第42話 火星への青写真(後編)
新・伊沢大隊の士気が一気に跳ね上がる中、岩蔵が大きく息を吐き出しながら画面を切り替えた。
「……で、最後は『雷電』だが」
「雷電の改修はハードじゃないわ。『ソフト』……いいえ、『戦術リンク』の強化案よ」
凛が眼鏡の奥の瞳を、確信に満ちた妖しい光で輝かせた。
「先の戦闘で、亜理紗ちゃんが思念波を用いてビームサーベルを完全遠隔操作したログが、このメインサーバーに残っているわ。これを利用するの。雷電の背面に、数基の遠隔誘導ドローンを組み込む」
凛の指がキーを叩くと、ホログラムの雷電の背面に新型ドローンがマウントされた。
「だけど、デタラメな機動をする雷電のコントロールと、ドローンの膨大な軌道計算を、戦闘中の結城隊長だけで処理するのは不可能よ。だから、同じコックピットにいる由美さんに、その索敵と先読みの能力を使って、ドローンの『基礎的な軌道制御やシステム運用』をサポートしてもらうわ」
工廠のモニターを見上げていた由美が、ハッとして息を呑む。凛は彼女を見つめ、力強く頷いた。
「由美さんが敵の動きを先読みしてドローンの最適な『道』を構築し、オートの迎撃ロジックを回す。――だけど、それだけじゃAlogの不規則な動きには追いつけない。だから、実際の敵への攻撃トリガーや、物理法則を無視した超直感的な機動の瞬間だけは、亜理紗ちゃんの『思念波』で直接システムに介入して引き金を引くのよ。もちろん、思念波を使える三人が引き金を引けるようになるのだけど」
画面の中で、シミュレーション動画が再生される。由美の先読みデータによって滑らかに滑空したドローンが、次の瞬間、同乗する亜理紗の殺気に反応したかのように恐ろしい軌道へと急変し、敵のコアを正確に穿った。
「結城隊長が操縦に専念し、両手の武器で前線の敵をブチ抜いている間、由美さんが敵の動きを先読みしてドローンの網を張り、亜理紗ちゃんが思念波でそのドローンやミサイルを縦横無尽に操って背後を守る。もちろん、由美さんの戦術リンクがあれば、どれだけRGフィールドが濃かろうが三人の意識は寸分のズレもなく完全同調するわ」
凛は腕を組み、勝ち誇ったように笑った。
「操縦士の結城隊長、先読みの由美さん、思念波の亜理紗ちゃん。同じコックピットで命を預け合う、三人乗りの雷電だからこそ扱える『最強のオールレンジ・システム』よ」
由美は思わず顔を引きつらせた。
「つまり私たち、今まで以上に休めなくなるって事ですよね?」
「当然よ」
凛は即答した。その横で、亜理紗が身を乗り出して目を輝かせる。
「つまり、ビームサーベル以外も飛ばして良いの!?」
「駄目とは言ってないわ」
凛が再び即答すると、亜理紗は
「やったあ!」
と無邪気に万歳した。
「……ただし、注意してね、三人とも」
凛が画面の雷電のドローンデータを赤く点滅させた。
「雷電のあのキチガイじみた最大加速に追従させるために、このドローンには機体サイズの限界まで超高出力のスラスターを詰め込んだわ。結果、エネルギー消費が最悪よ。最大戦速時の連続稼働時間は、持って三分――状況によっては数十秒よ。突撃の瞬間か、迎撃の局面だけで展開して、使い終わったらすぐに雷電の背中に戻して充電させて」
「なるほど、ここぞって時の切り札ってわけか」
哲夫が不敵に笑うと、隣で腕を組んでいたジャックがフッと口元を緩める。
「ハッ、せっかちな雷電らしいな。――その点、俺の『グラディエーター』に積むドローンは、不死鳥の盾としてじっくり腰を据える防空用だ。派手な加速ができない代わりに、戦闘中ずっと出しっぱなしにできる大容量バッテリー仕様にしてもらう。持久戦なら俺たちの勝ちだな、岩蔵のおっさん」
「おうよ、ジャック。おめえのドローンは、ハエ叩き用の弾をこれでもかってくらい詰め込んで、何時間でも浮いてられるタフな奴に仕上げてやるからな!」
ガハハと笑う岩蔵の頼もしい声に、工廠の空気があたたまる。
