第13話 捨て石の真実と、裏切りの空
「お怪我は、ありませんか? ミラー准将」
杏の穏やかな、しかし芯の通った声が響いた瞬間、准将の背筋が自然と伸びた。それが、歴史が動く瞬間の「音」だった。
「はっ。救援ありがとうございます。本当に助かりました」
「上陸させていただいても、よろしいかしら?」
「もちろんです。……おい、ジャック! 丁重にご案内しろ」
准将の後ろに控えていた、煤けた軍服を無造作に着こなす渋い男――ジャック・リードが大股で前に出た。
「こちらのバスへどうぞ」
「そ、それでは」
と、杏以下、春花や岩蔵など、そうそうたるメンバーがタラップから凛とした足取りで、ハワイ基地へと降り立った。
そのバスには、若い男が運転席に居て、杏が乗り込む際に変なポーズを取りながら声をかけた。
「お美しいお嬢様。勝利の女神に勝利の美酒を用意したかったのですが・・・・」
「あのバカ! 無駄口が過ぎるぞ!」
と、ジャックに一蹴されていた。
「ひどいな大佐! 俺なりの精一杯の歓迎ですよ!」
そんなやり取りを見ていた凛は、
(バカばっか)
と、呟いた。
そんなことがありつつも、哲夫がバスの乗り込むときに、
「お主があの、金ぴかのパイロットか?」
ステップに足をかけた哲夫を、ジャックが低く、地を這うような声で呼び止めた。
「はい。そうですが、あなたは?」
「かっかっか。そう構えるな、俺はジャックだ」
先ほどまでの値踏みするような態度を隠すように、ジャックは豪快に笑い飛ばした。
「一応大佐に任命されていが、ここでは飾りみたいなものだ。まぁ、気楽にいこうや」
「は、はぁ。私は、結城哲夫と申します。あの金ぴか、雷電のパイロットの一人で、大尉であります。もう少し早くに来られれば良かったのですが・・・」
哲夫が伏し目がちに呟くと、ジャックは一瞬、笑いを収めて静かな目を向けた。
「気にするな、おかげで助けられた命もある。それは紛れもない事実だ」
ジャックはそう言って、哲夫の背中をポンと叩いた。しかし、その掌に伝わる哲夫の震えと、疲労の色が濃い顔を、ジャックの経験豊かな瞳は見逃さなかった。
皆がバスに乗り込み、基地へ向けて走り出すと、その窓から見えるのは、黒煙が上がる滑走路と、力尽きたように横たわる数体の中型ALogの死骸だった。
「……ひどい」
窓の外を見て、亜理紗が小さく息を呑む。由美は静かに目を閉じ、戦術リンクの残滓からハワイ基地の兵士たちが味わった絶望の深さを読み取っていた。
一方、バスの前方では、運転席のカイルがミラー越しに凛をチラチラと見ていた。
「……なあ、さっきから俺のことを無視するのはどうしてなんだい?」
その問いかけを、タブレットの蜘蛛をつつきながら、ハワイ基地のシステムを掌握していた凛には、届かなかった。
そのやり取りを、後ろの方の席でジャックと一緒に見ていた岩蔵が、鼻を鳴らす。
「……おい、大佐。あそこの整備ドック、煙が出てんじゃねえか。消火班は何をしてる。あのままじゃ、残った機体の電子基板が煤でやられちまうぞ」
「……話が早いな、親父さん。人手が足りなくてな。あんた、機械の匂いがするが……本職か?」
「本職も何もねぇ。わしの出来ることをやるだけだ。おい、若造! バスを止めろ、整備班! 早速仕事だ、整備ドックを使えるようにするぞ」
そう言って、整備兵を連れて、燃え盛る整備ドックの方へ向かって行った。
整備ドックの方からは、
「おい、ノロマ共! 消火器とブロワーを持ってこい!」
と、岩蔵の怒鳴り声が響いていた。
それを見ていたジャックは、
「おいおい、まだ基地についてもいないし、協力体制の話もしてないのだろうに。まったく、とんでもない親父さんだ。なんで整備兵を連れてきたのかと思えば、こういう事だったのか。しかし、NEasdpの整備スタッフは、侮れないな」
