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地球軍特別防衛隊  作者: 悪魔神官長
第三章 月基地セレーネ

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第32話 慟哭の先に

漆黒の光がすべてを消滅させた月面空域には、音のない静寂と、無数の鉄くずが漂っていた。 だが、その絶望のおりの中で、かすかな希望の光が点滅していた。


「——こちら四番艦「暁月」! 魁星の爆散ポイント周辺で、脱出ポッドの微弱な信号を多数捕捉! これより救出作業を開始する!」

「不死鳥、了解! 本艦およびジャック隊、流星も総出で捜索にあたります。一つでも多くの命を拾い上げなさい!」


春花の沈着な、しかし熱を帯びた指示により、戦場に残った全戦力が救出活動へと動いた。

真空の闇に漂う球体のポッドが、次々と艦艇のハンガーへと引き揚げられていく。

一方、月面深くに位置するセレーネ基地の管制室では、基地全体のシステムを掌握した凛が、モニターに映し出される『ある残骸』の軌道を凝視していた。

それは、エレーナを庇って中型Alogの突撃を受け、バラバラになってセレーネ基地へと落下していくカイルの愛機『ワイルドスピード』の破片だった。


「……計算通りなら、コクピットブロックは潰れずに残っているはず。スパイダー、回収班の自動重機を誘導して」


カサカサと音を立てる演算機を操り、凛は落下予測地点へ的確に回収アームを差し向けた。

数分後、潰れた装甲の隙間から引きずり出されたコクピットブロックのバイタルデータが、凛のコンソールに同期される。


「……奇跡です。酷い状況で、意識を失っていますが、生きています。至急、セレーネ基地の医務室へ!」


カイルは、凛の冷徹かつ正確なオペレーションによって、寸前のところで死の淵から回収されたのだった。

だが、上空で収容された魁星の脱出ポッド群の中に、あの勇敢なカノープス艦長の姿は、ついに無かった。


「……すまない。私の慢心が、君たちのふねを奪い、艦長を……。本当に、すまない……」


流星の格納庫。収容された魁星の生存者たちの前で、ミラー准将は力なく膝をつき、床に拳を打ち付けながら、絞り出すような声で謝罪した。

かつての傲慢なまでの尊大さは消え失せ、そこにはただ一人、己の過ちと友の死の重さに打ちひしがれた男がいた。


「すまない。私の慢心が、君たちのふねを奪い、艦長を……。本当に、すまない……」


その時、煤まみれになりながらも強い眼差しを残した若い乗組員のトビー・ルイスが、額に生々しい包帯を巻き、体中を痛めて深くよろめく副長アルノルト・バウアーの肩をしっかりと支えながら、静かにミラーの前に進み出た。


「ミラー准将……顔を上げてください」


トビーの必死な、しかし澄んだ声が格納庫に響く。ミラーが恐る恐る顔を上げると、ボロボロの制服を着た乗組員たちが、まっすぐな、誰も准将を責めてなどいない瞳で自分を見つめていた。


「バウアー副長……トビー……私は、君たちの家を、カノープスを……」


ミラーの言葉に、トビーに支えられたアルノルトが、痛む体を堪えて背筋を伸ばし、低く厳かな声で語りかけた。

「我々は平和のために戦ったのです。カノープス艦長はいつも言っていました。『ミラー准将の突進力こそが、停滞した世界を打ち破る光だ』と。……艦長は、自分の信じた光を守るために、あの盾になったんです」


トビーが、アルノルトを支えながらも、空いた泥のついた手をミラーに向けてまっすぐ差し伸べる。


「ここで准将が折れてしまったら、艦長の死は、ただの犬死になってしまいます。……これからも前を向いて、俺たちを導いてください。平和を、今度こそこの手に掴み取るために」

「……あ、ああ……」


ミラーはその手を、自身の震える手で、壊れ物を扱うように、しかし強烈に握り返した。

「……分かった。……済まなかった、という言葉はもう飲み込もう。……その代わりに、誓う。我が『流星』の命ある限り、二度と、私の背を追う者に無駄な血は流させん! 全員、よく生還してくれた……感謝する!」


