第39話 反撃ののろし
春花は椅子から立ち上がり、マントを翻して全軍へ命じた。
「――全軍、発進! 目標、火星軌道! 人類の領域に踏み込んだことを、あの怪物たちに後悔させてやりなさい!!」
月面基地セレーネの巨大な大扉が、地響きを立てて左右に割れる。
「――八咫烏、進水せよ!」
暗黒の宇宙空間に、まず姿を現したのは『八咫烏』だった。不死鳥を二回りも上回るその巨体は、三本の巨大な爪を前方に突き出し、ルナ・オリハルコンの青白い光を全身から放っている。その『腹』は、傷ついた戦士たちをいつでも迎え入れ、再生させるための聖域だ。
そこへ、不死鳥から通信が入る。
「隆、聞こえるか。八咫烏のエンジン、同調率98%。完璧な仕事だぞ」
八咫烏のブリッジで、隆は岩蔵の誇らしげな声を聞いた。
「ありがとうございます、おやっさん」
「足の遅い八咫烏は、これより先行する! 途中で追い越してくれ」
艦長アルノルト・バウアー(元魁星副艦長)が宣言し、八咫烏が発進する。
(カノープス艦長……貴方が守り続けた仲間たちは、今度は私が守る)
アルノルトはブリッジ内を見渡し、
「行けるな、トビー」
「魁星よりも重いですが、何とかします」
操舵士トビー・ルイス、魁星の最期に操縦桿を握り続けた師匠と、それを引き継ぐ覚悟を決めた。
(師匠は魁星を最後まで動かし続けた。俺は、この八咫烏を最後まで動かして見せる)
「索敵は任せるぞ、奈津子」
「了解です」
情報索敵若林奈津子、以前自分の情報収集の遅れで、隊長と副隊長を無くしたと思いこみ、性格すら変わってしまった娘。
(今度こそ、絶対に収集しきって見せる)
「グレッグさん、敵が来たらお願いします」
火器管制のグレッグ・オースティン、元魁星パイロット隊長、膝をやられてパイロットは引退だが、ドローンの操作や火器管制なら俺の戦術眼がそのまま活かせる。
(八咫烏は指一本触れさせんよ)
八咫烏が発進し、続いて流星を旗艦とした、明星艦隊が出撃する。
ここまでの訓練で、全艦迎撃に出られるまでには成長したが、八咫烏で同時に運べる艦数が明星型は4隻のため、今回のAlog撃退任務の際に、連れて行く艦を選別する目的もあった。
月基地セレーネから火星方面にあるデブリ地帯。
新設された5番艦から10番艦を含む、計8隻の明星型ミラー艦隊が、押し寄せるAlogの波に立ち向かっていた。
「7番艦、8番艦! 突出するな! 八咫烏の張ったフィールド範囲内で持ちこたえろ!」
ミラーの命令が飛ぶが、新造艦のクルーたちは実戦の恐怖に呑まれ、射撃のタイミングが揃わない。
各艦が今までの戦法——個別のRG粒子砲による飽和射撃——を繰り返すが、防御能力の高い大型Alogを仕留めきれず、ジリジリと防衛線が押し下げられていく。
しかも、八咫烏の張ったリバースグラビティフィールドに、砲撃を遮られることも起きていた。
(……ダメだな。このままの出力と練度では、火星を守る本隊には通用しない)
ミラーはそれでも、各艦に指令を出し続け、流星と同じ艦隊運動が出来る艦を見極めていった。
八咫烏周辺に、Alogが襲来する。
「艦長、Alog接近中。大型1を中心とした編成で、中型4、小型多数です」
「リバースグラビティシールド展開、リバースグラビティフィールド弾発射用意、迎撃はグレッグに任せる」
八咫烏が戦闘態勢を取る。
「RGバスターカノン、起動」
「射線確保」
「撃ち落とす」
「RGシールド展開、RGフィールド形成用、高濃度圧縮粒子弾、発射準備完了!」
八咫烏からにょきにょきと砲身が伸びてくる、さらに、有線・無線のドローンが次々と射出されて行った。
かつての仲間からの通信が入る。
