44話 覚悟
「ごめんっ、ちょっとトイレっ」
息を切らしたままの流川さんはこちらに背を向けて、如月さんのことは見えていないかのように、急ぎ足で空き教室を後にする。
未だに状況を飲み込めていなかった。
結局俺がファンだということはバレたのか? 俺があすみん推しだと気づいてくれたのか? それとも、気づいた上でガッカリしたのか?
様々な考えが頭を掻き回す。
そのせいで入れ替わるように空き教室へ入ってくる如月さんの存在に気づくのが少し遅れた。
「あーあ、あれ戻ってこないやつだ」
彼女は言いながら俺が使っている机の近くで立ち止まる。
確かに……如月さんの言う通り、流川さんのあれは完全に拒絶の反応だった。『まだ待って』という言葉は引っかかるけど、深く考えたところで自分一人じゃ結局答えにはたどり着けない。
言われた通り大人しく待つしかないのかもしれない。
今はそれよりも、
「どうして如月さんがここに?」
微妙に目が合わない如月さんは視線を窓の外へ持っていき、一息ついてから話し出す。
「今回の件、一応私も絡んでるからさ。せめて何かしないとと思って来たんだけど…………」
それで来たらさっきの状況に出くわしてしまったと。
確かにさっきの状況で如月さんが来てもできることは何もない。あの状況で必要なのは俺の覚悟。ただそれだけだったからだ。
「それで青澄にはちゃんと伝えたの? 自分がファンだってこと」
唯一そのことを知っている彼女は事もなげに訊いてくる。でも、目は未だに合っていなかった。
「言った、けど……伝わってるかどうかは分からない」
自分では伝えたつもりだけど、さっきの状況からするに流川さんには届いていない。
確かに伝え方も悪かったけど、あれはそれだけじゃない気がする。何だか避けられたような、先延ばしにされたような、そんな感じだった。
もしかして……流川さんも今のこの関係を終わらせたくないのか?
そんな見当違いな考えが頭によぎったところで、目の前の彼女が口を開いた。
「ごめんね」
だけどその内容は俺の頭を更に混乱させるだけだった。
「どうして如月さんが謝るの?」
「今更だけど、私が君にチケット渡したことを青澄に伝えたのは余計なお世話だったかなって……少し遅いけどあの時嘘ついちゃってごめんなさい」
言いながら如月さんの艶やかな紫髪はゆっくりと頭と共に下へ向く。
「頭を上げてください。俺は如月さんにすごい感謝してるんです」
あの嘘が、覚悟も何もかもが足りてなかった俺をどれだけ救ったことか……。
「だから――」
またゆっくりと頭を上げる如月さんの瞳を逃さぬように見つめて、今度はちゃんと気持ちが伝わるように俺は笑顔で言い放った。
「ありがとう。如月さん」
瞬間、彼女の瞳が光ったような気がした。
それが反射のせいなのか、それとも涙のせいなのか……今の俺には判断のしようがなかった。
でもそれの答えは次の彼女の言葉によって明らかになることになった。
「――好き」
◇◇◇
一体私は何を考えているんだろう。
全てを知ってるのにそれを隠し続けて、小林に嘘をつき続けている。
今すぐにも小林にこの気持ちを伝えたいのに……何だか全部が壊れてしまいそうな気がしてならなかった。
せっかく覚悟を決めて過去の自分と向き合おうと思っていたのに、直前になって怖気づいてしまった。
確かに私は小林のことが好き。昔はアイドル活動に夢中で気づかなかったけど、今では小林のことが好き。大好き。
だけど、今はそれと同じくらいアイドルの活動も好き。メンバーの皆も好き。会社の人たちやファンの皆だって……私にはもったいないぐらいの幸せだ。
私にその全てをくれた小林には感謝してもしきれない。
もし全てが壊れても……小林が幸せならそれでいい。
だからこんなところで逃げてる場合じゃない。今、私がやることは一つしかない。
そして、私は踵を返して逃げることから立ち向かった。
その結果――
「好き」
予想通り……いや、想像以上に早く私の中で何かが崩れ落ちていく音がした。
それは、同じメンバーの子が私の好きな人に告白している様子だった。