ミラーの魂の底からの咆哮に、救出された乗組員たちから嗚咽と、そして決意に満ちた返声が上がった。

その様子を通信越しに見ていた春花は、胸の奥が熱くなるのを堪えながら、静かに目を閉じ、月面に眠るカノープス艦長、そして戦士たちへ黙祷を捧げた。


「……全艦、セレーネ基地へ入港。……ここからが、本当の戦いよ」


春花の指示により、満身創痍の艦隊はゆっくりと月面基地の巨大ハッチへと吸い込まれていった。

魁星は爆散し、ワイルドスピードもバラバラになっていた。

そしてこの機体も。

春花が入港指示を飛ばした直後、メインモニターに映る雷電の姿に異変が起きた。

戦闘中、哲夫の思念波暴走を亜理紗と由美が命がけで抑え込み、かろうじて保たれていたあの光——まるで血管が浮かび上がるようにRG粒子が青白く脈動していた淡い燐光が、すうっと掻き消えるように完全に消失したのだ。

光を失い、本来の物言わぬ金色の装甲へと戻った機体は、ゆっくりと月面に降り立ち、膝をついた状態のまま深く沈黙した。


「結城隊長! 哲夫さん! 応答してください!」


万里子が血相を変えて、雷電の専用回線に何度も叫ぶ。しかし、返ってくるのは冷たいノイズだけだった。


「……雷電のバイタル、低下しています。完全に沈黙。パイロット三名の意識、確認できません」


セレーネ基地の凛からも、いつになく焦りを含んだ硬い声が届く。


「岩蔵さん、雷電がっ……!」


春花が鋭く叫ぶ。


「分かっとる! 現場の自動重機『岩蔵BOX』を最大出力で回しとるわ! 野郎ども、何が何でもあの金ピカのデカブツをドッグへ引っ張り込め! 哲夫たちの命の灯火を消させるんじゃねえぞ!!」


岩蔵の怒号を合図に、大型クレーンが月面へ走り、沈黙した金色の巨躯を死に物狂いで回収していった。満身創痍の艦隊、あるいは光を失った雷電は、ゆっくりと月面基地の巨大ハッチへと吸い込まれていった。


岩蔵たちが現場に急行させた自動工作コンテナのクレーンにより、雷電はセレーネ基地のドッグへと運び込まれた。 ハッチが強制開放されると、コクピット内の哲夫の意識は混濁し、両脇の亜理紗と由美も精神的な極限疲労で指一本動かせない状態だった。しかし、三人の重なった手の中には、さやかの形見のイヤリングが、硬く、壊れんばかりに握りしめられていた。


「三人とも、完全にサイキック・ドライブの過負荷ね。脳圧が上がってるわ、急いで!」


基地の医務室では、すでに慶子が白衣の袖をまくり、天才的な手腕でトリアージを開始していた。


そこへ、ワイルドスピードのコクピットからカイルが運び込まれたことを聞きつけたエレーナが、自身のバルダー・ゲートの整備も放り出して、廊下を激しい足音で駆けてきた。


「カイル!!」


エレーナは医務室の扉を勢いよく開けると、全身包帯でぐるぐる巻きになり、人工呼吸器をつけられて眠っているカイルのベッドの真横へと飛び込んだ。その勢いのまま、彼の胸元へすがりつくようにして拳を叩きつける。


「んぐっ!?」


それまで、深い昏睡の闇の中にいたカイルだったが、お姫様からの文字通りの『一撃(物理)』により、肺の空気を強制的に押し出され、文字通り現実に引き戻されたようであった。


「エ、エレーナ……手加減……」

「生きてる……バカ、大バカ野郎……!」


涙を流して怒るエレーナを前に、カイルは包帯の隙間から苦笑いを浮かべるのが精一杯だったが、医務室には確かな救いが満ちていた。




その頃、セレーネ基地の深部ドッグでは、岩蔵と隆を中心に、各艦の補給と整備、そして改修作業が24時間体制の急ピッチで行われていた。さらに、セレーネ基地の管制室から、凛が地球とのホットラインを完全に確立。地球から最新の補給物資や補充人員が、自動輸送船でどんどん送られてくる物流システムを構築していった。これにより、絶望的だった『地球圏奪還作戦』が、一気に現実味を帯びてきたのであった。




