第33話 天才と職人
その頃凛は、セレーネ基地にある一室を、仮設演算室として使用していた。
岩蔵から言われていた、各艦、各機の強化案作成。そしてバラバラになったワイルドスピードや、前の戦いで弱点が露呈した、バルダー・ゲートの改修案……。
これまでは『不死鳥』のブリッジで処理していた作業だが、今は不死鳥のオペレート作業を万里子に任せ、専用室に籠って研究に没頭していた。
空中に投影された、ルナ・オリハルコンの結晶体モデル。
複雑な分子構造が、月明かりのような冷たい光を放ちながらゆっくりと回転している。凛は指先を伸ばし、そのホログラムをそっと回した。
「……美しすぎて、毒だわ」
ルナ・オリハルコンの結晶体モデルを眺めながらも、改装案を仕上げていた。
(……各艦、各機の強化は、ルナ・オリハルコンを使用する案をベースにすれば、レーダー、火器、装甲、速度がかなり強化される)
彼女がこの改装案を設計図に落とし込めば、不死鳥をはじめとした艦隊や、雷電を含む各機が、新たなAlogの対抗手段として生まれ変わるのだ。
(この強度なら、現在のRG圧縮率を超えることが出来るわ。そして、貯蓄量もチャージ量も増やすことが出来る。新しい特装砲なら、あのリングにも、計算上ではダメージを与えることが出来る)
新たな不死鳥の設計図を起こしながら、スパイダーからの計算結果を確認していった。
(装甲も飛躍的に向上して、カブトムシ型の大型Alogの突撃も、数発なら耐えきれるほどの強度を確保出来た。さらに、RG圧縮粒子の貯蔵量が増えたことにより、RGフィールドの発生を、圧縮粒子をRGフィールドとして使用する事が出来、今まで以上の減衰率のフィールドを発生することが出来るようになった。ただ、小型化は難しいので、搭載できるのは、不死鳥、明星型、雷電、バルダー・ゲートくらいね)
スパイダーに追加の情報を加え、新たな防御面の計算を任せ、エンジン部分の計算結果を受け取った。
(最後は、エンジン回りね。ここも、RG圧縮粒子を使用する事により、速度がさらに上昇したわ。同じように、明星型や流星にも、この改装案を元にした設計図をスパイダーに書かせましょうか)
凛は、3Dプリンターで、完成した特装砲や、RG圧縮装置、新型エンジンの模型を確認しつつ、設計図が書きあがるのを待っていた。
むき出しのシリンダー、繊細ながらも頑丈な多脚フレームをもつスパイダーが数台、凛が全部やっていた計算や、建造用の設計図の作成、ネットワークからの情報収集などを行っていた。
かつてコンソールの中をせわしなく動いていたスパイダーであったが、岩蔵が、
「おい、凛。そいつ(スパイダー)をいつまでも箱の中に閉じ込めておくつもりか? 現場の空気ってのは、肌で感じなきゃ分からねえこともあるんだ。……ほら、受け取れ。俺様特製の『歩く演算機』だ。システムは、そっちに任せるぞ」
と、新造艦のエンジン建造の合間に『廃材と予備パーツの寄せ集め』で作ったモノであった。
凛のプログラムと、雷電の計算能力を使用して能力を向上させているスパイダーは、この孤独な沈黙を肯定するように、規則正しく響いていた。
(いずれ、雷電の計算能力ではなく、この新造艦の計算能力のみで運用できるように、改変して行く必要があるわね)
凛の思考がスパイダーの改修案にも向いていたが、基本的なリソースは各機の改修案であった。
(艦と同じように強化することは出来るだけど、問題は……パイロットへの負担ね。機体によっては、雷電と同じ液体呼吸のコクピットに換装しないと、今のG加速には、誰も耐えられないわ。ただ、液体呼吸になったら、今度は通信での音声発進が出来なくなるから、雷電が行っている、思念波での通信網を確保する必要があるわね)
凛は通信機で、『不死鳥』のドックにいる伊沢隊長へデータを転送した。
そう呟いて、さらに新たなタスクである、戦艦富士をベースとした、補給整備艦の設計図を作成するべくコンソールを叩いていた。
(既存艦の改修はあくまで「時間稼ぎ」。……本命はこれよ)
空中に浮かび上がったのは、巨大な三本の鋭い「爪」を持つかのような、異形のシルエット。既存の宇宙戦艦の概念を覆す、新造一号艦の最終設計案だ。
(ルナ・オリハルコンを骨格そのものに使用し、機体全体を巨大なRG粒子圧縮回路として機能させる。……これなら、理論上はAlogの重力干渉下でも、航行することは可能になるわ。けれど……)
