第41話 火星への青写真(前編)
セレーネ基地周辺での激戦を終え、人類の反撃ののろしたる遠征艦隊は、静かに、だが確実に深宇宙を突き進んでいた。
総旗艦『不死鳥』をはじめ、火星遠征の切符を勝ち取った明星型の精鋭4艦――『流星』『朧月』『暁月』『彗星』。これら全ての船をその巨大な腹腔へと完全に収容した超大型母艦『八咫烏』は、不死鳥よりやや遅い巡航速度を維持しながら、赤い惑星への航路をひた走っている。
艦内が静寂に包まれる中、唯一、狂気的な熱気を放っている場所があった。
八咫烏の広大な工廠区画である。
作業用レーザーの火花が激しく散り、重機材の駆動音が五感を震わせる。その中心で、凛、岩蔵、そして隆の三人の技術者が、ホログラムモニターに映し出された無数の機体設計図を前に、喧々諤々の議論を交わしていた。そこを取り囲むのは、先の戦闘で課題を残したジャック隊の面々だ。
「納得いかない」
エレーナが、調整中のケルベロス・ゲートを見上げながら、冷たい声で不満をぶちまける。
「大型を、一撃で消せるやつ。もっと、太くて、絶対に減衰しない火力が欲しい」
「まだ言ってんのかよ!」
「だって、戦闘中は、カイルに持っていかれっぱなしジャン! 不公平よ!」
「贅沢病もいい加減にしろよ!」
カイルが呆れたように肩をすくめるが、岩蔵がその不満を宥めるように、苦い顔で煙草を噛み鳴らした。
「エレーナ、そう急ぐな。カイルの野郎が最高速度を出すと、機体の全エネルギーはスラスターに喰われる。だから、その間は火力が出せねえ」
エレーナは納得がいったように小さく頷き、カイルが『まあな』と自嘲気味に呟く。岩蔵はモニターを指差し、言葉を続けた。
「逆に、エレーナ、お前が最大火力を出そうとすれば、今度は機動力にエネルギーを回すことが出来ずに、ハウルの機動力のみになるため、速度が完全に死ぬ。それがお前ら二人の乗る機体の構造的な限界だ」
「で、お前らの番だ」
岩蔵がキーを叩き、ホログラムモニターにケルベロス・ゲートの精緻な設計図を透過表示する。 エレーナはモニターを見つめたまま、即答した。
岩蔵がケルベロス・ゲートの設計図を表示する。
エレーナはモニターを見つめたまま、岩蔵をじっと見返して即答した。
「限界、超えたい」
「知ってる」
「一撃で、消したい」
「だから、今その方法を考えてんだろ」
「今すぐ」
「無茶言うな」
カイルが吹き出す。
「会話になってねぇぞ」
「問題は出力そのものじゃないわ」
それまで冷淡に端末を叩いていた凛が、眼鏡を指先で押し上げながら、冷徹な声で議論に割り込んだ。
「?」
エレーナが不思議そうに首を傾げる。
「今のケルベロスは、ハウルの機動力を、ゲートの火力から融通して補っているの。――だから、機動力を上げることは出来ても、火力が中途半端なところで頭打ちになるのよ」
凛の手元の操作に従い、ホログラムスクリーンに二つの極端なグラフが浮かび上がる。 カイルへのエネルギー融通によって、機動力がプラス、火力がマイナスを示した。 岩蔵がそれを見上げ、口元を不敵に歪めてニヤリと笑う。
「だからよ、ハウルに供給するだけにするのはやめて、完全に『切り替える』ことにした」
「切り替える?」
エレーナがパチクリと目を瞬かせる。
「バルダー・ゲートの機体フレームに大容量の『RG粒子プール』を新設し、そこから必要な時に、必要な機体へエネルギーを一気に流し込む。戦況に応じてエネルギーの供給先そのものを完全に書き換える、システム同期型の可変機構だ」
凛が流れるような手付きで画面をスワイプすると、ホログラム上のエネルギーラインの色が瞬時に反転し、今度は火力側のグラフが爆発的に跳ね上がった。
「巡航・突撃形態の『ハウル』と」
「砲撃形態の『ゲート』だ」
「今まではハウルを速くするために、ゲートの火力を削ってた」
「だがこれからは違う」
「突撃するときは全部ハウル」
「撃つと決めた瞬間は全部ゲートだ」
物理的な変形を伴わない、純粋なエネルギー伝達ルートの最適化。しかしそれこそが、二人の機体のポテンシャルを極限まで引き出す真の改修だった。