パイロットたちの要望がまとまる中、凛と岩蔵は、さらに大掛かりな艦隊戦用システムの検討へ移っていた。
「次は『不死鳥』の問題じゃな」
岩蔵が総旗艦の設計図をホログラム中央に呼び出す。
「せっかく特装砲を連射できるようにしたってのに、それでRG粒子が無くなるのが早すぎる。これじゃ宝の持ち腐れだ」
「RG粒子の生成速度が限界なのよね」
凛がため息をつく。火力もある。防御もある。だが、連射し続けるほどのRG粒子を、一隻の艦内だけで貯蓄し続けることは不可能なのだ。
「だったら簡単じゃろ」
岩蔵がニヤリと笑った。
「後ろから『八咫烏』で補給してやればええ」
工廠が、水を打ったように静まり返る。
「は?」
最初に反応したのは哲夫だった。
「いや待て。宇宙だぞ?」
「だから何じゃ」
「だから何じゃじゃねぇよ!」
岩蔵は平然と煙草をふかしている。
「通常航行中は太いケーブルで繋ぐ。で、戦闘中は『リバースグラビティワイヤレス・リンク』で、直接RG粒子をワイヤレス電送する」
「リバースグラビティワイヤレス・リンク!? でも、Alogのジャミングを受けたら、電送効率が激減して霧散するわね」
凛が目を丸くして反論するが、岩蔵は不敵な笑みを崩さない。
「じゃが、送る事は出来るじゃろう?」
凛がすぐに端末を操作した。
二隻の間に青白い粒子のラインが表示される。
「……理論上は、可能よ」
「理論上って言ったな、今」
「可能よ」
「二回目は聞いてねぇって!」
哲夫の即座の突っ込みを、凛は完全に無視して画面を見つめた。
「成功すれば、八咫烏の膨大な余剰エネルギーを不死鳥へリアルタイムで流し続けられる」
画面のエネルギー出力グラフが跳ね上がる。
「つまり……どういうこと?」
大輔が首を傾げる。
岩蔵は獰猛に笑った。
「――弾切れしねえ、不死鳥の完成じゃ」
「いや待て」
哲夫が即座に突っ込む。
「Alogのジャミングのど真ん中でやるんだろ?」
「当然じゃ」
「成功率どれくらいだ?」
凛が計算結果を見ながら答える。
「戦況次第」
「答えになってねぇ」
「でも成功する可能性はあるわ」
「理論上はな」
「可能性があるなら試す価値はある」
凛が即答する。
岩蔵は豪快に笑った。
「技術屋ってのはな。無理そうな事を無理やり実現する生き物なんじゃよ」
その頼もしい言葉の背後で、隆はすでに岩蔵の豪快な笑い声をBGMにしながら、決定した新・伊沢大隊やカイルたちの改修プランを、工廠の自動実作業ラインへと目まぐるしい速度で移行(データ転送)させ始めていた。
そこへ、一連の規格外な給電プランをモニター越しに見ていた『不死鳥』のブリッジクルー――不死鳥組からの通信が割り込んできた。
画面に映し出されたのは、総旗艦の指揮を執る春花艦長の姿だ。
『……岩蔵さん、凛。そのリバースグラビティワイヤレス・リンク、もし本当に繋がるのであれば、不死鳥の主砲の連射だけではなく、不死鳥の『RG防壁』の緊急リチャージにも回せるようにシステムを組んでおいていただけないかしら?』
通信越しに響く彼女の声には、総旗艦と全クルーの命を預かる艦長としての、切実な緊張感があった。
『火星の地獄に突っ込めば、敵の集中砲火で真っ先に不死鳥のシールドが削り切られる可能性が高いわ。主砲のエネルギーをあえて一度絞ってでも、八咫烏からの電送分をそのまま防壁の復旧に100%バイパスできる緊急システムが欲しいの。――どれほど無限の主砲があろうとも、盾が破られ、艦が沈んでしまえば意味がないから』
「なるほど、攻撃だけじゃなく、文字通りの『命綱』としてエネルギーを使い回したいってわけか」
ジャックがグラディエーターの図面を脇に退けながら、深く頷いた。
「いい要望だ。俺が不死鳥の周りでハエ叩きをしてる間、一瞬でも防壁がもってくれれば、それだけ迎撃の効率も上がる」
凛が少しだけ目元を緩め、不死鳥のエネルギー制御ロジックの書き換えを始めた。
「……了解よ、春花艦長。給電エネルギーの『攻撃・防御への瞬時割り振り機能』、不死鳥のシステムに直接ねじ込んでおくわ。榊さん、そっちの移行ラインにもこの防壁バイパスの枠を一枚追加しておいて」