凛の指先が、艦の心臓部にあたる巨大な「孔」を指し示した。
(問題は、このエンジンユニット。真壁さんが提唱した『三連装RG超圧縮発動機』……。設計図の上では、Alogの重力干渉下でも航行できるほどの出力を出し続ける計算になる。これを制御できるOSは、今の私にしか書けない)
彼女は、3Dプリンターが静かに吐き出したばかりの、新造艦の船体の縮尺モデルを手に取った。武装という武装を撤去され、敵と遭遇したら逃げる事しかできない艦。ただ、その心臓には明星のRG発生装置を組み込み、圧縮粒子を明星以上に貯蔵し、セレーネ基地に勝るとも劣らないほどのドッグを備え、不死鳥さえもその腹に収めることが出来る。さらには、実弾系や物資を作成する、3Dプリンターなどの制作用の設備も備え付けられていた。さらに、凛の専用部屋も用意され、セレーネ基地を旅立つときは、凛もこの船に乗って行く事になる。
「……誰も、死なせないためには……これしかないのよね」
その呟きをかき消すように、部屋の自動ドアが勢いよく、叩きつけるような音を立てて開いた。
「おい、凛! 出てきやがれこの計算馬鹿が!!」
怒声とともに踏み込んできたのは、煤と油にまみれた作業着姿の岩蔵だった。その手には、凛がさきほど転送したばかりの設計図が投影されたタブレットが握られ、画面は真っ赤なエラー警告で埋め尽くされている。
「……ノックくらいしたらどうなの、真壁さん。今、各機に搭載予定の液体呼吸のプログラム開発や、新造艦のシミュレーションで忙しいんだけど」
凛は椅子を回転させ、冷徹な瞳で岩蔵を見据えた。
「新造艦だぁ? その新造艦の主機周りの設計図を見ろ! この『RG超圧縮チャンバー』の構造だ。お前、内壁の厚さをたったの0.5ミリで指定してやがるな。正気か? 火を入れた瞬間に月ごと吹き飛ぶぞ!」
「ルナ・オリハルコンを原子レベルで積層させる『真空蒸着造形』なら、その厚さで十分に強度は保てるわ。むしろ、それ以上に厚くすれば、発生したRG粒子の再吸着が始まって、変換効率が急落するのよ。できないんじゃなくて、あなたの溶接精度が私の計算についてこれないだけでしょう?」
「溶接精度だと? 舐めるんじゃねえ。理屈はそうだろうよ! だがな、この中を通るのは、お前の計算上の綺麗な数字じゃねえ。荒れ狂う『火の粉』なんだよ! 0.5ミリなんて、加速の瞬間に発生する高周波振動であっという間に共振して、アルミ箔みたいにズタズタに引き裂かれちまうぞ!」
「共振……?」
凛の指が止まる。即座にタブレットを操作し、周波数解析のグラフを呼び出した。
「ここだ、この『三連装』を繋ぐジョイント部分を見ろ」
岩蔵が、凛の指を遮るようにタブレットの角を叩いた。
「ここを冷却液が通る瞬間の気化熱で、ミクロン単位の歪みが出る。その歪みが隣のチャンバーに伝わって、最終的には全体がハミングしやがるんだ。……鉄ってのは、生き物なんだよ、凛」
「……っ」
凛はログを高速で遡った。
(……確かに。冷却液の粘性抵抗を無視してたわ。……微細な振動がフィードバックして、増幅される。)
「だから言っただろ。そこをあと『三度』外側に曲げて、補強のリブを流線型に入れ直せ。そうすりゃ、その『薄皮』一枚でも、Alogの直撃を食らうまで持ちこたえてやる」
凛は無言でスパイダーに指示を出した。
(今の『歪み』を前提とした再計算を実行。形状を真壁さんの提案通りに変更して)
カサカサと脚を鳴らしたスパイダーが計算結果をタブレットに投影する。
「……あら。放熱ロスがさらに0.8%減少、かつ共振リスクが……完全に消えたわ」
「だろうよ! 数字の上だけで踊ってると、最後は現実に足元を掬われるぞ」
岩蔵は鼻で笑うと、今度は真壁への通信機を叩いた。
「隆! 聞いてたな。同時に進めるぞ! 偵察機『八咫』を10機同時並行で組み上げるラインを確保しろ。お前の所の3Dプリンターをフル稼働させるぞ。……明日には一号機をサイロに送る。いいな!」
嵐のように指示を飛ばし、岩蔵は部屋を出て行こうとして立ち止まった。
「凛。……お前は、さっさとその液体呼吸の制御プログラムを完成させやがれ。あんなの、プログラムが1ミリ秒遅れただけでパイロットが窒息しちまうんだからな」
バタン、と乱暴にドアが閉まる。 凛は小さくため息をつき、冷めかけたホットミルクに手を伸ばした。
「……本当に。あんなガサツな人のどこに、あんな繊細なラインを思いつく脳があるのかしら」
