第45話 赤き惑星の鋏(はさみ)
眼下に広がる赤茶けた大地は、あまりにも冷酷に沈黙していた。
火星。かつて人類がテラフォーミングの夢を懸け、数多の資材と人生を投じて築き上げたフロンティアの象徴たる火星基地は、今や変わり果てた姿で宇宙を見上げていた。
ドーム状の居住区や複雑に交差していたはずの物資搬送パイプラインは、まるで未知の巨大な粘菌に侵食されたかのように、歪な黒い外殻に覆い尽くされていた。かつて人間が灯していた文明の光は微塵もなく、ただ暗緑色のRGエネルギーが、基地の亀裂から脈動のようにおぞましく明滅しているだけだった。
そこには、生物的な営みの気配すら感じられない。ただ、人類の技術を潜り抜ける最高峰のステルス性を備えていた無人偵察機『八咫』を、一瞬の警告すら残さず『消滅』させたという冷徹な事実だけが、その不気味さを際立たせていた。
まるで、基地そのものが一つの巨大な、そして冷酷な知性を持つ罠であるかのような、薄気味悪い静寂。
だが、その静寂は突如として、内側から破られた。
ズゥゥゥゥン……と、真空の宇宙を偽りの振動が伝わってきたかと思うと、黒く変貌した基地のハッチや地表の亀裂から、おびただしい数の『影』が湧き出し始めた。
最初に這い出てきたのは、強固な頭角をギラつかせた『カブトムシ型』の大型Alog。一匹だけでも戦艦に匹敵するその巨体が、一匹、また一匹と、まるで整然とした軍隊のように隊列を組んで上昇していく。さらにその周囲を固めるように、外殻による強固な生体シールドを備えた中型『カナブン型』が密集し、数を頼みとする小型の群れが、漆黒の宇宙を埋め尽くすほどの黒い雲となって後に続いた。
それらは、かつての野生の怪物の暴走とは明らかに一線を画していた。一糸乱れぬ統率。目的意識を持った完璧な陣形移動。火星基地という巨大なシステムから、明確な『防衛命令』を受けて出撃したとしか思えない、冷徹な軍勢の機動だった。
赤き惑星の重力を振り切り、太陽の光を遮るほどの物量で押し寄せるAlogの通常群。 その巨大な影が、廃棄された資源衛星や防衛用デブリ帯が漂う前衛の迎撃ポイント『ポイント・アルファ』を目指し、刻一刻と迫りつつあった。
「火星基地解放作戦、これより開始する!」
その圧倒的な光点の奔流を全天周モニターに捉えながら、総旗艦『不死鳥』のブリッジで、春花が決然とマイクを握った。
「前衛、ミラー准将の明星艦隊、および新・伊沢大隊は、接近しつつあるカブトムシ型を中心とした通常群の迎撃に当たってください。敵の数を減らし、戦線を維持せよ!」
『了解した!』
春花の鋭い指示に、ミラー准将と智則の力強い応答が重なった。 直後、前衛へと躍り出た戦艦『流星』をはじめとする明星艦隊が、中央を開けるように美しく展開していった。敵を十字の砲火で挟み撃ちにする迎撃陣形――『方舟の箱庭』の同期が完全な数値を叩き出す。
「全艦、主砲副砲を斉射せよ! まずは敵の面を削る!」
ミラー准将の苛烈な号令と共に、4隻の戦艦から一斉に無数の光条が放たれた。空間を埋め尽くすほどの艦砲射撃の嵐が、迫り来る小型Alogの先鋒を網の目のように蜂の巣にし、宇宙空間に無数の光の輪を咲かせていった。
だが、敵の統率力もまた過去のそれとは異なっていた。先遣の小型が消滅するや否や、中衛に控えていた中型カナブン型の一群が素早く前進。強固な外殻から『生体シールド』を展開し、後続の大型カブトムシ型を守る強固な盾の壁を形成したのだ。
