第34話 八咫烏、誕生
富士が眠っていた場所は、新たな艦が誕生する臨時のドッグとなっていた。
巨大な富士の骨格が、大型クレーンによって吊られていた。
「装甲は全て新しい物に変更だぞ! もっと丁寧に剥がさんか! お前は、もっと早くだ!」
岩蔵の怒鳴り声が響き渡る。
ドックではベテランから新兵まで、多くの整備兵が、せわしなく仕事をしていた。
「うぅぅ」
「おいおい、装甲を剥がしたくらいでへばるんじゃねぇ。そんな所に居たら邪魔だ、引っ込んでいろ!」
岩蔵はぶっきらぼうにそう言って、体力の限界を迎えた新兵たちを、強引に床へ座らせて休ませていた。怒鳴り散らしてはいるが、その眼差しには確かな部下への配慮がある。
「あれ? ここ、設計図通りに入りはするのですが、どうやって止めれば良いのですか?」
新兵が岩蔵に聞くと、
「設計上は通る、か。だが現実じゃ、レンチ一本入らねぇな」
岩蔵は火花の散る骨格の隙間へ潜り込み、チョークで装甲フレームへ乱暴に線を書き込んだ。
「ここを五センチ逃がせ。整備兵の腕が入らねぇ構造は欠陥品だ」
「ですが、その形状では理論強度が――」
「知るか。戦場じゃ、壊れたもんを五分で直せるかの方が重要なんだよ」
そう言って、凛からの設計図に赤ペンで修正を入れていた。
建造がさらに進んでいくと、今度はドックの上層から先輩整備兵の警告の叫び声がこだました。
「お、おい! そっちはまだ固定されて――」
ワイヤーの緩みか、巨大な装甲ブロックが不自然に傾き、真下にいた新兵が恐怖に顔を青ざめさせる。
その瞬間だった。
ガギィン! と激しい金属音が響き、岩蔵が剥き出しの片腕でその巨大なフレームを押さえつけた。
「慌てて持つな、馬鹿野郎! 荷重の逃げ先を見ろ!」
「す、すみません!」
「謝る暇があったら覚えろ。ここじゃ、一回のミスが棺桶行きだ」
新兵は、岩蔵の腕によって押し返された巨大フレームを呆然と見上げた。
成人男性が数人がかりで支えるべき重量を、この老整備長はたったの片腕だけで受け止めていたのだ。
油にまみれた作業着の背中は岩のように大きく、まるでこの巨大な艦そのものを支えているように見えた。
(榊さんが言っていた、整備部の神様は……本当だったんだ)
新兵は深い感動に胸を震わせながら、再び歩き出したその背中を必死に追っていった。
新造艦の建造は、まさに巨大なパズルを組み立てるような高揚感に満ちていた。
新たな装甲に生まれ変わり、その後着手されたのは、この巨艦の頭脳となる『ブリッジ(第一艦橋)』だ。かつての富士の古めかしい計器類はすべて剥がされ、代わりに凛の設計による、雷電のシステムに匹敵する超高速ホログラフィック・コンソールが並べられていく。未だ配線が剥き出しの天井からは火花が散り、整備兵たちは一つ一つの回路を確認しながら慎重に作業を進めていった。
「ここにアルテミス・リンクのバイパスを通します!」
新兵たちが確認しながら、光ファイバーの束を血管のように壁へと張り巡らせていく。
そして、この艦の最大の目玉である『腹部中央ドック(可変式ハンガー)』。不死鳥をも丸ごと飲み込めるほどの広大な空間には、巨大な可変アームや自動重機(岩蔵BOX)のレールが縦横無尽に敷設されていく。装甲板が歪んで戻ってきた機体を、そのまま包み込んで数分で修復できるという、まさに『動く鉄の病院』の骨組みが、凄まじい金属音とともに組み上がっていく様は圧巻だった。
ドックの最深部に直結する『弾薬・物資製造プラント(3Dプリンターエリア)』では、巨大な物質精製炉の据え付けが始まっていた。明星のコアから得られる莫大な余剰エネルギーを使い、宇宙空間で拾ったデブリや小惑星の残骸を分子レベルで分解・再構成し、ミサイルやRG弾頭をその場で『印刷』するシステムだ。まだ何もないがらんとした空間に、超大型のノズルやアームが搬入されるたび、兵士たちから、
「これで弾切れの恐怖からおさらばだ」
と歓声が上がった。
一方で、過酷な長期戦を支えるための『生活・研究区域』の工事も同時に進む。 凛が籠る予定の『新型研究室』には、基地の電算室を凌ぐメインフレームが運び込まれ、スパイダーたちがせっせと床の光コンクリートを磨き上げていた。