それを見ていた大輔が、目を輝かせて岩蔵の前に割り込んできたのは、まさにその直後のことだった。
「おいおい、最高じゃんそれ! だったら俺の機体にもさ、カイル達が使っている様な大型のビーム砲を搭載してくれよ!」
その隣から、さらに大きな不満の声を上げた男がいた。伊沢隊の切り込み隊長、大輔である。
「あァ? テメェみたいな猪突猛進のガキに、これ以上重いモン積んでどうすんだよ。機体バランスが死ぬぞ!」
「それなら、結城の隊長が雷電で使ってるみたいな、一番デカくてゴツい『電磁コイル実弾砲』を乗っけてくれよ! なんか分かんねえけど、隊長が使っているのを見てると、強そうじゃん!」
「あァ? だから、これ以上重いモン積んでどうすんだよ。機体バランスが死ぬっつってんだろ。大体、大輔の機体はビームが主流なんだぞ。実弾はミサイルだけでも相当重いんだぞ!」
岩蔵の凄みにも、大輔はまったく引き下がらない。
「だってよ、カイル達の砲撃、すげぇ派手じゃんか! さらに、結城の隊長が『電磁コイル実弾砲』でアホみたいに敵をブチ抜いてんの、めちゃくちゃカッコいいじゃねえか! 今回、俺の機体も性能が上がって総重量が増えても、そこまで速度が落ちないんだろう? だったら、巨大な砲を搭載しても、良いじゃんかよ!」
「確かに、最大速度はそこまで落ちんじゃろうが、根本的に無理じゃ。お主の機体では大きさが足りん」
「大きさ?」
「カイル達の様な大型機にならないと、内蔵エネルギー砲を強化することは、不可能なんじゃ」
「つまり?」
ハテナを浮かべている大輔に、智則が助け舟を出す。
「お前の機体を、ケルベロス・ゲートのように大型機にすれば、搭載できるって言ってるんだ!」
「えっ!? それなら、大きくすればよいって事?」
「だが、お前の戦闘方法は、突撃しながら、敵の攻撃を紙一重で避けながら反撃するんだよな?」
「もちろん! それが、かっこいい!」
「それを、大型機でも出来るのか?」
大輔は腕を組み、うーんと唸って真剣に考え込んだ。
「うーん。それは、難しいな」
「そうだろう? だから、岩蔵さんは大型ビーム砲の搭載は、難しいって言っているんだ」
智則の言葉に、大輔はポンと手を叩いて目を見開いた。
「わかった! それなら、結城隊長の装備している『電磁コイル実弾砲』を搭載してくれよ!」
「お主、本当にわかっているのか?」
「なにがっすか?」
「哲夫の坊主が、何で実弾兵器を搭載しているのかをだ」
大輔はハッとして、胸を張った。
「それはもちろん、最高に速いスピードから、最高にゴツい実弾をぶっ放してみたいからだよな!」
その言葉に、岩蔵はふと煙草を止め、片目を細めて大輔を睨みつけた。
静寂。そして、岩蔵の口元が不敵に歪む。
「……おいおい大輔。お前、野生の勘のくせに、とんでもねえ領域に気づいちまったな」
「え? 何がだよ」
きょとんとする大輔の頭越しに、岩蔵はモニターの数値を書き換えた。
「哲夫の坊主が雷電で、頑なに実弾を撃ってたのはな、ただの趣味や頑固じゃねえんだよ。雷電の最大加速を弾頭の初速に上乗せして、Alogの高濃度RGフィールドに『押しつぶされる前に』コアごとブチ抜くためだ。フィールドの干渉時間を、速度でゼロにする。それが哲夫の戦術だ」
それまで端末に向かって数式をいじっていた凛が、顔を上げ、眼鏡の奥の目を光らせて補足する。
「理論的には完全に正しいわ」
凛はそう言って、手元の端末を流れるような動作でスワイプした。 一同の視線の先、空間のホログラムスクリーンに、目まぐるしい速度で数式とグラフが展開されていく。
「機体の突撃速度に電磁加速が加算されれば、弾頭の運動エネルギーは――その合算速度の二乗比例で跳ね上がる」
数式の下で、一本のシミュレーション動画が再生された。
機体が最高速度で突撃しながら電磁コイル砲を放った瞬間、凄まじい質量弾が仮想敵の放つRGフィールドを文字通り『紙切れのように食い破り』、内部のコアを粉砕する光景が鮮明に映し出される。
