍属であり大戦も経験していたが、亜理紗にいたっては完全に素人であり、疲労は極限に達していた。
時にはコクピット内で意識を失ってしまい、哲夫に抱きかかえられ母の元へ連れて行かれる日もあった。
由美の方は雷電稼働計画の時に、智則や大輔と共に雷電で訓練していたため、早い段階から、戦場状況の把握をし、哲夫と亜理紗と情報を共有していた。
哲夫は、そんな2人のために、なるべく精神系を使わない戦法(先の大戦で最後に行ったプログラムでの攻撃方法)を考案し、2人の負担を減らす工夫を凝らしたメニューを日々行っていた。哲夫単体の出撃訓練や、雷電以外の量産機での訓練も同時に行っていた。
さらに、哲夫は二人の訓練とは別に、戦闘小隊の訓練を行っていた。
哲夫一人を戦闘隊長として、伊沢隊・伏見隊の二隊がその元について戦闘訓練が行われていた。
由美の抜けた伊沢隊へは、杉里隊長の娘である愛香が副隊長に起用された。
大輔と万里子はそのまま伊沢隊へ残ることとなった。
伏見隊は、元中川隊のメンバーを吸収し、中川隊のエースであり弱冠16歳の美恵を副隊長に、中川隊の通信兵であった奈津子を、伏見隊の通信兵として再編した。
そんな中、哲夫・由美・亜理紗は慶子に呼び出されていた。
「みんな、良く来たわね」
部屋には、慶子の他にさやかが立っていた。
白い軍医服に身を包んだ慶子に、
「母さんがその姿になると、不思議な感じがする」
と、亜理紗が言った。
「俺なんか、母さんと鈴木さんと両方知っているから、複雑な気分だよ」
様々な、雑談をしていたが、
「さて、本題に入りましょうか」
と、真面目な顔をした慶子に、三人は背筋を伸ばした。
「雷電の事ですが、哲夫は二人のことを甘やかしすぎです。これ以上二人を気にかけながらでは、雷電のポテンシャルを引き出せないと、整備班から報告が来ました。もう少し、二人を信用して、背中を預けなさい」
「そして、由美さんですが、索敵はかなりの精度で発見できるようになりました。ただ、攻撃を誘導しながらとなると、途端に破綻してしまう。複数の事をいくつも同時にこなすのは、難しいかしら?」
「最後に亜理紗ね。ようやく雷電のコクピットに慣れてきた様ね。索敵に関しては、全くの素人だけど、攻撃の誘導に関しては、驚かされる時があると、報告がありました」
そんな哲夫の姿を見たさやかは、雷電の精神系の操縦を二人でやるのはどうかと提案してきた。
哲夫は2人の様子とさやかの言葉を総合して、さやかの提案を受け入れた。
雷電はもともと、さやかのメンタルを機体と連動させ、飛躍的な性能を引き出せるように設計されていた。
その部分を封印してしまうと、雷電は量産機以下のスペックとなってしまう。
ただ、その案に慶子は難色を示していた。
(雷電のシステムを増幅させたら、哲夫たちも、さやかと同じ運命をたどるのではないのかしら)
(あの時、さやかを止められなかった私への罰なのかしら)
(軍から抹殺されたとされる如月さやか軍曹は、正確には逮捕され処刑場に連行される直前に雷電からの干渉で逃げ出すことに成功したものの、逃げ込んだ先の雷電のコクピットで忽然と消えてしまった。あの時、コクピットに残されていたのは、彼女のイヤリングだけだった……。と、いうのが、正確な情報だが、軍はその体裁を守るため、ただ抹殺したと発表していた)
そこで、慶子の代わりにさやかが思念波を飛ばしてきた。
「まずは、哲夫。あなたの負担は、私が搭乗していた当時の負担になるでしょう。ただ、システムを強引に三人にするために、今まで以上に雷電に取り込まれる可能性があります。」
「次に、由美さんですが、あなたには戦場状況の把握や空間認識の同期を使った戦術リンクなどを行ってもらいます」
「最後に、亜理紗さんですが、あなたには武器の誘導をメインに行ってもらいます」
「そして、二人には大事なことを伝えます。哲夫が雷電に飲み込まれそうになったら、二人の力で、繋ぎとめてください。これは、私にはできない事なので」
さやかの思念波に、哲夫たちは頷いた。
それからの操縦は、メインパイロットに哲夫、サブに亜理紗と由美の二人が搭乗することになった。
はじめは、3人の意思疎通が難しく困難を極めたが、亜理紗と由美がお互いを受け入れ始めたあたりから、雷電の性能は格段に上がりつつあった。
また、精神系への負担も激減したため、亜理紗は普段の明るさを取り戻していた。
由美も哲夫の世話を再開していた。
この頃から、さやかの思念は薄れていき、
「あの二人は、私より欲張りそうね……頑張って、哲夫」
(私ではなしどけられなかった思いを、頼むわね)
最後に、哲夫にだけ思念波を飛ばし、完全に雷電に飲み込まれて行った。
(さやか、ありがとう。君が守ろうとした世界を、今度は俺たちが取り戻す)
哲夫はさやかへの思いと新たな2人の思いを胸に雷電へ乗り込んだ。




