第31話 神殺しの月読
魁星の爆散に伴う、数百人の乗組員たちの凄絶な思念の奔流が、戦場全域に木霊する。 セレーネ基地周辺で戦っていた雷電のコクピットにも、その断末魔の痛みがダイレクトに突き刺さった。
「う、ああっ……!?」
哲夫が、由美が、亜理紗が、激しい脳の苦痛に精神を掻きむしられ、身悶えする。
しかし、哲夫は溢れる涙を振り払うように、操縦桿をへし折らんばかりに握りしめた。
「雷電! 俺に……俺たちに、あいつらを……あの化け物どもを、根絶やしにする力を貸せぇぇぇ!!!」
哲夫の激情に応じるように、彼の肉体から、これまでにない高密度の思念波が爆発的に押し出された。
その瞬間、雷電の装甲の隙間から、まるで血管が浮かび上がるようにRG粒子が青白く、あるいは淡い燐光として脈動する。それは、哲夫の命を燃料にして燃え上がる血液のようだった。
その脈動と共振するように操縦桿が脈動し、哲夫の視界にノイズが走り始め、自分の腕がRG粒子化して見えた。
(テツオ……それ以上はダメ、呑まれないで……!)
脳裏に響くさやかの幻聴。
「亜理紗ちゃん! 哲夫さんを、人間の側に繋ぎ止めましょう!!」
コクピットの中で、由美の思念波が亜理紗へ届く。
「了解です。二人で兄さんを絶対に繋ぎとめましょう!」
さやかの声を聴いた哲夫は、かつての思念波を超える力を使えるようになったが、雷電がその思念波ごと、哲夫を取り込もうとしていた。
由美と亜理紗も全精神力で哲夫の『熱すぎる思念』を必死に引き戻し、彼の意識を人間の側に繋ぎ止めた。
我に返った哲夫の眼前に、セレーネ基地へ狙いを定めるもう一体の大型Alogの姿があった。ジャックたちが必死に攪乱していたが、それも限界が近い。
「堕ちろ……化け物!!」
哲夫は岩蔵から託された『外付け電磁コイル実弾砲改』を零距離で突き立てる。
「くらいやがれ!」
外付け電磁コイル実弾砲改から撃ちだされた、ルナ・オリハルコンで強化された弾丸が一発、二発と撃ち込まれる。
大型の装甲は健在であったが、ゼロ距離での外付け電磁コイル実弾砲改の連射は、防ぎきれなかった。
5発目を連射した瞬間、凄まじい反動によって砲身がグニャリとひん曲がり、実弾砲は爆発して使い物にならなくなった。 しかし、撃ち込まれた弾丸は大型Alogの体内で炸裂。内部のRG粒子と強烈に干渉し、暴走を引き起こした。
「ギ、ギガガガ……ッ!」
大型Alogは、内側から光を放ちながら、木端微塵に爆散した。
しかし、セレーネ基地周辺の戦況は、依然として最悪の泥沼だった。
今度は、中型Alogの猛烈な接近を許してしまった、エレーナのバルダー・ゲートが苦戦を強いられていた。
「くっ、この至近距離では射撃できない……!」
エレーナが焦っていると、
「かっかっか! そのまま最大戦速で後退しろ、エレーナ! 俺が、その中型の進路を無理やり抑え込んでやる! 周りの小型は、みんなに任せるぞ!」
ジャックの機体が割って入り、中型Alogの進路を妨害する様に陣取っていた。
何とか距離を取ろうと、バルダー・ゲートの後退スラスターを吹かしたエレーナ。しかし、彼女が正面の敵に完全に気を取られていた、まさにその瞬間。 上部方向——機体の完全な死角から、もう一体の中型Alogが、鋭い角を突き立てて急速接近してきていた。
通常であれば、ドッグにいる由美からの広域戦術リンクによって、いち早く警告が届いていたはずだった。しかし、現在の由美と亜理紗は、哲夫の精神暴走を抑えるために全神経を割いており、戦術リンクは不可能であった。
「あっ!」