月基地がにぎやかさを取り戻し始めた頃、凛はドッグの岩蔵と春花のもとへ、新たな『爆弾』を投下した。


「艦長。そういえば、基地の最下層セクターに、こんなものが封印されていたのですが」


画面に投影されたデータを見て、慶子の治療により回復し、ドッグを訪れていた哲夫が目を見開いた。


「これは、まさか……EasdpJの旗艦『富士』なのか……?」


(そうだ、思い出した……。かつて、雷電に実装したリバースグラビティ粒子の圧縮炉を、大型化して換装しようとしていたと聞く。だが、その最中に、さやかは月読建造の反対を表明したために、軍に拘束されてしまった。そんな因縁の船が、そのままの状態でここに放置されているなんて……)


最下層セクターで、埃を被った巨大な艦影を見上げ、岩蔵がフンと鼻を鳴らした。


「こりゃ、また、随分と大きな化石じゃな」


岩蔵が化石と判断した理由は明快だった。心臓部であるはずの『新型核融合エンジン』が、軍によって完全に外された空っぽの状態で放置されていたからである。



岩蔵が、横に居た春花と話し出す。


「このままでは、リバースグラビティ粒子を使ったエンジン回りから新たに作る事になるな」

「出来るのですか、岩蔵さん?」

「ただエンジンを据え付けるだけじゃ動かんぞ。粒子の生成プロセスから出力の変換経路まで、富士の巨体に合わせた専用のバイパスを組み上げる必要がある。流石のわしでも、かなりの時間がかかるぞ」

「どうにかなりませんか? 使えるものは何でも使って構いません」


春花の真剣な眼差しに、岩蔵は顎の髭をさすった。


「明星を使うか?」

「明星ですか?」

「ああ。明星のRG発生装置を『魂』にして、不死鳥の設計データを流用した増幅回路で肉付けする。わし特製のハイブリッド型RG駆動システムだ」


春花は少し考え、不敵な笑みを浮かべた。


「明星が使えなくなるなら、この艦をそれに準ずる、いいえ、それ以上の艦にしてほしいわね」

「ほう? 戦艦にするのではないのか? 特装砲を搭載できるのかしら、とでも言うと思ったが」


「特装砲をイチから組み立てて調整するとなると、莫大な時間がかかるでしょう? それほどの時間をかけるのであれば、今はリソースを他の『本当に欲しいもの』に回すべきだわ」

「ほう、他の欲しいもの、だと?」

「ええ。スペースの広さなら、この富士のガワは十分すぎるほどだわ。それにシステム周りだって、凛がスパイダーを使って、不死鳥以上……いえ、雷電に匹敵するほどの化け物じみた処理能力を構築してくれると信じているしね。だからこそ、その贅沢なスペックをすべて、現在の艦隊の補給や整備、物資の製造までを宇宙空間で完結できる機能に全振りして貰いたいの」

「この先は、ずっと補給のない宇宙空間での長期戦になるからな」

「新たに補給整備艦をイチから作るのと、この富士のガワを『動く超大型工廠』にするのであれば、どちらが早いかしら?」


岩蔵は少し考え込み、手元のホログラム図面の一部を太い指で指差した。


「……ほう。なるほど、新規の特装砲に割く時間を諦めるなら、その分の広大なスペースと凛のシステムを全部『可変式ドック』と『粒子精製プラント』に回せるな。明星のコアを使ったハイブリッドエンジンなら、艦隊全体のエネルギーパックを一気に急速充電するくらいの芸等はお前、朝飯前だぞ」

「ええ。最強の矛『雷電や不死鳥』は、すでに私たちが持っている。なら、この艦には、私たちがいつでも傷つき、疲れても帰ってこられる『最強の盾と家』になってほしいの」


岩蔵は一瞬呆気にとられたが、次の瞬間、ガハハと豪快に笑った。


「……ハッ、お転婆娘が随分と大局を見るようになりやがったじゃねえか。よし、決まりだ! この富士を、宇宙で一番頑丈で、一番面倒見のいい『動く工廠こうしょう』に作り替えてやる。野郎ども、設計変更だ! 砲座の予定地を全部クレーンと溶接機に置き換えろ!!」


ドッグに、整備兵たちの雄叫びのような返事が響き渡った。


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