独り言のように呟きながら、ジャックは視線を哲夫に戻した。
「……だが、あの親父。機械のことであれだけ熱くなるってことは、あんたの乗ってる『金ぴか』も、よほどいい手入れをされてるんだろうな」
「はい。……岩蔵さんを含め整備班の皆さんが、いつも完璧な状態で送り出してくれるので。自分は、それに恥じないように必死なだけです」
哲夫のその言葉を聞いて、ジャックはわずかに目を細めた。
(……必死、か。新兵にありがちな罠だよな。それが命取りにならなきゃいいがな)
運転席にいたカイルは、岩蔵たちを降ろすためにバスを停車したので、これ幸いにと凛の方へやって来た。
「……おい、さっき俺を無視したよな? ミラー越しに目が合っただろ? ……おい!」
(タブレットを操作したまま、無機質な声で)
「……ハワイ基地のネットワーク、セキュリティレベルが低すぎますわ。……あ、運転手さん。何か仰いました? 今、基地の全弾薬庫の在庫確認と防衛網の再構築を同時並行でやってますの。雑音は後にしてくださらない?」
「雑音……!? 俺の歓迎の言葉がノイズだって……!?」
カイルは膝から崩れ落ちたが、その時、凛のタブレットに移るさやかの姿を目撃した。
「そ、それは、さやか様! 女神様だよな! 頼む、そのタブレットをよく見せてくれ!」
と、狂喜乱舞して凛に詰め寄ろうとしたカイルの腕を、横から伸びた手がガッシリと掴んだ。
「そこまでにしておけよ、運転手さん。凛が嫌がっているだろう」
と、大輔がカイルを抑え込んだ。
生粋のパイロット同士、カイルは大輔の『純粋な強さ』と、その瞳に宿る鋭い光に、一瞬でこいつが『ただの兵隊』ではないことを察した。
「……おっと。手荒な真似をするつもりはなかったんだがね、ボーイ。だが、君もあの女神が見えるなら、俺の気持ちも分かるだろ?」
おどけるカイルに向かって、
「いや全然。俺にとってさやかさんは、守るべき家族みたいなもんだ。あんたみたいな変な好奇心で近づく奴は、俺がゆるさない」
大輔はそう言い放つと、カイルを軽く突き放した。
「……大輔、助かりましたわ。この雑音、声だけじゃなくて存在自体がうるさいですわね」
凛が冷たく言い捨て、再びタブレットに目を落とすと、画面の中のさやかが『ぷいっ』と画面外へ逃げていく。
「ああっ! 逃げられた! しかも、あっちの少年にも力でまけるなんて。なんだよ、この部隊。化け物じみたのは機体だけじゃなくて、中身も一癖も二癖もある奴ばっかりかよ……」
カイルが肩を落として運転席に戻るのを、ジャックは哲夫と話し続けながらも、横目で見て小さく溜息をついた。
(……ったく、情けねえ。だが、あっちの小僧(大輔)……いい目をしやがる。NEasdp……日本支部が生き残った理由が、少し分かった気がするな)
そんなジャックは、ミラーをみて、ミラーが頷くと、
「おいカイル! バカな事をやってないで、さっさと司令部へ行くぞ!」
「あの、降りた親父さんは、置いて行くのですか?」
「ごめんなさいね。置いて行ってくれるかしら」
「イエス、マム」
岩蔵や整備兵以外の一同を乗せたバスは、司令部方面へ走り出した。
一番後ろの席では、ミラーと杏、そして春花の間では、極めて現実的で重い対話が続いていた。
「……准将。すでに取り掛かっていますが、この基地の機能を最優先で回復させます。物資の補給、そして……『EasdpA』と私たちの共同戦線の構築。よろしいですね?」
「……反論の余地はありません。この基地の指揮権、実質的に貴女に預けることになりそうだ」
「私たちの旗艦、不死鳥には、日本にあった基地の人員やその家族などの民間人も多数乗艦しています。それらを、生まれ変わったハワイ基地に、預けたいのですが、よろしいですか?」
「このハワイ基地を、新たなNEasdpの拠点とするおつもりかな?」