「了解、同期します」
隆が短く答え、キーボードのエンターキーを静かに叩いた。それを見届けた岩蔵が、画面の春花へ向けてニヤリと不敵に笑う。
「へっ、さすがは春花の嬢ちゃんだ、手堅いじゃねえか。任せときな、どっちにでも一瞬でエネルギーを切り替えられる極上のスイッチを仕込んでやるわい」
「続けて、流星たちだな」
岩蔵が言った。 画面が切り替わり、明星型4隻――『流星』『朧月』『暁月』『彗星』の精緻な三次元モデルがホログラム中央に整列する。
「明星型4隻による同時攻撃システム……コードネーム『方舟の箱庭【アーク・ボックス】』よ」
凛が端末をスワイプすると、4隻のモデルから無数の青いラインが伸び、八咫烏へと収束していった。
「流星、朧月、暁月、彗星。この4隻の全火器管制システムを、私の『アルテミス・リンク』で完全に強制同期させる。4隻が戦場で正確な十字の陣形を組み、同時に主砲を斉射。――あの時、話した通りよ」
「おうよ」
岩蔵が不敵に笑い、煙草を深く吸い込んだ。
「個別の主砲をただ束ねてブチ込むんじゃねえ。4つの砲撃を一点で衝突させ、交わった中心点に、逃げ場のない超重力空間(箱)を作り出す。空間そのものを核に持つ大型Alogを、外殻ごとペシャンコに『圧縮』・圧砕するための劇薬だ」
画面の中で、4条のビームが激しく交差した瞬間、十字の光に囚われた仮想敵が、凄まじい重力で文字通り中心に向かって紙屑のように潰れていくシミュレーションが流れる。
「理屈はあの戦場で繋がったが、相変わらずイカれた精度だな。0.001ミリの誤差も許されねえ。少しでもズレりゃ、重力崩壊が暴走して味方の艦を焼き払うぞ」
哲夫がモニターを見上げながら、そのあまりの危うさに冷や汗を流す。
「だから、私の『アルテミス・リンク』と、岩蔵さんが研ぎ澄ました『ルナ・オリハルコンの受光部』を4艦すべてに組み込むのよ。4艦までなら、私のリンク負荷に耐えられるわ」
凛はそう言って、淡々とデータを処理していく。その横で、それまで凄まじい速度でキーを叩いていた隆が、移行完了のシグナルを見届けて顔を上げた。
「……データ、工廠の実作業ラインへ移行しました。同期プログラムの基礎フレームは八咫烏のメインサーバーに直接ねじ込んであります。ただ、システム側がどれだけ同期しても、実戦で流星たちの操舵士と砲術士の息が完全に揃わないと、陣形そのものが維持できませんよ?」
「へっ、月を背負って戦うこいつらには、あの時はまだ早すぎたが……もう待ったなしだ。火星の地獄であのカブトムシどもに最高の絶望を叩きつけてやるために、艦のクルーには、火星に着くまでに吐くまでシミュレーターに叩き込んでやるわ」
ミラーの言葉に、岩蔵が獰猛に笑い設計図の最終決定キーを親指で叩く。 工廠のメインモニターに、全機・全艦の改修プランの完了を示すグリーンシグナルが、一斉に、力強く点灯した。
「最後は、八咫烏ね」
凛は、Alogが戦闘区域に送っていたノイズを解析していた。
「これが、今回Alogが流していたノイズ……」
スパイダーから解析中のログが、どんどん表示されて行った。
「……これ、ただのノイズじゃないわ」
凛のタイピングスピードが限界を超えて加速する。空間ホログラムに不死鳥が記録していた『前回の戦闘ログ』と、雷電が新たに持ち帰った『未知のパルスデータ』が並んで展開された。画面上では、まだそれらは単なる複雑な2条の波形に過ぎない。
「共通のヘッダーコードを検出。やっぱり、根底の通信プロトコル(言語)は完全に同じ。――例えるなら、JavaやAppleScriptみたいな、明確な規則性を持った『オブジェクト指向プログラム』よ」
凛は画面の二つのコードの『差分』を赤く強調表示させた。片方のログの末尾に、見たことのない新しいコードが継ぎ足されている。