「チッ、敵の連携が早すぎる! 新・伊沢大隊、仕留めにかかるぞ! 恵美は中型のシールドを大型ごと薙ぎ払え! 大輔と和彦は左右から回り込んで小型の残党を叩く、愛香と利花はその援護を!」
『了解!』
智則の冷徹な指揮を受け、大隊長機を筆頭に六色の光条が星の海へと展開した。 最新の改修装備と、これまでに培われた信頼が見事に噛み合い、遠征艦隊の前衛は圧倒的な物量を誇るAlog通常群を互角以上に押し留めていた。
――しかし、敵の狙いは別のところにあった。
「……おかしいわ。通常群の推力、これじゃ前衛を突破する気がまったくないじゃない」
後方に位置する超大型母艦『八咫烏』の演算室で、凛はエラーの一切ない完璧な戦況ログを見つめながら、不気味な違和感に眉をひそめていた。 その直後、前衛ラインのさらに外縁――明星艦隊の死角となる宙域から、おびただしい数の高エネルギー反応が突如として跳ね上がった。通常群の別動隊が、八咫烏を直接包囲せんとする軌道で殺到し始めたのだ。
「バックヤードを叩く気!? 雷電、本艦の護衛は良いから、ミラー准将たちと八咫烏の防衛に回って! 」
春花の焦燥に満ちた叫びが響く。八咫烏が墜ちれば、艦隊すべてのエネルギー供給と戦術リンクが絶たれ、遠征艦隊は一瞬で全滅する。
『雷電』が即座にスラスターを激しく明滅させ、八咫烏をその巨体で庇うようにして防御機動へと入った。明星艦隊と新・伊沢大隊もまた、八咫烏の防衛ラインを死守すべく、引きずられるようにしてポイント・アルファの『左翼方向』へと戦力を集中せざるを得なくなった。
それこそが、火星基地を統べる冷徹な意思が仕掛けた戦術だった。
「まさか!? ……あいつら、エネルギー供給源である八咫烏を囮にして、私たちの護衛を完全に左翼へ誘導するつもりだったんだわ!」
春花が敵の真の意図に気づき、ハッと息を呑んだ時には、すでに遅かった。
護衛の主力である雷電も、仲間たちも、左翼の乱戦に完全にクギ付けにされており、物理的に助けに戻れる距離にはいなかった。
完璧に孤立させられた総旗艦『不死鳥』。
そのガラ空きになった右翼のデブリ帯へ、頭部に禍々しい二本の大顎を備えた超大型新型――『クワガタ型』が、物理法則を無視した超高速で突出してきた。
あいつらの真の狙いは、人類艦隊の指揮中枢――総旗艦『不死鳥』の確実な撃沈だった。
「敵新型、急速接近! ……なっ、速い!? カブトムシ型の直進速度を遥かに上回っています!」
「迎撃急いで! 特装砲は間に合わない! 主砲副砲で足を抑えて!」
春花の号令に万里子がコンソールを操作し、主砲副砲を撃ちまくっていた。
「ダメです! 旋回能力も異常です、回避運動しながらも、本艦へ一直線に来ます!!」
万里子の悲鳴に近い叫びがブリッジに響き渡った。 全天周モニターに映るクワガタ型の巨体は、青白く不気味なRGエネルギーの尾を曳きながら、最短ルートで不死鳥へと肉薄していた。仲間たちがいる左翼宙域は遥か彼方。
「それでも、あの新型は本艦のみで押さえる必要があるわ。なんとしても足を止めるのよ! ジャック機は緊急発艦、即座に新型の足止めに移行して!」
春花が必死に命を下した瞬間、第一カタパルトデッキでは、ジャックの操る防空特化型『グラディエーター』の固定が外れ、ハッチが今まさに開放されようとしていた。
「ジャック、緊急出撃を――」
「ダメです、間に合いません、ハッチを緊急閉鎖します!!」