エレーナが気が付いた時には、回避不可能な位置まで接近されていた。
「助けて……!」
死を確信し、バルダー・ゲートのコクピット内で強く目を瞑ったエレーナ。
直後、鼓膜を破らんばかりの物凄い衝突衝撃が、機体を激しく揺るがした。しかし、その衝撃は、上空からのものではなかった。真真横からのものだった。
「——へっ、お前のミスは、この俺が何度でもカバーしてやるって……約束したよな、エレーナ!!」
カイルだった。
彼の駆るワイルドスピードが、装備されたリバースグラビティブースターを臨界点まで吹かし、最大速度の『光の矢』となってバルダー・ゲートの側面へと体当たりを敢行。その衝撃でバルダー・ゲートの巨体を強引に弾き飛ばし、死の射線から押し出したのだ。
しかし、その強烈な反動により、自らのワイルドスピードは反対側へと激しく弾き飛ばされ、宇宙空間で完全な制御不能に陥る。
そこへ、中型Alogの巨大な角が突進し、無防備なワイルドスピードの胴体を、真っ向から完璧に弾き飛ばした。
「カイルーーーーーーーッ!!」
エレーナの、裂傷のような絶叫が響く。
元々、極限まで軽量化された『紙装甲』のワイルドスピードは、リバースグラビティブースターの無茶な連続使用によるフレームの疲労、バルダー・ゲートとの激しい衝突、そして中型Alogの無慈悲な一撃——機体はその負荷に耐えきれず、爆散すらせずに、一瞬にしてバラバラの残骸へと破裂し、その白銀の破片が、セレーネ基地の周囲へと涙のように降り注いでいった。
「カイルのバカ! カイルのバカ! カイルのバカ!! 私なんかを、私なんかを庇うなんて……大馬鹿野郎ぉぉぉ!!!」
エレーナの悲痛な叫びが無線を狂わせる。しかし、スピーカーからカイルの声が返ることはなかった。
「うぅ……あぁ……カイル……っ」
エレーナがコクピット内で涙にくれ、セレーネ基地へとゆっくり落ちていくワイルドスピードの残骸に向けて、虚しく手を伸ばし、現実逃避を始めようとした、その時
「——エレーナ!!! 泣くな、撃てぇぇぇ!!!」
通信越しに、ジャックの烈火の如き叱責が彼女の鼓膜を叩いた。
「お前の目の前に、今、最大級の弱点をさらけ出した中型Alogがいるだろうが! カイルの命を奪った、そいつが仇だぞ!」
ジャックの怒号に、エレーナの瞳にドス黒い復讐の火が灯る。彼女の身体が、勝手に動いた。
「……お前だけは……お前だけは、絶対に落とす……!!!」
エレーナはバルダー・ゲートの大型内蔵ライフル、そして大型バルカンの全銃口を、カイルを弾き飛ばして体勢の崩れた中型Alogの顔面にゼロ距離から突き立て、引き金が壊れるほどの力で、弾丸を叩き込み続けた。
セレーネ基地上空で、仇である中型Alogが派手に爆散していく中、遥か上空のリング方面では、不死鳥が最後の勝負に出ようとしていた。
「私の……私の愚かな判断が、魁星を……カノープスたちを犠牲に……」
目の前で爆散した3番艦の残光を見つめ、フラフラと通信ウィンドウの向こうで懺悔の涙を流すミラー准将。その元へ、春花の毅然とした声が届いた。
「ミラー准将! 嘆くのは後です! 倒れた者たちのために、まずは目の前のAlogを撃破しましょう! 魁星の爆発による衝撃波で、敵の陣形に一瞬の射線が空きそうです。このコースで、本艦の実弾主砲を叩き込みます! うまく連携してください!」
その算出された射線は、魁星の生存者が宇宙空間に漂っているかもしれない危険空域を、ミリ単位で完璧に避けた、春花の優しさと執念のコースだった。
「……感謝する、春花艦長!」
