45話 言葉の意味
初め何を言われたのか分からなかった。
『好き』という彼女の言葉は耳に入っているというのに頭がそれをうまく処理してくれない。
今日初めて合った如月さんの瞳は今にも吸い込まれそうで目が離せず、先程とは完全に立場が逆転していた。今度は如月さんが俺の瞳を逃がさぬよう視界に捉えていた。
誤魔化すことはできない。
そんな異様な空気が無理やりに状況を理解させる。
ここまでされて気づかないわけがない。
つまり彼女は……如月紫乃さんは――俺のことが好きなんだ。
今更になってようやく過去に彼女から言われた言葉の意味を理解する。
『これ以上私に優しくしないで』
あの時は余計なお世話だとばかり思っていたけど、まさかそういう意味だったとは思いもしなかった。
如月さんの瞳を見る限り、彼女は本気だ。だから俺もそれに応えなければならない。
「ありがとう。如月さん」
素直な気持ちだった。
女の子に告白されたことなんて初めてだから緊張はするけど、その倍以上に嬉しくもあった。
「だけど……ごめん。君の期待には応えられない」
「そっ、か……」
悲しみよりもどこか安心したような表情で如月さんは俺からおもむろに視線を外して続ける。
「理由を聞いてもいい?」
「理由は……」
好きだと言ってくれたのは嬉しいし、俺みたい奴がこんな子から告白されるなんてこれからの人生で二度とないかもしれない。
だけど、
「君はアイドルだ」
告白を受けるとかを考えるよりも、その前提が頭にこびりついていた。
「同じクラスの同級生とはいえ、君は如月紫乃。ルミナスプリンセスの紫色担当……紫乃ちゃんだから」
アイドルの前で一瞬だけオタクを解放してしまった。
引かれたかもしれない。それでも、俺にはどうしてもアイドルとファンの境界線を超えることはできなかった。
「君らしい回答だね」
だというのに如月さんはただ微笑んでそう答えるだけだった。
「それにしても本当に私たちのファンなんだね。よく今までみんなにバレなかった」
「もしかしたら誰かにバレてるかもしれないけど、恐らくは……大丈夫だと思う」
「青澄にも?」
「うん。多分……」
そうじゃないと流川さんは俺なんかと一緒にいないはずだ。
もしもバレてしまえば、この関係性は今すぐにでも破綻することになるだろう。
それでも、そうならない小さな可能性を俺は捨てきれずにいた。
もし、もう一度伝えるチャンスが来たるのなら……。
「私にはそうは見えないけどな……」
「え?」
まるで流川さんが全てを知っているような言い草だった。
「いや、なんでもない。じゃあ、私このあと用事あるから」
「うん。また――」
そう言うと、どこか儚げな表情をした如月さんはそのまま教室から出ていく。
そして、黄昏時の空き教室に一人残された俺は閉じられた扉を見つめながら呟いた。
「流川さん遅いな……」
その後、如月さんの言った通り流川さんが戻ってることはなかった。
◇◇◇
「「…………」」
次の日の放課後――俺たちは普通にいつもの空き教室に集まっていた。
だが、会話は一切なく、明らかにいつもとは違った異質な空気が俺たちの間で漂っていた。
俺はいつも通り見せかけの本を手に持つが、どうしても椅子に座る気にはなれなかった。
今日の流川さんはどこか動きが不審だ。
例えば、さっきからこっちをチラチラ見てくるところとか、突然椅子から立ち上がったと思ったらすぐに座り直したり……明らかに様子がおかしい。
「…………」
このまま無言というわけにもいかないし、それならこちらから――
「ねぇ、小林」
そう思った矢先、無言を貫いていた流川さんが突然口を開いた。
「……はい」
思わず敬語になりつつも、構えていた本を閉じて目線を彼女へ向ける。
「…………」
またしばらく沈黙が続いた後、流川さんは息を大きく吸い、つっかかっていたその言葉を口にした。
「誰かに告白された?」
「えっ……?」
まるで昨日の一部始終を見られていたかのような確信のある言い方だった。
「…………」
いや、この長い沈黙は昨日彼女があの告白現場を見ていたことを意味していた。
「もしかして昨日の見てたの?」
「……うん。って言っても見たのは告白された瞬間だけ。私に盗み聞きする趣味はないからね」
つまり最後までは見ていなかったということだ。
「それで……返事はどうしたの?」
ずっと気になっていたことを聞くかのように流川さんは視線を窓の外へ向ける。
「もちろん断ったよ。だって彼女はアイドルだから」
「……私もアイドルだよ?」
「えっ? それってどういう……」
「なんでもないっ」
外へ向いていた推しの視線が不意にこちらを仕留めにくる。
やけに笑顔な流川さんは、どこからどう見てもクール系には見えなかった。
「やっぱり小林は小林だね」
理解が追いつかない。どうして流川さんが笑顔なのかも、その言葉の意味も。
そんな混乱状態なのにも関わらず、流川さんはそこから更に追い討ちをかけるように言い放ってきた。
「ねぇ、小林……今度うち来ない?」
覚悟を決めたかのような表情をする流川さんは俺の頭を更に混乱させるだけだった。