春花の焦燥を遮ったのは、コンソールを凝視する万里子だった。
「今ハッチを開けたら、新型の攻撃が起こすRGフィールドの圧縮衝撃波艦内を襲い、内側から爆破されますよ! ジャックさん、カタパルトデッキでそのまま耐えてください!」
直後、万里子は警報が鳴り響く中、そう叫びながらコンソールを力任せに叩いてハッチの強制鎖錠をかけた。出撃を直前で阻まれ、薄暗いカタパルトデッキの内部に取り残されたジャックは機体ごと激しい衝撃に襲われて歯噛みしたが、結果的にこの万里子の刹那の判断が、彼の命を救うことになる。
画面を埋め尽くす新型の巨体。まともに激突すれば、もしくは、近距離で爆散させては、不死鳥といえどもただでは済まない。ブリッジの誰もが衝撃を覚悟し、体を強張らせたその瞬間、春花が全天周モニターの一角を鋭く指差した。
「11時方向! 廃棄資源衛星の巨大な隕石を、本艦の盾にして!! やれるわね!? 魁?」
その絶体絶命の状況下で放たれた無茶な指示に、万里子が息を呑んだ。この至近距離、この速度の巨艦をそんな微細なポイントへ滑り込ませるなど、理論上は不可能に等しかった。
だが、操縦桿を握る天才は、その無理難題に狂気的な笑みを浮かべて応えた。
「無論です。俺と不死鳥なら、やれる!」
そんな無茶な、というブリッジの凍りついた空気を、魁の不敵な咆哮が吹き飛ばした。
「こんなところで、誰が墜ちるかよぉぉぉッ!!」
魁はバックギアスラスターとサイドスラスターを同時に限界突破の出力で明滅させ、不死鳥の巨体を強引に横スライドさせた。船体がミシミシと悲鳴を上げ、凄まじい横Gがブリッジを襲う。不死鳥は魁の神業めいた操縦によって回頭こそしていたが、スラスターの推力だけでは、巨大な隕石を盾にする軌道にはあと一歩届かなかった。
「艦前部の主砲副砲を右90度に照準、艦後部主砲副砲を左90度に照準! 急いで!」
瞬時に状況を察知した春花の怒号が飛ぶ。不死鳥の主砲と副砲が、それぞれの方向へと駆動し、完全に固定されたことを確認した彼女は、さらに叫んだ。
「魁! 自動姿勢制御システムをカット! 姿勢制御はあなたに任せる!」
「了解!」
「主砲副砲、撃て!」
ズド・ド・ド・ドォォォーーン!!!
前部砲塔が右側に、後部砲塔が左側に向けて同時に咆哮を上げた。自動姿勢制御システムを完全に遮断された不死鳥の船体に、凄まじい質量兵器の射撃反エネルギーが、ダイレクトな推進力となって伝わる。
「うおぉぉぉぉ。曲がれーーーー!!」
魁は操縦桿をへし折らんばかりに引き絞り、その強烈な射撃反動のエネルギーを全て機動へと変換した。横滑りする巨艦。激しい衝撃にブリッジが揺れる中、不死鳥は射撃反動の恩恵を受けて軌道を限界突破させ、11時方向に漂っていた巨大な隕石の影へと滑り込むようにその身を隠した。
ゴォォォォ……!
激しい爆煙が周囲を覆う。 突如として目標を見失ったクワガタ型は、その圧倒的な突撃速度を殺し、宇宙空間で一瞬だけ戸惑うように静止した。 しかし、それも刹那の間だった。奴の頭部にある歪な複眼が、ピキィンと不気味な赤色に発光する。まるで障害物の向こうにいる不死鳥の位置を一瞬で『解析』したかのように。
ギギギギギ……ッ!
禍々しい大顎が、機械的な冷徹さで限界まで開かれる。次の瞬間、クワガタ型は減速することなく再び急加速し、不死鳥を遮っていた巨大な隕石を、その大顎で文字通り『真っ二つ』に一刀両断したのだ。
ズガァァァァン!!!