ミラーの死んだ瞳に、再び復讐の炎が灯る。
「流星はこれより、魁星の仇を討つ! 4番艦『暁月』は、戦闘を継続しつつ、魁星の乗組員の救助活動を最優先で開始せよ!!」
「了解!!!」
流星が自ら囮となって大型Alogを引き付け、不死鳥からの正確な遠隔援護射撃を貰いながら、ついに不死鳥の最大兵器『特装砲』の射線を真っ直ぐに開けていった。
「これだけ離れれば、救護活動に支障は出ないわよね?」
春花の問いに、セレーネ基地のコントロールを掌握中の凛が、スクリーン越しに力強く答えた。
「大丈夫です! 障害となるAlogのデータ推移、完全に排除しました!」
「万里子、特装砲、いけるわね?」
「発射体制に移行するわ。エネルギー充填95%、臨界点……ホールド! 待って、敵が変な動きをしているわ」
大型Alogが、特装砲のチャージに気づいたようで、回避行動を取りつつ、さらに中型小型を集結させて、肉体の「生態シールド(盾)」を形成して、特装砲の射線を完全に遮蔽しようとしたのだ。
「これでは、大型を狙えない。どうにかして、射線を確保しないと!」
生態シールド(盾)で減衰してしまうと、特装砲のエネルギーが持たなくなってしまう。
「……艦長、さっきの案を今使って! 不死鳥の巨体を横に振り、そのスナップの慣性で実弾主砲を放つの! 大型の側面に強烈な物理衝撃を与えて、その体勢を崩させるの。そうすれば生態シールド(盾)からはじき出された大型に、特装砲の直撃コースが完全に開くわ!」
凛からの無茶な要求に、春花が歯を食いしばる。
「やってみましょう! 魁、艦の制御は任せるわ、艦を振って!」
「応よ! 振り落とされるなよ!!」
「凛、発射のタイミングを万里子に!」
魁が操縦桿を限界まで引き絞ると、全長数百メートルに及ぶ不死鳥の巨体が、月面の上空で豪快にテールスライド(横滑り)を敢行した。その凄まじい遠心力の乗った実弾主砲が放たれる。 ズドォォォン!! 放たれた主砲弾は、宇宙空間の重力歪みに乗って美しい弧を描き、集結した中型たちのシールドの『側面』をすり抜けて、大型Alogの無防備な横っ腹へと完璧にクリーンヒットした。
ドグゥゥン!!
激しい物理衝撃を受け、大型Alogの巨体が形成していたRG力場から完全に弾き飛ばされる。中型・小型の生態シールド(盾)からも位置がズレ、その巨体が、完全に無防備となって宇宙空間に晒された。
「こなくそぉぉぉ!!! とまれぇぇぇ!!!」
魁がレバーを押し込み、激しく揺れる不死鳥の姿勢を執念で水平に制御し、特装砲の射線を完全に固定する。
「特装砲——!!! 撃てええぇぇぇ!!!!」
春花の怒号とともに、不死鳥の艦首から、全てを焼き尽くす純白のRG光流が放たれた。
体勢を崩し、防御フィールドも張れなかった大型Alogの巨体に、特装砲の致命の光が真っ直ぐに突き刺さる。大型Alogは断末魔の叫びをあげる間もなく、その圧倒的な破壊力の前に、その場で派手に爆散し、宇宙のチリへと還っていった。
増援として現れたすべての大型Alogが爆散し、戦場に一瞬の静寂が訪れた、その時だった。
セレーネ基地のシステムから、最大級のチャージ完了シグナルが、全乗組員のインカムに鳴り響いた。 直後、岩蔵の、地獄の底から響くような地鳴りの声が、すべての戦域に轟渡る。
「——『月読』、発射準備完了だ!!! 春花の嬢ちゃん!! 明星の全エネルギーを、『月読』のシステムに直接連結した!! あとは……発射を待つだけじゃ!!!」
