第46話 マスタークラスタ
総旗艦『不死鳥』がガラ空きの右翼へと肉薄する新型クワガタ型を引き付け、孤立無援の死闘に突入していたその時――左翼の主戦場でもまた、人類の命運を懸けたもう一つの凄絶な戦いが幕を開けていた。
火星基地から湧き出したAlogの大規模通常群を食い止めるべく、前線へと飛び出したのは、ハウルとゲートがドッキングした合体形態『ケルベロス・ゲート』であった。
眼前に広がる暗緑色の光点の層は、あまりにも厚い。
「初撃、叩き込むぞ!!」
ケルベロス・ゲートは突撃の勢いのまま、正面の密集体へと強烈な先制の一撃をぶち込んだ。爆炎が宇宙を裂き、数十体の小型が一瞬で消滅する。しかし、肉厚な装甲を持つカナブン型の中型群が、すぐさまその穴を埋めるように生体シールドを展開した。
「チッ、この分厚さじゃ機体ごと貫くのは無理だ! 上方に抜けるぞ!」
肉圧による圧殺を避けるため、ケルベロス・ゲートは急制動をかけ、敵群の表層をかすめるようにして上方向へと鋭く反転・旋回していった。
続くミラー准将率いる明星艦隊も、決して無理な強行突破は選ばなかった。戦艦群の主砲・副砲が一斉に正面へと火を噴き、敵の突撃の勢いを激しく削ぎ落とす。だが、艦隊そのものは直進せず、まるで網を広げるように左右へと分かれて綺麗に旋回した。
「ミサイル弾幕、絶やすな! 味方の後方へ回り込みつつ、外縁から削り取れ!」
ミラー准将の号令の通り、明星艦隊は一撃離脱を繰り返しながらミサイルの絨毯爆撃を敢行し、敵の包囲網を攪乱していく。新・伊沢大隊の面々もまた、個々の卓越した連携技術をもって、無謀な突撃を敢行することなく、足止めと確実な撃破を徹底して繰り返していた。
「おいおい、また、中型や小型の相手かよ! たまには大物を撃ち落としたいぜ!」
「贅沢言わないでください、佐々木さんだけじゃ、大型どころか、中型だって囲まれたら終わりなんですから」
「俺だって、結城隊長みたいにやってやるんだ! この『電磁コイル実弾砲』でな!」
「だから、無理なんですって」
「杉里、いいからミサイルだ! 敵の防衛ラインを押し上げるぞ!」
呆れ顔とは裏腹に、愛香の援護射撃は一発の狂いもなく大輔を守り続けていた。
「伏見隊長も佐々木さんのように、突撃したいのではありませんか?」
「俺か? 俺は、一匹でも多くのAlogを倒せるのであれば、大きさにはこだわらんさ!」
「そうですか。了解です。私も、ご一緒しますよ!」
「そうだな。頼む」
利花は返事の代わりに外付けエネルギー砲(拡散砲)を放ち、小型を足止めしていった。
「流石だ!」
和彦が、その隙を逃さず、統制の乱れたAlogたちを、爆散させていった。
「初撃は問題なさそうだな」
「そうですね。ただ、敵の数が多すぎますね。月基地に来た時みたいに、途中であきらめてくれれば良いのですが」
「いや、無理だろう。今回は、ここが帰る場所だからな」
「そうですよね。どうしますか?」
「我々は、後方で待機だな」
「撃たなくても、良いのですか?」
「今は、まだな。」
「了解です」
小型や中型の通常群だけであれば、この人類の高度な戦術で十分に抑え込めるはずだった。
――しかし、敵の後方に控えていた『大型個体』たちがその巨体を揺らし、生体エネルギー砲を発射し始めたことで、とたんに戦況は苦しくなった。
宇宙空間を縦横に引き裂く、極太の暗緑色の光条。その圧倒的な破壊力に対し、ケルベロス・ゲートは回避と射撃を極限のタイミングで使い分け、息を詰まらせるような機動で何とか戦線を維持しようとしていた。
「こなくそー」
カイルが神回避を行い、ケルベロス・ゲートの装甲で、エネルギー砲を巧みに弾きながら宙を舞っていた。
「そこ!」
その絶妙な回避の合間を縫って、エレーナが狙い澄ました一撃を放ち、群がる小型の群れを次々と消滅させていった。
「左舷のフィールドに潜り込みながら、敵エネルギー砲をやり過ごすぞ!」