「RGバスターカノン、エネルギー充填開始」
八咫烏に搭載された三本のRGバスターカノンに一人ずつ、旧魁星のパイロットたちが張り付いていた。
「隊長、こっちは任せてください、大型をけん制しつつ中型を仕留めます」
「ポイントは、奈津子の方から行くはずだ、頼むぜ!」
「了解です」
戦闘準備を終えたアルノルトは、
「不死鳥および流星との回線つなげ!」
疑似戦術リンクとも呼べるシステムを起動し、迅速な情報交換を実現する。
ただ、Alogによる、リバースグラビティを使ったジャミングで、妨害されることがある。
八咫烏から通信を受けた不死鳥では、春花が指示を出す。
「八咫烏から通信、あちらには雷電を、ミラー艦隊、各艦! 今は耐えなさい! 大型は『不死鳥』が、漏れ出した小型は『艦載機隊』が仕留める! 7番から10番艦は、絶対にセレーネに敵を通すな!」
春花の檄が飛び、いよいよ主役が動き出す。
「お待たせしました、艦長。……不死鳥、突入します!」
魁の操艦により、不死鳥がルナ・オリハルコンの翼をはためかせ、ミラー艦隊の隙間をすり抜けて最前線へ。
「各機、発進準備! カイル、エレーナ、出るわよ!」
春花の号令とともに、『不死鳥』の左右カタパルトが電磁的な唸りを上げる。
「行くぜ、エレーナ! 先に飛び出して『場』を作る、ついでにキャッチしてやるよ!」
「了解。カイル……外さないで」
「ケルベロス・ハウル、発進!!」
「バルダー・ゲート、出るわ!」
二条のエメラルド色の閃光が、不死鳥の両翼から飛び出した。 先行するカイルの『ケルベロス・ハウル』は、背負ったミサイルコンテナから一斉に迎撃弾を放ち、合体空間を確保するための『火の壁』を作り出す。
「(……今だ、エレーナ!)」
「(……ええ、見えてる!)」
言葉ではなく、アルテミス・フルードを通じて『熱』として伝わる合図。 エレーナの『バルダー・ゲート』が慣性制御を限界まで解放し、カイルの前面へと踊りでる。
「ドッキング・シークエンス……開始!!」
宇宙空間で、二つの巨躯が猛烈な速度を保ったまま重なる。 カイルがハウルのマニピュレーターを後方へ展開し、エレーナの機体をがっしりと『抱擁』するように引き寄せた。
「ガキィィィィィィン!!」
真空の宇宙では音は聞こえないはずだ。だが、両機のルナ・オリハルコン骨格がぶつかり合い、磁気固定が完了した瞬間、ブリッジの全員の脳裏に、その『音』が響き渡った。
『――リンク・バースト。二人の鼓動、完全同期』
凛の静かな声がシステムから流れる。 合体した瞬間に爆発的に増大したRG粒子の光が、二機が合体した巨大な獣を包み込んだ。
「待たせたな、カブトムシ共! 『ケルベロス・ゲート』、お通りだ!!」
カイルがハウルのスラスターを全開にする。
バルダー・ゲートの静止安定性と、ハウルの爆発的な加速力が一つになり、巨大な合体機は物理法則を嘲笑うような『静』から『動』への超加速で、大型Alogの懐へと飛び込んだ。
「……へっ、ド派手にやりやがって」
不死鳥のブリッジで、岩蔵がモニターを睨みながら、隠しきれない笑みを浮かべる。 その横で隆も、自分が整備したハウルが完璧に結合し、バルダー・ゲートのエネルギーを吸い上げて輝く様に、拳を握りしめていた。
「艦長、道は開かれました!」
「ええ。……全艦、『ケルベロス・ゲート』に続け! これより月面艦隊は、火星からの侵略者を自らの手で迎撃する!!」
合体した守護者が先陣を切り、その後ろを『不死鳥』と、決死の覚悟を固めたミラー艦隊が続く。
それは月を守るための戦いではない。
火星を取り戻すための戦い。
人類最大の反攻作戦が、今始まった。




