第3話 失われた英雄と、パン屋の日常
都内に響く空襲警報。これで、今日は何度目であろうか。
哲夫は、ボーっと空を眺めていた。灰色がかった雲の合間にEasdpJの量産機紫雲と雹花の姿が見えた。
伊沢隊が敵を迎撃しに出撃した。
伊沢隊は結城隊時代の副隊長である伊沢 智則を隊長として、元結城隊のメンバーを中心に集められている。
血の気の多い佐々木 大輔は、結城隊時代から数多くの敵を倒しエースの座を確実な物としていた。
結城隊では通信担当であった神野 由美は副隊長となり、部隊のサポートを続けている。
空白となった通信担当へ、新人である石田 万里子が配属されてきた。
由美・万里子は雹花を智則・大輔は紫雲を使用し、それぞれの個性にあったカスタマイズを行っていた。
紫雲は薄い紫色のボディで、装甲をガリベタという火星にあった新鉱石から作った機体である
この鉱石は地球にあるどの鉱石よりも耐久性に優れ、加工に手間がかかるものの、装甲は大幅に強化された
雹花は薄い赤色のボディで、装甲はソルファセという火星にあった新鉱石から作った機体である
この鉱石はアルミニウム合金よりも軽量でありながらチタン装甲並の耐久性をもっていた
各パイロットごとに、適正に合わせたパーツを組み合わせることで、部品は量産機だが、出来た機体は専用機となった
この2つの異なる機体が地球軍特別防衛隊日本軍(EasdpJ)の主力機となっている。
もう一機、この2つを大きく凌駕する機体が存在する。雷電である。
雷電は薄い黄色を主体としたボディで、攻撃・機動を極限まで高めた機体である。
その性能は紫雲・雹花の比ではなく、また、パイロットにかかる負担も大きなものとなってしまい、扱えるパイロットが皆無に近い機体となっている。
他の2機に比べ5倍以上の質量を飛ばすためのエンジンは10倍のエネルギーを消費して殺人的な加速を実現。
さらに、雷電の特殊装備であるメンタル(念動)部分を使用することで、飛躍的に能力が上がる設計があり、メンタル系のパイロットを乗せることで、攻撃や防御などのサポートが充実し、一騎当千の動きの出来る機体となっていた。
結城と如月のコンビのみがその機体を扱うことができ、事実上の専用機として日々カスタマイズが行われていた。
他の機体よりもいち早く目標を見つけ、武器の誘導も高性能。敵火力からの回避や最良のエネルギー効率を実現する機体となっていた。
もちろん、EasdpJは雷電を使用するためにパイロット訓練させていたが、結城&如月コンビを上回るパイロットの育成が間に合わず、というか、そもそも現在のパイロットでは乗りこなせることが出来ず、その性能を生かすことなくハンガーで眠ってしまっている機体である。智則や大輔も雷電で訓練をしてみたが、智則はコクピット内の液体呼吸が合わず、大輔の方は、高速戦闘をする前に体への負担が大きく、ろっ骨などの骨にひびが入るほどのGを浴び、気を失ってしまった。もちろん、哲夫が乗っていた時と同じように耐Gスーツを着用し、耐G溶液の中での出来事だ。
哲夫はそのGを耐えられるほどの肉体を持っていたのである。
それ以来、雷電での訓練をするくらいなら、量産機での訓練をする方がパイロットを育成できると判断し、ハンガーで眠らせることにした機体である。
哲夫は「はぁ」、と白い溜息を吐きつつ、政府指定の避難シェルターへの道を足早に進んでいた。
現在の世界経済は、Alogの戦闘により軍需産業は大きく前進したもののその他の生産は衰退の一途をたどっていた。
哲夫が手伝っている母の店のパン屋も原料を購入しているためその影響を大きく受けていた。