明星艦隊の戦艦群は、後方の超大型母艦『八咫烏』から放たれた『RGフィールド発生ミサイル』が空間に展開した防御膜を盾として活用し、大型の砲撃を減衰させながら、自艦のRGシールドで何とか致命傷を抑え込んでいた。
だが、前線の激化に伴い、新・伊沢大隊の機体はエネルギーと残弾の限界を迎えつつあった。乱戦の最中、遠隔でのエネルギー補給が間に合わなくなった機体から、順次、後方の八咫烏へと一時帰還しての高速補給を余儀なくされる。前線の手数が物理的に減少したことで、人類の防衛線はジリジリと後退を始めていった。
「おい、まずいぜ! エネルギーがもたねぇ」
「八咫烏からの補給が追いつきません!」
「ミサイルも底を尽き始めました」
「仕方がない、大輔、愛香チームは一時離脱、補給せよ! 残りは戦線を下げつつ、撤退を援護! 順番に補給しに戻るぞ!」
その戦線の後退を見計らっていたかのように、火星基地からの別動隊が、手薄になった八咫烏へと急速に接近し始めた。
『八咫烏ブリッジより各管制へ! 敵別動隊、本艦へ接近中! 自動迎撃システム起動、防衛火線を展開せよ!』
「おうよ! ドローンを出せ! RGバスターカノンは、チャージ出来次第撃ち込め!」
グレッグが火器管制を起動させ、八咫烏の防衛プロトコルを滑らせる。
艦長による鋭い迎撃指示が飛び、母艦独自の対空砲火が星の海を埋める。迫り来る小型や中型は次々と撃破されていったが、後方の大型個体から放たれる生体エネルギー砲の直撃を受け、八咫烏の防衛ラインは少しずつ、確実に突破されつつあった。
そこへ、激しい駆動音と共に、黄金の巨体が空間を割って躍り出た。
『雷電』が、遂に戦場へと帰還したのだ。
「良かった! まだもっているな!」
通信回線に響いた哲夫の声に、八咫烏の艦長が即座に応じる。
「だいぶ抜かれてきてはいるが、この八咫烏の装甲ならまだ大丈夫だ!」
「よし、周囲の小型どもを追い払います! 艦長、ミサイルはありますか!?』」
「随時、艦内で作成してはいるが、本艦にはそれを放つための発射管が最初から備わっていないぞ!」
「なら、ミサイルコンテナのまま、宇宙空間へ射出してください! こっちでやります!」
八咫烏のハッチから、錬成されたミサイルがぎっしりと詰まった無骨な巨大コンテナがそのまま星海へと放出された。その瞬間、雷電のコックピットで、亜理砂の瞳が青く輝いた。
「――キャッチしたわ!」
亜理砂の強力な思念波が、慣性で漂うミサイルコンテナを空間ごと完全にロック。次の瞬間、発射管を通していないはずのコンテナから、数百発のミサイルが一斉に、文字通り宇宙空間で直接発射された。 亜理砂はその無数の弾道を思念波で完璧にコントロールし、八咫烏へと群がっていた小型個体群の頭上へ、正確無比な死の雨として降らせた。瞬く間に八咫烏周辺の群れが爆砕されていく。
「邪魔者は吹き飛ばしました! 射線を確保したのでRGバスターカノンで迎撃してください!」
哲夫の叫びに応じるように、超大型母艦『八咫烏』に据えられた最大兵器『RGバスターカノン』が、激しいエネルギーのスパークと共に咆哮を上げた。
放たれた一撃は、『八咫烏』に襲い掛かろうとしてた中型カナブンを周囲に小型ごと貫通し、その肉体を激しく爆砕・大破させた。
「トドメだ!!」
その射線に続くように、雷電が重装甲を輝かせながら傷ついた中型個体へと猛然と肉薄。規格外の巨体を活かした強烈な質量突撃をぶち込み、最後の一体を完全に粉砕してみせた。
八咫烏周辺の危機を脱した雷電は、補給を終えた伊沢大隊や明星艦隊と速やかに再合流を果たした。しかし、彼らの前に立ち塞がったのは、なおもおぞましい物量で空間を埋め尽くす、本隊の大規模なAlog通常群であった。前線、母艦周辺、ともに消耗は激しく、このままではジリ貧になることは誰の目にも明らかだった。
ブリッジの全員が、奥歯を噛み締めたその瞬間――通信回線のノイズが跳ね上がり、総旗艦『不死鳥』からの鮮烈な一報が響き渡った。
『こちら不死鳥! 右翼の超大型新型クワガタ型、完全に撃破したわ!!』