「エネルギー砲がフィールドで激しく減衰する以上、火星の地獄を突破するには、その『速度を乗せた実弾強化』が絶対条件になるわ。……結城隊長へのあこがれも、たまには役に立つみたいね」
凛は冷徹な、しかしどこか満足げな笑みを浮かべて腕を組んだ。 映し出された生々しい破壊の動画と、並べられた難解な数式を交互に見上げながら、大輔は引きつった笑みで頭をポリポリと掻く。
「いや……守屋さんの話はよくわからないし、数式はもっと意味不明だけど。つまり、どういうこと?」
ハテナを浮かべる大輔に、智則がさらに言葉を重ねた。
「扱えれば強くなるって事だ!」
智則の言葉に、大輔は弾かれたように喜びながら叫んだ。
「俺の思いつきって最高に大正解ってことか!」
「半分な」
智則が苦笑交じりに首を振る。
「実弾砲を積めば強くなるわけじゃない。お前が扱えれば強くなるんだ」
「扱う?」
「結城隊長みたいに、最高速で突っ込みながら撃つんだよ」
「おお!」
「つまりお前は今まで以上に前へ出ることになる」
「それ最高じゃん!」
その叫び声を切り裂くように、ジャックが腕を組んだまま、真剣な眼差しでホログラムモニターの一角を指差した。
「よし、大輔の『超高速・実弾特化案』は採用だ。じゃあ、次は俺の機体の改修案だな。他の奴らも、どんな感じに改修して欲しいのか、案を考えて置けよ!」
そう言って、ジャックは自身の愛機『グラディエーター』の設計図を開き、自らの考えを語り始めた。
ジャックの強化案は、極めて明確だった。
八咫烏に搭載されているドローン技術を小型化して機体に組み込み、総旗艦『不死鳥』直掩のための専用機へと昇華させるプランだ。
武装は、ドローン、ミサイル、マイクロミサイル、バルカン、ビームサーベルを装備。
「アルテミス・リンクを強化してもらい、俺の脳波でドローンを直接遠隔操作する。目的は、不死鳥に群がる小型Alogの徹底排除だ。中型も落とせれば万々歳だが……基本、不死鳥に近付けさせなけりゃ、あとは艦の主砲が勝手に倒してくれる。だから俺の機体に大型砲は必要ねえ。その代わり、マイクロミサイルを大量に搭載して敵の動きを阻害させ、ドローンとバルカン、サーベルでハエ叩きみたいに小型を追い払う」
「なるほどな」
と岩蔵が頷く。
「守りに徹した、徹底的な防空特化型か。ジャック、おめえらしい堅実な設計案だ」
「そして――」
ジャックは一度言葉を区切り、集まったパイロットたちを見回した。その視線が、最後に伊沢智則のところで止まる。
「この火星遠征を機に、伊沢隊と伏見隊は俺の指揮下から離れ、完全に独立した一個部隊とする。――隊長は、伊沢智則。お前が執るんだ!」
「えっ……お、俺が、ですか!?」
突然の指名に、智則はガチガチに緊張して声を裏返らせた。しかし、ジャックの目は真剣そのものだった。
「頼んだぜ、新米大隊長」
ジャックは不敵に笑い、智則の肩を強く叩いた。
「さぁ、最初の命令だ。大輔の要望は聞いたよな、他のメンバーの要望を聞いてチームをまとめ上げて見せろ!」
ジャックの言葉に背中を押され、智則は大きく深呼吸をした。
下手な改修案を出すわけにはいかない。集まった仲間の顔を一人ずつ見回しながら、智則はホログラムモニターに向き直り、震える指先で新たな部隊編成のフォーメーションを展開していった。
「……よし。みんなの要望と、これまでの戦闘スタイルを擦り合わせる。これが、僕たちの新しい陣形だ」
智則の操作に従い、六機の光点が画面上で前衛、中衛、後衛の三層へと鮮やかに割り振られていく。
「まず前衛。切り込みは大輔と和彦に任せる。 大輔の機体は、さっき決まった実体弾砲を追加した『超高速・実弾特化型』だ。内蔵エネルギー砲、ミサイル、バルカン、サーベルで小型を蹴散らしながら、その突破力で中型Alogのフィールドをこじ開けてダメージを与える。あわよくば単艦で落とす、うちの絶対的な矛だ」
「へへん、任せとけって!」
親指を立てる大輔の横で、智則はもう一つの前衛の光点を指差した。