口元に浮かんだ微かな微笑みは、スパイダーたちには見えないほど小さなものだった。
嵐の様な岩蔵が去った後、同時に進めていた次のタスクの進捗状況を確認する。
3Dプリンターから出てきたのは、大きく不格好な機体? であった。
そして、エレーナのバルダー・ゲートの3Dモデルが、部屋の一角に固定されていた。
(ノイズ(カイル)の負傷……。あれは、バルダー・ゲートの火力を支えるための『機動力』が不足していたせいよ。そして、ワイルドスピードの機動力を生かす『火力』がなかった)
さらに二人の訓練記録を読みながら、
(あのノイズ(カイル)は近距離が正義みたいなことを言っているが、射撃のセンスが無さすぎて、訓練でも酷い成績ですね。それに比べエレーナは、超長距離狙撃での攻撃に関しては、かなりの成績を残しているのに、機体を制御する訓練では、目も当てられない。この二人を今後活かすのであれば、長所を合わせるしか無さそうね)
そう思いながら凛は、ルナ・オリハルコンの結晶構造を、二つの機体のジョイント部分にスライドさせた。
(エレーナの超長距離狙撃能力は、今の艦隊に不可欠。けれど、狙撃に集中する間、彼女は無防備になる。なら……カイルの新型の機体を、単なる護衛機ではなく、バルダー・ゲートの『強化外装』として機能させれば……)
凛の指先が激しく動き、二つの機体が空中で一つに重なった。
(バルダー・ゲートの廃熱ユニットと、カイル機の推進系を直結。カイルが『機動』を、エレーナが『照準と攻撃』を分担する。……これなら、たとえカイルの体が万全でなくても、エレーナの背中を守りながら、バルダー・ゲートの火力を倍増させられる)
それは、傷ついた戦士たちが互いを補い合い、一つの怪物『モンスター』へと変貌する設計図だった。
「……合体機構。名前は……そうね。『ケルベロス・ゲート』。冥界の門番に相応しい、鉄壁の守護を期待しましょうか」
凛は、完成した『ケルベロス・ゲート』の三次元構造データに「優先度:高」のフラグを立て、司令室の春花へ送付した。
(……カイルの回復を待ってからでは遅すぎる。彼が戦場に戻る場所は、ベッドの上ではなく、この『盾』の中でなきゃいけないのよ)
数分も経たないうちに、通信ウィンドウが開き、春花の顔が映し出された。 春花は送られた設計図を一瞥し、ふっと口角を上げた。
「……機動力の化け物と、静止狙撃の申し子を繋ぎ合わせる。凛、あなたらしいわね。これは『二人で一人のパイロット』になれと言っているようなものよ」
「……彼らの現状のリソースを最大限に活用すれば、この形に行き着くわ。艦長、この案を進める許可を」
「ええ、許可するわ。エレーナやカイルには私から伝えましょう。……カイルには、その不格好な『新しい足』が完成するまで、死ぬ気でリハビリを終えろと伝えておくわ」
春花の通信が切れると同時に、凛は新たなカイル機の設計図をスパイダーに任せ、さらなる改良案を考えていた。
岩蔵がさきほど『ゴミ』だと断定した廃熱ユニットの試作品を手に取った。
(真壁さん……。あなたが三度曲げろと言ったこのライン、合体時の衝撃吸収にも使えるわね)
彼女は、カイルのデータログとエレーナのデータログを統合し、二人の癖を織り込んだ、合体シークエンスのプログラムを書き上げていった。
(……さあ、これで準備は整ったわ。あとは……雷電に使われている、思念波でのリンクプログラムね。今の私なら、解析できる)
凛は、カイル機の基本設計と強度試験を建築支援型スパイダーへ渡し、医療補助型スパイダーには液体呼吸時の神経負荷シミュレーションを実行させた。
その間に、凛自身は雷電の思念波リンク・プログラムの解析へ意識を集中させていく。
(さすがさやかさんが作り上げたプログラムね。根幹部分のセキュリティはかなり高い。でも、思念波によるリンクは、全機液体呼吸に切り替えるのだから、絶対に必要になってくる。さすがに解析できていないプログラムを組み込むのは、私的には嫌。それが、さやかさんが作ったものだとしても。今回の改修案は、私のプログラムで挑みたい)
凛の瞳の中で、幾千ものコードの羅列が高速で流れていく。
(……この思念波の同調アルゴリズム。脳の電気信号をデジタル変換する際に、あえて『ノイズ』を許容している? ……いいえ、違う。これはノイズじゃない。人間の『直感』を増幅させるためのバッファなのね。さやかさんは、これを使って雷電と哲夫さんたちを繋いでいた……)