春花の凛とした声が響く。新型の脅威は去った。だが、目の前の通常群の包囲網は、今なお一糸乱れぬ統率で人類を圧迫し続けている。
この終わりの見えない泥沼のジリ貧を、根底からひっくり返すには、もうこれしかない――。『八咫烏』の演算室でログを見つめていた凛は、深く静かに息を吸い込んだ。その瞳には、退かぬ決意の光が宿っていた。
「……よし、やるしかないわね。電子インジェクションシステム、起動。私がこいつらの命令系統を、直接書き換えてみせる!」
凛の十指が、ホログラフィック・キーボードの上を神速のタイピングで滑った。彼女が開発した電子インジェクションシステムは、Alogが個体間で交わしている生体無線通信のコードを瞬時に解析し、そこへ偽の『命令』を強制注入する、対Alogハッキング兵器であった。
凛は前線で荒れ狂う小型通常群の通信帯域へ狙いを定め、解析データを一気に流し込んだ。
「電子インジェクション、送信……! 命令コードは『全軍撤退』!」
刹那、凛の眼前のコンソールに、流れるようなグリーンのログが刻まれた。
[ Injection Success ]
[ Command Accepted ]
[ Command Executed ]
「効いた……!」
凛の狙いは、寸分の狂いもなく的中した。直前まで新・伊沢大隊を追い詰めていた数百体もの小型通常群が、まるで同時にブレーカーを落とされたかのように、宇宙空間で数秒間、完全に動きを止めたのだ。それだけにとどまらず、反転して火星基地の方向へと一斉に敗走を開始した。
「なんだ!? 敵の群れが勝手に逃げていくぞ!」
「何にしろ、今がチャンスだ! 全艦、撃てー!」
動揺し、背を向けた無防備な敵の群れに対し、明星艦隊の全門斉射と伊沢大隊の猛攻が容赦なく叩き込まれる。100体、200体――瞬く間に小型群の戦力が削り取られていき、崩壊しかけていた人類の防衛線は、劇的な息を吹き返した。
凛の電子インジェクションは、兵器として間違いなく完全な『成功』を収めていた。
だが、人類の勝利の歓声を、冷酷な『階層』が踏みにじった。
後方に居た大型カブトムシたちが砲撃をやめ、その巨体を一斉に輝かせだす。その瞬間、前線に控えていた中型カナブン型の一群が、強固な生体シールドを発光させながら、一斉に特殊な高エネルギーパルスを空間に放射した。その直後、凛のモニターに、これまで見たこともない不気味な赤色のエラーログが津波のように溢れ返った。
[ Override Detected ]
[ Higher Authority Internal Network Link ]
[ Permission Denied ]
[ Command Overwritten ]
「……え? 嘘……エラー? コードは完全に正しいはずなのに……!?」
凛の顔から血の気が引いていく。 撤退を始めていたはずの小型通常群が、中型のパルスを浴びた瞬間、まるで操り人形の糸を強く引き戻されたかのように、再び狂暴な赤色の眼光を放って反転した。先ほどまでの混乱が嘘のように、何事もなかったかのように、元の一糸乱れぬ包囲陣形へと復帰していく。
大型カブトムシ型の『上位権限』パルスによって、混乱していた小型群はわずか数秒で正気を取り戻した。
だが、戦場における『数秒』は、勝敗を分けるにはあまりにも十分すぎる時間だった。
敵の統率が戻りつつあることを感じたアルノルトが、全機に指示を飛ばす。
「敵の統率が戻る前に、叩き潰すぞ! 全艦、面制圧のままだ、撃ち続けろッ!! 不死鳥も急行してくれる! ここで倒すぞ!」
八咫烏から号令が響く。命令が上書きされ、敵が再反転しようと身を翻したその瞬間を、人類の砲火が完璧に捉えていた。動きの鈍った中型個体の生体シールドが明星艦隊の猛烈な斉射によって次々と撃破され、その盾を失った小型群が、新・伊沢大隊の容赦ない追撃によって星の海へと霧散していく。