「今までのログにあったのは、単調なループ文(構文)。『周囲の状況を監視せよ。もし特定の条件(上位のロスト)を確認した場合、自爆関数を実行せよ』……あいつらが群れの頭を失うと勝手に弾けていたのは、この基本プログラムが裏で走っていたからよ。そして――」
赤い光が、雷電の持ち帰ったデータの一箇所を激しく点滅させる。
「結城隊長が雷電で拾ってきた今回のログには、今まで検出されなかった『新しい関数』が追加されているわ。記述されている引数は『作戦目的の書き換え(チェンジ・オブジェクティブ)』、ターゲット値は『即時撤退』。これこそ、あの戦場で群れが一斉に引いた時に流れた、命令文そのものよ」
凛は勝ち誇ったように、眼鏡の奥の瞳を妖しく光らせた。
「言語の構造(構文)と、この撤退コードの書き方さえ分かれば、こちらのものよ。八咫烏の広帯域アンテナを使って、この構文をそのまま模倣した『偽のパルス』を敵のネットワークにインジェクション(強制挿入)してあげる。……そうすれば、こちらの任意のタイミングで、敵の群れに強制的に『自爆』か『撤退』の関数を実行させるハッキング兵器の完成よ」
凛は勝ち誇ったように、眼鏡の奥の瞳を妖しく光らせた。 敵のシステムを完全に掌握した――その絶対的な自信が彼女の表情には満ちていた。
「八咫烏には、お前さんが見つけた書き換えコードのインジェクションシステムを組み込むのだよな」
「そうね。こんな感じのものを、考えているわ」
凛の言葉とともに、画面には八咫烏の全領域をカバーする広帯域アンテナの構造図が展開された。
「だがよ、凛」
岩蔵が煙草を深く吸い込み、モニターの数値を睨みつける。
「Alogの奴らもバカじゃねえ。勝負は一発、良くて二発が限界の『一発勝負の奇策』だぞ。本当に確実に効くんだろうな?」
「当然よ、岩蔵さん。言語解析は完璧よ。火星の決戦までこのカードは隠匿するわ。――榊さん、このプロトコルを八咫烏のメインコアの最優先タスクに割り振って」
それまで静かに実作業ラインへ仕様変更のデータを移行し続けていた隆が、顔を上げた。
「……全行程、完了しました。新・伊沢大隊、カイルたちのケルベロス、三人乗り雷電のリンク、不死鳥のエネルギーバイパス、方舟の箱庭、そしてこの八咫烏の電子インジェクションシステム。すべての改修データを工廠の自動製造ラインへ同期。実装作業を開始します」
隆がエンターキーを叩くと、工廠の巨大なメインモニターが一斉に輝き、すべてのプロジェクトに『MANUFACTURE START(改修開始)』の文字が刻まれた。誰もが、これで敵の足を止められると信じて疑わなかった。この時までは。
それを見上げた岩蔵が、噛み締めていた煙草を消し、パイロットたちを振り返って獰猛に笑う。
「――お前らのワガママと、こっちの技術屋の意地、全部ぶち込んだ青写真だ。火星の地獄をひっくり返す準備は整った。……あとは、テメェらの腕次第だぞ、野郎ども!」
「「「「うぉぉぉぉぉッ!!!」」」」
大輔の叫び声を筆頭に、パイロットたちの咆哮が、火星遠征へのカウントダウンを告げるように工廠の鉄骨を激しく震わせた。
工廠の喧騒から遠く離れた、艦尾の最暗部。
薄暗いドックに鎮座する『雷電』のコックピットの中で、結城哲夫は液体呼吸の闇の奥にいた。
ゴボリ、と微かな気泡が揺れる。
哲夫は、じっと自らの両手を見つめていた。
脳裏に焼き付いて離れない、あの月面防衛戦のラストに聞こえたノイズ混じりの直接的な『声』。
(……来るのか)
(遅いぞ)
(待っている)
忘れるはずがない。あの地獄の地球で、絶望の淵にいた自分たちを導き、そして散っていった、あの最高の男の響き。
「隊長……本当に、あなたなんですか……?」
窓の向こう。八咫烏の強固な装甲の隙間から見える漆黒の宇宙の彼方で、禍々しく、妖しく赤く輝く火星の姿が、じわじわと、だが確実に大きくなっていく。
「火星の地獄で、何が俺たちを待っているんだ、隊長……」
哲夫の呟きは、誰に届くこともなく、液体呼吸の冷たい闇の奥へと消えていった。