そのすぐ隣の区画には、タエたちが腕を振るうことになる超大型の『第一食堂』が配置され、まだ調理器具もないガワだけの空間に、巨大な換気ダクトや長机の土台が溶接されていく。
「ここで、みんなで美味い飯を食うんだ」
職人たちのこだわりから、ここだけは他のセクターよりも妙に温かみのある照明計画が練られていた。
日を追うごとに、無機質な鉄の化石だった『富士』のガワに、肉が付き、神経が通り、壮大な『家』としての形が構築されていく。新兵もベテランも、少しずつ出来上がっていくその通路を歩くたび、胸の弾むような高揚感を抑えきれずにいた。
そして、建造開始から数週間後。
「これが、明星と魁星、それと、予備の艦のRG発生装置です。」
明星と予備からはそのままの、そして魁星からは、先の戦闘で爆発したものの、整備部が総力を挙げて修理・修復を完了させた執念のパーツが運び込まれた。
「エンジンまでの動脈は問題ないな」
岩蔵の厳しいチェックが入る。
明星型3艦から受け継いだRG発生装置からのエネルギーの流れを、彼はねじ一本、回路の弛み一つ見逃すこと無く、執拗に確認していった。
「お前たちも確認しろ!」
「はい!」
「おやっさんがチェックしたように、しっかりとチェックするんだ!」
「はい!」
時間がない事はわかってはいるが、岩蔵だけでなく、新兵たちにもチェック作業を経験させていった。
新兵の喉が、ごくりと鳴った。
新造艦の心臓部――人類がAlogに抗うための火種。
その配線一本、自分の締め付け一つに、何千人もの命が懸かっている。
震えそうになる指を、必死に押さえ込んだ。
岩蔵はその様子を見て、男臭く笑った。
「そうだ。その怖さと重みを身体に覚えておけ。だが恐れるな! お前は一人じゃない。わしら全員でその重みを支えるのだ!」
「っ……はい!!」
岩蔵の言葉に、新兵だけでなく、周囲の先輩整備兵たちも静かに心を震わせていた。
明星型の改修作業を行っていた隆から岩蔵に通信が入った。
「おやっさん。流星、明星型4番艦『暁月』の改修作業は終了しました。改修ログを送ります。明星型の整備兵たちも、かなり驚いてますよ。推力比が旧型と別物だって」
「へっ、若造がいいよるわい。当然じゃ。誰が設計し、誰が組んどると思っとる」
と、ログを見ながらも、にかっと笑った。
「後で、実物を見てチェックする、このまま不死鳥の改装に取り掛かるか?」
「出来れば、おやっさんの作業を、また、見たいです」
「なら、急ぐのじゃな。そろそろRG発生装置を起動させちまうぞ」
「はい!」
隆が新造艦のドッグに到着すると、ついにその『心臓』へと火が灯る瞬間が訪れた——。
「これより、RG発生装置を起動、新型艦に火を入れるぞ!」
その場にいた整備兵に加え、春花や杏、哲夫達がその作業を見守っていた。
新造艦のブリッジに陣取った奈津子が、相棒となるトビー・ルイスと視線を交わし、岩蔵からの指示を受けてコンソールを叩いた。
RG発生装置が、ついに起動する。
始めは完全な無音だった。一瞬、起動に失敗したのかと周囲の兵士たちがざわめいたが、それは新素材『ルナ・オリハルコン』による圧倒的な静穏性がもたらした結果だった。
徐々に出力が上がり、コンソール上にはRG粒子が凄まじい密度で溜まり始めていく。
「次に、RG粒子の圧縮装置を起動しろ!」
岩蔵の指示がブリッジに飛び、奈津子がさらにレバーを押し込む。
機構は驚くほど順調に作動し、膨大な量のRG粒子が、安全圏を超えた高密度へと圧縮されていった。
その様子をコンソール越しに注視していた凛は、
(問題なさそうね。これで、私の理論通り、圧縮粒子を効率的に燃料へと活用できるわ……)
と、冷徹な計算の裏で確かな手応えを感じていた。
そして、すべてのゲージが臨界点に達した瞬間、岩蔵が拳を突き上げた。
「エンジン始動!」