「そうですね。不死鳥の翼を休ませることが出来る場所に、したいものですね」
ミラーは目を瞑り、
「一度EasdpAに確認を取りたいものですが、最近は、生返事が多いので、困っているのですよね」
「あぁ、それは、EasdpAが、ここを放棄しようとしているからですね。凛、映像をお願い」
凛のタブレットに映し出されたのは、EasdpAのシステムをハッキングしたときに仕込んでおいた、盗撮映像であった。
EasdpAの本部で、重鎮たちが会議を開いていた。
「それで、結局ハワイ基地からは、まだ、救援要請があるのか?」
「定期的に来ています」
「まだ、落ちないのだな」
「確か、ミラーだったな」
「惜しい人物を無くしましたな」
「くっくっく。心にもない事を」
「そういえば、ジャックやカイルも送ったのだったな」
「誰だ? そいつらは」
「・・・・・」
本部重鎮のその一言が流れた瞬間、バスの車内は、外の黒煙よりも重苦しい沈黙に包まれた。
ジャックは、静かに目を閉じ、深く吐き出す
「……かっかっか。飾りどころか、最初から『名簿』にも載ってなかったってわけか。笑わせてくれるぜ、あの古だぬき共は。この基地には、民間人だっているのにな」
ハンドルを握るカイルの手が、白くなるほど震えている。
「……冗談だろ? 俺は、あいつらのために、死ぬ気で……」
准将は、ただ一点を……モニターに映る『かつての同僚』たちの顔を、怒りを通り越した悲しみの目で見つめていた。
「……准将。これが現実です。彼らにとって、ハワイはもう『捨て石』。ですが、私たちにとっては……ここは、新しい夜明けの場所です」
「……そうか。我々は、とっくに切り捨てられていたのだな。日本支部を見捨てた時と同じように」
准将の声は、怒りよりも深い落胆に震えていた。そこに、杏の静かだが冷徹な声が重なる。
「……准将。指令室へ着けば、貴方は本部への報告義務に縛られる。だから、この『移動する密室』の中で決めていただきたいのです。貴方が守りたいのは、あの重鎮たちが座る『椅子』ですか? それとも、この窓の外に広がるハワイ基地、いえ、『地球』ですか?」
悩むミラーに、杏は続ける。
「准将。ハワイを中継基地にして日本支部の有志を集める……それが私の当初の計画でした。ですが、この映像を見て確信しました。Easdpという組織そのものが、すでに人類を守る機能を失っています」
杏は准将の目を真っ直ぐに見据えた。
「一度、解体しましょう。Easdpという偽りの看板を。……そして、このハワイから世界中に呼びかけるのです。本当に戦う意志のある者たちは、私たちの旗の下へ集えと。このNEasdp。そう、正統な後継組織(Neo-E.A.S.D.P.)に」
その言葉に、ジャックが顔を上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「かっかっか! Easdpの解体か……。そいつは、Alogを全滅させるより骨が折れそうだが、あの古だぬきどもの顔を拝むよりはマシな仕事だぜ」
「……やってやるよ。俺を『誰だ?』なんて言ったあいつらに、一番派手な一撃を叩き込んでから辞めてやる。だが、新組織名がNEasdp? 悪い冗談だ、一文字付け足しただけじゃないか。俺の給料袋の宛名はどうなるんだよ?」
(……あんたバカ? これまでの給料は、貴方を忘れていたあのご隠居たちに請求なさいな。これからの給料は、私たちの『勝利』で支払われますわ)
そんな凛のつぶやきを聞き流すかのように、カイルが再びアクセルを踏み込む。バスは、かつての『所属先』であるEasdpの指令室ではなく、『新しい軍隊』の産声を上げるためのステージへと滑り込んだ。
「……NEasdp」
ミラー准将が、その名を噛み締めるように呟いた。