激しい閃光と共に爆散する隕石。もし、春花の最初の指示通りにジャック機が外に出ていれば、この一撃が放った超高密度のエネルギー波と、四散した無数の巨大デブリの直撃を受け、確実に大破・粉砕されていた。艦内に退避していたからこそ、彼は無傷で生存できたのだ。モニター越しにその光景を見たジャックの背中に、冷たい汗が伝わった。
切り裂かれた隕石から立ち上る濃密なRG爆煙が、荒れ狂う嵐となって周囲の宇宙を満たしていく。だが、その爆煙は、荒れ狂う嵐となってクワガタ型の視界を今度こそ完全に遮断した。
その刹那、魁の神業めいた操艦が冴え渡った。不死鳥は爆煙の死角を突いて、クワガタ型の背後へと滑り込みながら反転、全速離脱の態勢へと移行していた。
「敵、爆煙から抜け出します! 完全に本艦を見失って周囲を警戒中!」
万里子の鋭い報告に、春花は逃げざまの絶対的な勝機を見出した。
「側面の副砲、後部砲塔、全門一斉射撃!! 奴の後頭部をブチ抜いて!!」
全速で離脱しつつある不死鳥の側面、そして後部に配置された砲塔群が一斉に駆動し、その砲口がクワガタ型の無防備な頭部へと固定された。
「てぇーーーっ!!」
ド・ド・ド・ドォーーーーーン!!!
逃げざまに放たれた、痛烈な背面・側面斉射。それは光の濁流となって宇宙を裂き、速度特化ゆえに装甲の薄いクワガタ型の頭部へとクリーンヒットした。 激しい爆炎と共に、奴の外殻が派手に爆砕される。脳震盪を起こしたかのように、クワガタ型の狂暴な動きがピタリと止まった。
「今よ! ハッチ開放! ジャック、行きなさい!!」
春花の声と同時に、無傷のまま温存されていたカタパルトハッチが勢いよく開いた。
「待たせやがって、この虫ケラがぁッ!」
ジャックのグラディエーターが、火花を散らして星の海へと射出された。彼の背中からは、八咫烏の最新技術を応用して小型化された『新型防空ドローン群』が鮮烈に展開し、眩い光の尾を引いて宇宙を舞った。
体勢を立て直し、怒りに狂って再び不死鳥へと牙を剥こうとするクワガタ型。だが、ジャックはその進路へ猛然と割り込んだ。
「こっち見ろ、このデカブツ!! お前の相手は俺だ!! ここは、絶対に通さねえ!!」
ジャックの叫びと共に、グラディエーターとドローン群が一体となった超高速の立体機動を展開した。無数の迎撃レーザーとガトリングの火線を浴びせながら、クワガタ型の大顎の完全に死角となる下方、あるいは背後へと回り込んでいく。 どれだけ大顎を振り回そうとも、ジャックの変幻自在な防空機動を捉えることはできない。あまりの素早さと執拗な翻弄に、クワガタ型は完全に苛立ち、その狂暴な意識のすべてをジャック機だけに奪われていった。
その決定的な勝機を、不死鳥の艦長が見逃すはずがなかった。全天周モニターに映る新型の完全な死角を捉えた瞬間、春花の瞳が鋭く輝いた。
「魁、艦首を新型の正面へ! 急速回頭!!」
「了解! ジャックが稼いでくれた時間、一秒だって無駄にするかよぉッ!!」
魁はバックギアスラスターとサイドスラスターを限界突破の出力で明滅させ、巨艦『不死鳥』を強引に急速回頭させた。船体が軋み、凄まじいGがブリッジの全員を襲うが、不死鳥の艦首は見事に、クワガタ型の正面へと再び据え直された。
その回頭の最中、春花の凛とした声がさらにブリッジに響き渡った。
「万里子、艦首特装砲発射準備! 最速の連射型のエネルギーの充填開始!」
「はいっ! 艦首回頭完了と同時に撃てるようにします! 特装砲A、エネルギー充填開始!!」
万里子の指がコンソールの上を正確に走り、前方の『超大型特装砲』のバレルが、生き物のように激しく展開し激しい光を帯びていく。
「特装砲A、エネルギー充填率100%! いつでもいけます!」
「ジャック、離脱して!」
春花の警告に、ジャックはクワガタ型の頭上へと大きく飛び退きながら、通信機に吼えた。
「――今だ、艦長! ぶちかませぇっ!!」
春花は右手を力強く突き出し、その全存在を懸けて叫んだ。
「これが、私たち人類の英知の結晶よ……! 特装砲、てぇぇぇぇーーーっ!!!」
ズゥゥゥゥゥン!!!!