年々収入は減り続け、日々の生活が精一杯の彼にとって、義理の母である鈴木慶子に感謝しているのであった。
義理といっても、法的な手続きをしたわけでもなく、ただ単に拾われたのである。
そう、哲夫は記憶喪失であった。
持ち物からは、名前のみが分かり、その名前結城哲夫と名乗っている。
それ以外のことは、拾ってくれた慶子にお世話になりっぱなしである。
そんな男がパン屋で働けるようになるのに、1年近くかかっている。
「はぁ」白いため息をもう一度ついた。
考え事をしながら歩いていたところを、後ろから、
「兄さん!」
と、不意に黄色い声に呼び止められ、意識を急激に現実の世界へ引き戻された。
振り返ると、屈託のない笑顔を向けて手を振る矢吹亜理紗の姿があった。
亜理紗は、哲夫と同じように、慶子に拾われてきた戦災孤児であった。
現在は哲夫と亜理紗の2人で暮らしている。
哲夫が記憶喪失だとわかると記憶が戻るように、身の回りの小さなことから世界情勢まで、亜理紗はいつも説明してくれた。
そして、パン屋で一緒に働くことになったのである。
また、そんな元気な亜理紗に向かって、
「あ、あぁ、亜理紗かぁ」
考え事をしていたので、顔と名前を一致させる確認の意味を込めて言った。
「かぁって、さすがにそれは酷いですよ」
ほほを膨らませて文句を言いつつも、哲夫の横に並ぶように近づいてきた。
哲夫はそんな亜理紗を見ながら、昔同じような光景があったような、印象を受けていたが、はっきりとは思い出せなかった。
また、考え事を始めた哲夫を見て、亜理紗は苦笑しつつも話を続けた。
「最近頻繁ですよね? 空襲警報。そのたびに、仕事を放り出して逃げてるから、全然はかどらないですよ!」
いつもの避難シェルターへ向かう時の小言であった。
昔は月1ほどのペースだった警報も、最近は1日5回のハイペースで鳴り響いている。
おかげで、パンを作る作業にも大きな支障が出ていた。慶子は避難シェルターへ避難したままで経営を2人に任せていた。
哲夫は、そんな事を考えながら全く違う事を口走っていた。
「それだけ、こっちの領空に近いところまで押し込まれている証拠だよ、このまま俺が居なければ、1年持てばよいのでは? って思うよ」
哲夫は何気なく、口にした言葉に自分自身驚いていた。
そんな、哲夫を見て矢吹も驚いた顔で聞いてきた
「記憶が戻ったのですか?」
亜理紗はマジマジと哲夫の顔をのぞき込んできた。
「俺はなぜ、この戦況を口にすることができたんだ?」
哲夫は記憶を辿りながら考えてみたものの、全く思い出せない自分に腹立たしくもあり、また情けなくもあった。
「いや、何でこんな事口走ったのか、自分にも分からないよ」
自分の口から出た言葉とはいえ、哲夫にもわからないことであった。
さらに深く思い出そうとも考えたが、昔、思い出そうとして、激しい頭痛に襲われた事を思いだし、思い出す事をやめた。
「な〜んだ、兄さんが軍の人で、しかも指揮官だったら似合うのになぁ〜って、思っていたところなんですよ」
亜理紗は自分の理想の男性像を哲夫に重ねていた。
亜理紗の父は軍人で、亜理紗が小さい頃に戦死していた。
母からは、父の武勇伝を聞いて育ったため、男性にそういう姿を求めてしまうのだった。
哲夫は、苦笑しながら亜理紗を見て、
「おいおい、自分がそんな柄じゃないことは、亜理紗も知ってるだろう? 亜理紗のような妹がいるだけで、四苦八苦しているのに」
自分の能力を過大評価する事無く、自分の能力を分析していた。
哲夫はそう言って歩き出した。
亜理紗は不貞腐れながら哲夫の後を、
「あー、酷いです。私そんなに足手まといですか?」
などと言いながら追っていった。