「地球軍特別防衛隊(Easdp)に『N』を一文字。……ただの作り直し(リメイク)ではないというわけか」
「ええ。本部を『旧体制』として切り捨て、私たちこそが人類を守る正統な後継組織(Neo-E.A.S.D.P.)であると定義します。准将、貴方がこれまで信じて守り抜いてきた『地球軍特別防衛隊の正義』は、あの重鎮たちにはありません。このバスの中に、そしてこの基地のドックにこそあるのです」
准将は静かに目を閉じ、深く息を吐き出した。そして再び目を開けた時、その瞳からは迷いが消えていた。
「……よかろう。我らハワイ基地全員、これよりNEasdpに合流する。……カイル、バスを止めろ」
「了解、マム……じゃなかった。了解、サー!」
カイルが威勢よくブレーキを踏み、バスは指令室の正面玄関にピタリと止まった。 プシュッ、と音を立てて開いたドアから、まずミラー准将が、そして杏と哲夫たちが、強い日差しの中へと降り立つ。
出迎えた司令部スタッフたちは、准将の隣を歩く『見たこともない金色のパイロットスーツを着た少年(哲夫)』や『異様な気品を放つ少女(杏)』に戸惑いの表情を浮かべた。
一同が司令部に向かうと、基地内では、
「何だ、あの少年は……」
「あの金色のスーツ、まさか先ほどの化け物じみた機体の……?」
「かわいい子もいるな」
「お前、ロリコンか?」
など、ざわついていた。
司令部に到着した准将が、凛に先ほどの映像を基地内部に流すのと、私の声を届けてくれと頼んでいた。
凛がハッキングで仕入れた『本部重鎮たちの嘲笑映像』を基地内の全モニターに強制送出し、その後、
「……総員、聞け! これより当基地は、本部の腐敗した指揮系統から離脱し、新たな地球防衛軍『NEasdp』の拠点として再編される! 我々は本部より捨てられた負け犬などではない。我々は何のために戦っているのだ? 地位か? 名誉か? 上官の機嫌取りの為か? 否。断じて、否。我々は、この故郷である、地球を守るために戦っているのだ。偽りの平和にうつつを抜かし、現場で戦う我らを切り捨てる、そのような者たちに、真の平和を実現することが出来るのか?」
「無理だー」
「だからこそ、我われは立ち上がらなければならない、Easdpを解体し、真の平和を望む組織、NEasdpとして。さぁ、ここから反撃を開始するのだ!」
准将の宣言が響き渡る中、凛は既にタブレットを操作し、ハワイ基地のメインサーバーの無機質な『Easdp』の文字がノイズと共に崩れ、その中から燃え上がるような黄金の不死鳥が翼を広げ、『Neo-E.A.S.D.P. 』の文字が刻まれていった。
そして、ハワイ基地のシステムを完全に凛が掌握した。
「これで、完全にNEasdp仕様に塗り替えました。さやか様も完璧だと仰ってます」
基地内部では、EasdpAの腕章を引き剥がして、新たに配られたNEasdpのロゴを張り付けていた。
基地内部が、NEasdpコールで沸き上がる中、ミラーは杏に向かって、
「これで、ハワイ基地はあなた方の組織に組み込まれました。この基地を頼みますぞ」
そんなミラーを見て、杏は微笑みながら、
「そこで、相談なのですが、NEasdpの、いえ、この舞台の上で軍配を振るのを任せたいのですが、いかがですか?」
怪訝な目で、杏を見たミラーに対して、
「准将。旧体制に引導を渡し、新たな軍を率いるのは、貴方のような『正義』を貫いた軍人でなくてはなりません」
その目を見ていたミラーは、
「……食えないお嬢さんだ。これでは、私は貴女の指の上で踊る騎士というわけか」
ジャックは、そんなミラーの肩を叩きながら、
「かっかっか! 准将、諦めな。俺たちはもう、このお嬢様の『魔法』にかかっちまってるんだからよ」
そんな二人を、杏が微笑みながら見つめていた。