空間そのものを焼き尽くすような、不死鳥の最大威力の光の濁流が放たれた。 ジャックに翻弄され、完全にその場にクギ付けにされていたクワガタ型には、避ける術も、防ぐ術も残されていなかった。速度特化ゆえに装甲の薄いその全身を、特装砲の圧倒的な熱量と、純粋な破壊の衝動が真っ向から飲み込んでいく。
「ギ、ガ、ガ、ガ……ッ!!」
断末魔のノイズが通信回線を汚したのも束の間、超大型新型クワガタAlogは、その巨体を細胞一つ残さず光の中へと融解させ、大爆発と共に火星の宇宙から完全に消滅した。
「敵新型、完全消滅を確認!」
大閃光が収まり、完全に敵の反応が消えたことを確認したブリッジに、今度こそ割れんばかりの大歓声が響き渡った。
「見たかよ! これが不死鳥の底力だ!!」
魁が操縦桿を叩いて笑い、万里子も胸を撫で下ろした。だが、ジャックからの通信が、まだ戦いが終わっていないことを告げた。
『ハハッ、相変わらずいい威力だな、艦長。……だが、通常群の方はまだ手こずってるみたいだぜ』
直後、スピーカーから後方の母艦『八咫烏』のブリッジにいる通信兵・奈津子の、焦燥に満ちた暗号通信が飛び込んできたからだ。
『不死鳥、こちら八咫烏! 新型撃破は確認しましたが、前線の戦況は依然として最悪です! 明星艦隊、いまだ別動隊の包囲から脱していません! 新・伊沢大隊も中央のカナブン型通常群に圧迫され、戦線がじわじわと後退しています!』
全天周モニターには、クワガタ型を失ってもなお、寸分の乱れもなく包囲網を縮めようとするAlogたちの不気味な光点が無数に明滅していた。
「ダメージコントロール! 被害状況を伝えて!」
「艦の損害、軽微。修理しながら行けるそうです。」
Alogからの直接的なダメージは無いものの、先ほどから急旋回や主砲の反動制御を繰り返した歪みは、確実に船体へと蓄積していた。しかし、まだ退くわけにはいかなかった。
「了解! 魁、このまま反転して明星艦隊の右翼へ突入! ジャックはドローンを展開したまま前衛のカナブン型を散らして!」
「応よ! 本番はここからだ!」
不死鳥はクワガタ型の爆煙を突き抜け、いまだ激しい砲火が飛び交う混戦の真っ只中へと、その巨体を躍進させた。
春花が視線をメインモニターへと戻すと、そこには、火星基地を背景に、明星艦隊と新・伊沢大隊が激闘を繰り広げている、無数のカブトムシ型Alogの映像が映し出されていた。
新型は堕ちた。だが、本当の戦はここからだった。
乱戦の火線が宇宙を切り裂くその奥で、春花はふと、全天周モニターのさらに深淵――冷たく佇む『それ』を見つめた。
火星基地。
黒く変貌したあの巨大な基地は、手下の通常群を文字通り軍隊のように操り、不死鳥に致命的な奇襲を仕掛けさせておきながら、自身はなおも不気味な静寂を保っている。
まるで、そこに潜む未知の冷酷な知性が、激化する人類の戦い方を今この瞬間も静かに観察し、次の手を値踏みしているかのように。
「……次は、あそこね」
押し寄せる別動隊の光の渦を睨みつけながら、春花は誰ともなく、低く呟いた。
新型は倒した。だが、戦いは何も終わっていない。周囲の敵を駆逐し、あのおぞましい基地の核心へと乗り込む本当の火星攻略は、これから始まるのだから。