凛の指先が、キーボードを叩く音を止め、空中のホログラムを直接掴むように動かした。
(今の私なら、もっと純度を上げられる。ルナ・オリハルコンを介した伝達経路なら、神経伝達のロスはゼロにできるはず。……既存のリンク・プログラムを破棄。新規、守屋凛・カスタム『アルテミス・リンク』構築開始)
スパイダーの脚が激しく明滅する。凛の脳内にある膨大な数式が、スパイダーを通じて次々と実体的なコードへと変換されていく。
(……これでよし。カイルとエレーナだけじゃない。伊沢隊長も、伏見隊長も、全員をこの網『ネットワーク』で繋ぐ。誰か一人の視界は、全員の視界。一人の恐怖は、全員の勇気で中和する……ただ、雷電のプログラムは、哲夫さんに聞いてからにしましょう。きっと大切な人の思いの方が、良いと思うから)
深夜、セレーネ基地が静まり返る中、凛の電算室だけが青白い光を放ち続けていた。
凛はアルテミス・リンクを構築しながら、同時に進めていた次のタスクの進捗状況を確認する。
スパイダーが持ってきたのは、3Dプリンタから出てきた、スパイダーが設計した火星方向に飛ばす偵察機であった。
(形は、ステルス構造だから、こんなもので良いわね。問題は、Alogがどうやって索敵してるのかが、わからないことなのよね)
「……一機だけだと心持たないわね。大量に作ってもらうように、真壁さんに連絡しておこう」
岩蔵に通信を入れた時、岩蔵が乱暴に出て行った部屋の扉を、ノックする音が聞こえた。
「こちら、守屋様のお部屋でしょうか?」
女性の声がしたので、凛は、扉の外の監視モニタを見たが、眉を顰めた。
そこには、恰幅が良い、割烹着を着た初老の女性と、白のワンピースを着た小さな少女が映し出されていた。
(誰?)
そう思って、無視しようとしたが、コンソールに春花からのメッセージが届いていた。
(凛、あなたに使用人を付けます。本来なら助手をと思ったのですが、あなたレベルの人員を確保できませんでした。育てるにしても時間がかかるので、最低限の世話人を2人用意しました。)
そんなメッセージを読んだ凛は、
(面倒だなぁ。私の聖域に誰も入れたくないのだけど……)
と、拒否反応を示していた。
(でも、会わないわけにはいかないわよね)
ため息をつきながら、扉を開けた。
「……世話人なんて、今の私には一番遠い存在なのに」
自動ドアが左右にスライドし、二人が部屋へと足を踏み入れます。
「失礼いたします、守屋様。本日よりお世話を仰せつかりました、タエと申します。元は本艦……富士の厨房で包丁を握っておりました。技術のことはさっぱりですが、お掃除と食事、それに健康管理ならお任せください」
タエは、ホログラムの光が明滅し、異様な熱気に包まれた部屋を見渡しても、眉ひとつ動かさずに丁寧にお辞儀をしました。その手には、香ばしい匂いを漂わせるバスケットが握られています。
「……ミナです。凛さんのお手伝いをします。よろしくお願いします!」
タエの陰から元気よく顔を出した少女は、白のワンピースを揺らしながら、部屋の中をカサカサと動き回る『実体化した』スパイダーを見つけると、怖がるどころか目を輝かせました。
「……見ての通り、ここは遊び場じゃないわ。一歩歩けば重要なデバイスを踏むし、私の集中を乱す音を立てたら、即座に退去してもらうわよ」
「心得ております。ですが、空腹と寝不足は判断を鈍らせますからね。さあ、ミナ」
「はい! 凛さん、これ、冷める前に飲んでください。目に良いハーブとお砂糖を入れた特製のホットミルクです」
ミナがそう言いながら、足元に散乱している設計図や機材をうまくよけながら、凛の下へたどり着き、ホットミルクを邪魔にならない場所へ置いた。
凛は、その動きに驚きながらも、甘いミルクの香りに誘われるかのように、カップに手を伸ばした。
「さて、設計図などは、片付けてしまっても良いのですか?」
「できれば、そのままにしておいてもらいたいのだけど?」
「すぐに使うのかしら?」
「設計図は必要だけど」
「その機会の中には、入れていないのですか?」
「それはもちろん入れましたけど」
「それなら、紙の設計図は、広げて置いておく必要は、ないのでは?」
「それは確かに」
「では、片付けてしまいますね」
「あ、それとそれは、まだ取り込めていない。スパイダー、片付けて良い物を指示しなさい」
次の日から、続々と探査機『八咫』がセレーネ基地から飛び立ち、火星方面にその目を広げていった。