ドンッ!!! という、鼓膜ではなく魂を直接揺さぶるような重低音の鼓動が、巨艦の奥底から鳴り響いた。 明星から受け継がれた3つのRG発生装置が完全に同調し、高濃度圧縮RG粒子が燃料として一気に送り込まれる。爆発的なエネルギーが全身の光ファイバーを駆け巡り、未完成の鉄の化石へ、ついに確かな『命』が宿った。
しばらくモニターで脈動するエンジンの調子を見届けて、岩蔵が満足げに鼻を鳴らした。
「これで、新型艦の心臓部分の完成じゃ。後は、各ブロックへの配線とプラントの微調整、細かい作業をやるだけじゃな」
春花は、いまだ火花が飛び交い、内装の剥き出しになったブリッジを見回して尋ねた。
「心臓が動いたのは分かりました。けれど岩蔵さん、この状態で……もう戦場(現場)へ出せるのですか?」
「無論じゃ。ガワの強度は折り紙付き、エンジン出力も雷電並み。今すぐ動かして戦域へジャンプしろと言われれば、無理矢理にでも引っ張っていってやるわい。……じゃが、中身はまだ突貫工事の未完成。システムエラーや、突発的なエネルギー逆流事故が起こる可能性は大いにあるぞ」
「……危険な賭けね。けれど、私たちの新しい『家』としては、これ以上ないほど頼もしいわ」 春花はそう言って微笑むと、隣に立つ杏を振り返った。 「それで岩蔵さん、この艦の名前は何ですか?」
「それは、こいつの本当の主になる、杏に決めてもらいましょう」
話を振られた杏は、中央モニターに映し出された、三つのエンジンノズルが不気味に、しかし力強く明滅する新造艦のバックショットを見つめた。その姿は、暗闇の宇宙を統べる神聖な鳥のようだった。
「三本足の艦………。『八咫烏』にしましょう。私たちの行く道を照らし、導いてくれるように」
こうして、まだ傷だらけで未完成ながらも、絶対的な心臓を手に入れた補給整備艦『八咫烏』が誕生した。
そして、この新しい巨艦のブリッジには、カノープスの遺志を継いだアルノルト・バウアー副長が新たな艦長として、若きトビー・ルイスが奈津子の相棒となるブリッジ要員として、それぞれ着任することが内定した。
「残りの作業は、お前たちに任せる。わしは隆の方を確認して、不死鳥に取り掛かるぞ!」
「はい!」
整備兵たちに残りの作業を任せ、岩蔵と隆は改修を終えた『流星』の前へと移動した。
「……おやっさん。これ、本当に流星ですか? エンジンを吹かした瞬間に、機体が千切れるんじゃないかって心配になる加速ですよ」
隆がログを指しながら苦笑いする。ルナ・オリハルコンを骨格に組み込んだことで、推力比は旧型の1.5倍に跳ね上がっていた。
「ガタガタ抜かすな! そのためのルナ・オリハルコン装甲だろうが。鉄が悲鳴を上げる前に、パイロットに気合を入れさせろ!」
岩蔵はそう吐き捨てると、隣で解体作業が進む『不死鳥』へ視線を向けた。 主力艦『不死鳥』は今、装甲を剥がされ、巨大な内臓を曝け出している。
「おい! そこのRG伝達管の溶接! 凛の小娘が言った通り『三度』外側に曲げろと言ったはずだ! 0.1ミリのズレも許さんぞ、これは艦全体の『呼吸』に関わるんだ!」
岩蔵の怒号が飛び、火花が舞う。不死鳥は今、単なる戦艦から、ルナ・オリハルコンの皮膚を持つ『巨大な生命体』へと作り変えられていた。
武装の数はそのままだが、要所要所にルナ・オリハルコンが使用され、ビーム砲はRG粒子の使用から、圧縮RG粒子の使用に切り替えたため、攻撃力が飛躍的に向上した。
そして、切り札の特装砲だが、これも、高濃度圧縮RG粒子をチャージに使用するようになり、攻撃力が上がったが、求めていた連続発射が難しくなったため、今まで通りの圧縮RG粒子での連続発射機能も、搭載されていた。
さらに、この特装砲には恐ろしい秘密が隠されていた。高濃度圧縮RG粒子をチャージする際、安全リミッターを解除して限界を超えてエネルギーを溜め込むことができるようになったのだ。ただし、その過剰なエネルギーを発射すれば、放たれる熱量に耐えきれず、砲身そのものがドロドロに融解してしまう。
――すなわち、放てば二度と特装砲は撃てなくなる、文字通りの『一撃必殺・捨て身の切り札』。
不死鳥は、そんな凄まじい業を背負った、狂気の超戦艦へと生まれ変わろうとしていた。