地下のセレーネ基地の天井が割れ、そこからせり出した、超大型の砲身。ルナ・オリハルコンの黒光りを反射するその砲身は、まるで世界の寿命を縮めるかのように、漆黒の輝きを放っていた。
「——了解!! 全機、月読の射線軸上から、最大戦速で退避しなさい!!!」
春花の悲壮な命令を受け、雷電をはじめとする全艦載機、そしてミラー艦隊が、射線から取り憑かれたように離脱していく。
全機の退避が確認された、その瞬間。春花の魂の叫びがこだまする。
「目標、大型リングオブジェクト……!! 撃てえぇぇぇーーーーーーっ!!!!!」
放たれたのは、『光』ではなかった。
それは、音もなく宇宙の闇をさらに塗りつぶすような、絶対的な『漆黒の光条』だった。
その黒い奔流は、衝撃波も爆発も起こさず、全長5キロメートルの巨大リングオブジェクトを、ただ静かに、正面から丸ごと『飲み込み』、そして——『消滅』させた。
それは破壊などという生易しいものではなかった。リングの正面に展開していた、地球の数倍もの強度を誇るRGフィールドごと、その空間に存在する「因果」そのものを『反転』させるような、おぞましい消滅だった。破壊ではなく、そこにあったという存在の事実そのものが、最初から『なかったこと』になるかのような、全人類の本能が恐怖する生理的な嫌悪感を伴う消滅——
漆黒の光が去った後。 リングがあった場所には、破片一つ、装甲のチリ一つすら残されていなかった。ただ、空間が丸ごと綺麗に切り抜かれたような、純粋な『虚無の黒』が、ぽっかりとそこに口を開けているだけだった。 数秒が遅れて、周囲の星々の光が、その『穴』に向けて不気味に歪みながら吸い込まれていく。
誰も、言葉を発することができなかった。
すべての通信回線に流れるのは、ザー……という虚しいノイズだけ。
まるで、『人類が、決して見てはいけない神の領域の領域を見てしまった』ことを、全員の生物としての本能が理解し、恐怖で顎を震わせているかのように、戦場は完全な静寂に支配された。
射撃後。一射にしてその砲身がドロドロに溶け落ち、激しい熱暴走を起こしている『月読』のシステムを前にして、岩蔵は、その溶けた鉄屑を、まるで汚らわしい魔物を見るかのように、しかしどこか優しく悼むように見つめていた。 彼は『道具』を誰よりも愛する男だからこそ、決して愛してはならない『魔物』をこの世に産み出してしまった自分自身に、決別を告げるように、ぽつりと呟いた。
「……へっ、さやかの嬢ちゃんが封印したわけだ。こいつは二度と使えねえ。……いや、使っちゃいけねえ代物だ。人間が触れていい領域を超えてやがる」
その言葉通り、試作砲『月読』は、ただ一射の役割を終えただけで、砲身が完全に融解。二度と修復不可能な、ただの哀れな『鉄屑』へと成り果てた。
「質量反応、消失……? 爆破されたんじゃない、そこにあるはずの『座標』そのものが、計算式から消えてるの……!」
コントロールルームで、凛がカタカタと身体を震わせながら、小さく呟いていた。
そして、巨大リングが完全に消滅した、その瞬間だった。
それまで狂暴に翅を動かしていた周囲のAlogたちの動きが、ピタリと、操り人形の糸が切れたように停止した。
そして、次々と、自らの内側から青白い光を放ち、勝手に爆散し始めたのだ。
「……地上の時と、まったく同じね」
春花が、虚脱感の中でぽつりと呟いた。
「司令塔がいなくなったら、爆散するなんて……」
月面には、勝利の歓声はなかった。ただ、『魁星』の数百人の散華の重み、そして「月読」という悪魔の力を目撃してしまった恐怖だけが、星屑のように重く、生き残った者たちの胸に降り積もっていくのだった。