「その大輔とペアを組むのが和彦だ。和彦の機体には、内蔵エネルギー砲に加えて『外部エネルギー砲』を増設する。カートリッジ式だから弾切れには注意しろよ。基本は小型の徹底間引きだ。一匹でも多く確実に仕留めて、大輔が包囲されないように立ち回ってもらう。そして、大輔や仲間たちが中型の装甲やフィールドを減衰させた瞬間を狙って、その内蔵エネルギー砲で確実に中型へ致命傷を叩き込む。二人の連携が前線の要になる」
「了解だ、隊長。大輔のサポートなら慣れてる」
和彦が静かに頷く。智則はその確かな信頼に力を得て、今度は中衛の二機をクローズアップした。
「次に中衛。前衛の二人をそれぞれ背後から支える形で、利花と愛香を配置する。利花の機体は和彦の援護を主軸に、広範囲の小型を面と奥行きで制圧する仕様にする。内蔵エネルギー砲をメインに、外部エネルギー砲として『貫通砲』と『拡散砲』の両方を装備してもらう。拡散砲は中型のフィールドには阻まれるけど、小型の群れを一掃できる。逆に収束させた貫通砲なら中型のフィールドをブチ抜ける。一撃で装甲までは壊せなくても、和彦がトドメを刺すための完璧な隙を作れるはずだ」
「なるほどね。引き撃ちしながらの面制圧と、ピンポイントの穴あけ。私の得意分野よ、任せて」
利花が不敵に微笑む。
「そして、大輔の援護に回るのが愛香の機体だ。内蔵エネルギー砲、外部エネルギー砲、バルカンの他に、多彩なミサイルコンテナを積む。まずは『マイクロミサイル』で敵集団の動きを硬直させ、大輔の突撃ルートを作る。さらに、ここぞという時のために『大型ミサイル』をねじ込む。当たれば中型の装甲を剥ぎ取り、RGフィールドを文字通り吹き飛ばす威力だ。至近距離で爆発させるだけでも、敵のフィールドを強制的に弱体化させられる。大輔の猪突猛進を成立させるには、愛香の弾幕支援が絶対に必要だ」
「佐々木さんが暴れられるように、私が特大の花火を撃ちまくってあげる!」
愛香が拳を握る。智則は最後に、ドッシリと構える後衛のプランを開いた。
「最後は後衛。僕たちの部隊の『最初の一手』であり、最大の切り札――恵美だ。 恵美の機体には、戦艦の主砲に迫る『大型内蔵エネルギー砲』を搭載する。バルダー・ゲートの主砲には劣るけど、中型Alogの装甲とフィールドを同時に吹き飛ばしながら、一撃で甚大なダメージを与える大火力だ。チャージサイクルは遅いという弱点がある。だからチャージ中の隙は、外部エネルギー砲やミサイルで応戦しながら耐えてもらう。……そして」
智則は画面の最後の一機、自身の機体のデータを表示させた。
「僕、智則の機体も後衛だ。新・伊沢大隊の隊長機として、強化された『アルテミス・フィールド』を極限まで駆使し、みんなのリンクを維持して指揮を執る。装備はエネルギー砲、外部エネルギー砲、バルカン、ミサイル、ビームサーベル。主な任務は、チャージ中の恵美の護衛と援護だ。みんなの動きと戦場全体を見渡し、勝機と見た瞬間に一撃を差し込む」
一気に語り終えた智則は、ホログラムに浮かぶ六機の完璧な連携図を見つめ、岩蔵と凛に向き直った。
「これが、僕の考えた新・伊沢大隊の改修案です。……おやっさん、守屋さん。これで、いけますか……!?」
工廠の空気がシンと静まり返る。 メンバー全員の長所を噛み合わせ、短所を補い合う、これ以上ないほど機能的な『青写真』。
それを見上げた岩蔵が、噛み締めていた煙草をふっと緩め、満足そうに鼻を鳴らした。
「――上等だ、新米大隊長。おめえ、最高にいいチームの絵を描きやがったな」
岩蔵が満足そうに頷く。
その隣で凛もホログラムを見つめていた。
「戦術的合理性も十分」
「火星戦仕様としては合格点ね」
「ただし」
全員が凛を見る。
「あなた達が私の予測どおりに動ければ、だけど」
その冷徹な挑発に、大輔が真っ先に拳を突き上げた。
「よっしゃあ! やってやるって!」
「まずはシミュレーターで徹底的に訓練だな」
と和彦が気を引き締め、愛香も
「火星に着く前にこの陣形に慣れないとね!」
と目を輝かせる。