さらに、右翼側からは超大型新型を仕留めたばかりの総旗艦『不死鳥』が、凄まじい勢いで乱戦の渦中へと突入してきた。
「主砲、副砲、射程に入った砲から順次射撃! 明星艦隊を包囲している敵群の背後を突いて!」
春花の冷徹かつ的確な指揮のもと、不死鳥の全方位の砲塔が火を噴いた。魁の荒々しくも緻密な操艦によって、船体の軋みをねじ伏せながら放たれる十字砲火は、Alogの包囲網を外側から面白いように切り裂いていく。
「こいつら、さっきの新兵器にやられて、連携のテンポが狂ってやがる! もらうぜぇっ!」
ジャックのグラディエーターと防空ドローン群が、混乱の残滓に引きずられている通常群の隙間に容赦なく滑り込み、ガトリングとレーザーの雨で確実に息の根を止めていく。
中型と小型の連携が崩壊し、前衛が瞬く間に瓦解していくのを見た後方の大型カブトムシ型たちは、なおも生き残った数体で密集陣形を組み、悪あがきのように生体エネルギー砲を乱射して抵抗を試みた。 だが、統率を失ったその砲撃は、もはや人類の脅威ではなかった。
「敵大型、シールドの同調が乱れています! 今なら抜けます!」
「よし、ケルベロス・ゲート、右の大型を抑えろ! 明星艦隊は中央の個体へ火力を集中! 不死鳥は左翼から回り込んで主砲でぶち抜く!」
アルノルトの的確な連携指示が飛び、人類側の波状攻撃が開始された。
まず、ケルベロス・ゲートが鋭い一撃離脱で右側の大型個体の姿勢を崩し、その隙に明星艦隊の戦艦数隻による集中斉射が中央の大型の生体シールドを叩き割る。
「今よ! 万里子、最大出力! 主砲、てぇぇぇーーーっ!!」
左翼から回り込んだ不死鳥の超大型主砲から放たれた光条が、シールドを失って無防備になった大型個体たちの肉体を次々と貫き、爆砕していった。
そこからは、本当の意味での掃討戦だった。
数分後。あれほど宇宙を埋め尽くしていた暗緑色のRGエネルギーの光点は、一つ残らず星の海の彼方へと消え去った。
「……ふぅ。こちら伊沢、周囲の敵生命反応の完全消滅を確認。前線の脅威は排除されました」
智則の息の荒い報告が通信回線に流れる。
人類艦隊の防衛線は守り切られた。しかし、勝利の余韻に浸るブリッジの空気の中で、後方の超大型母艦『八咫烏』の演算室にいる凛だけは、未だにキーボードを叩く手を止めていなかった。
静まり返った演算室。凛の瞳には、勝利の歓喜ではなく、底知れない知的恐怖が宿っていた。
「……おかしい。やっぱり、何かがおかしいわ」
凛は、先ほどの中型個体が放った『上位命令』のパルスログを、さらに何十階層も深くディープ解析していた。電子インジェクションによる一般権限の書き換えに成功し、それを中型個体に上書きされたあの瞬間。
ログの最深部、ノイズの海に埋もれていた極小のデータストリームが、凛の目に留まった。
「後方に居た大型個体が自発的に命令を考えたわけじゃない……。大型がパルスを放つ直前、この通常群のネットワークの『さらに外側』から、超高帯域の暗号通信が届いている……!」
凛の背筋を、冷たい戦慄が駆け抜けた。
画面に表示されたのは、火星基地の方向から、この宙域の全Alogに向けて常時発信されている『大元の外部命令通信』の波形だった。
戦場にいたカブトムシ型もカナブン型も、そしてあの超大型クワガタ型でさえも、チェスの駒に過ぎなかったのだ。それらはすべて、火星基地の奥深くに潜む『大元の意思』と常時ネットワーク接続されており、リアルタイムで操られていたという紛れもない事実。
「Alogは、単独で動いているんじゃない……。常時、外からの命令を受信して、アップデートを繰り返しているんだわ。……この通信の仕組みさえ完全に解析できれば、あの不気味な基地の『さらに奥』にある、奴らの全貌が見えるかもしれない……!」
凛の天才の脳裏に、この絶望的な戦況を紐解くための、次なる『解析大作戦』の青写真が急速に組み上がっていく。 しかし、火星基地に潜む『冷徹な知性』もまた、人類の技術をただ指をくわえて見ているような存在ではなかった。




