圧倒的な脅威
南門まであと少し――というところで、耳をつんざく爆音が響いた。
地面にまで震動が伝わり、リリアも思わず足を止める。木立の合間に、見上げるほど巨大な魔物の姿がちらついた。明らかに人間が相手にできるレベルじゃない。けど、その魔物に向かって豪胆にも火球を飛ばす人影がある。
ジュリエンヌだ。彼女の杖先から迸る火魔法の光が、闇を裂く灯火のように眩しく感じられる。
「ジュリエンヌ……無事だったみたいだ!」
「でも、あれ……攻撃が当たってないわ!」
リリアが息をのむ。確かにジュリエンヌの火魔法は大ぶりで派手な分、回避されやすい。魔物の異様なしなやかさが、それをさらにかわしやすくしているようだ。しかも、ジュリエンヌは疲れ果てた様子で、あたりに転がる魔物の残骸が彼女の激戦ぶりを物語っている。あれだけの数を一人で倒したのなら、消耗するのも無理はない。
「くそっ、急ぐぞ!」
俺とリリアはジュリエンヌのいる開けた場所へ駆け出した。そこには、まるでキメラのように複数の生き物を継ぎはぎしたようなおぞましい魔物が立ちはだかっている。獅子じみた毛並みの頭部にコウモリのような翼、トカゲの鱗が這う下半身……。自然界の法則を歪めたかのような化け物だ。しかも、その動きは異様に素早い。
ジュリエンヌの火球はまたも空を切り、周囲の地面を焼くだけに終わる。すると魔物の牙むき出しの口がひしゃげるように動き、怒りに満ちた咆哮が夜気を震わせた。
「雑魚どもとは違うってわけね……!」
ジュリエンヌが乱れた呼吸を抑えつつ、苛立ちをにじませた声でつぶやく。俺とリリアに気づくと、険しい表情でこちらを睨んだ。
「あなたたち……! なぜ来たの! 私一人で十分だっていうのに!」
そうは言っても、杖を握る彼女の手には震えが見え、火炎の光量も先ほどより弱まっている。
「ジュリエンヌ! 撤退するわよ、今のままじゃ危ない!」
「うるさいわね! 私には助けなんていらない。これぐらい、私一人でも倒せるわ!」
強がる声とは裏腹に、ジュリエンヌの肩は大きく上下している。このまま戦いを続けさせるのは危険すぎる……そう思った矢先、魔物が背中の翼を広げ、次の攻撃動作へ移ろうとした。狙いはジュリエンヌかと思いきや、血走った瞳はリリアへ向いている。
「やばい、狙われてる……リリア、下がれ!」
リリアはとっさに身を翻して逃げ回る。けど、あの魔物のスピードを考えたら時間の問題だ。追いつかれれば一撃で終わりかねない。リリアの顔が恐怖でこわばっているのが見えた。
焦燥に駆られた俺は、近くに落ちていた石を拾い上げ、思いきり魔物の顔めがけて投げつける。
「こっちを向け、化け物野郎!」
石は思ったより正確に飛んで、魔物のこめかみあたりを打ちつけた。リリアへの追撃が止まり、今度は俺を狙い始める。勢いに圧倒されて反応が遅れ、一瞬の衝撃波で吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
「ゴトーっ!」
背中から地面に転がった拍子に呼吸が止まる。遠くでリリアとジュリエンヌの叫び声が聞こえたが、その直後に魔物が追撃してきた。巨大な前肢が風を切り、俺に振り下ろされる。死を覚悟するのに時間はかからなかった。
だけど、頭の隅に警鐘が鳴る。
「ここで俺が死んだら、二人が――!」
どうする。魔法は使えない。リリアとジュリエンヌの支援も間に合いそうにない。何か……何か手は――。
「そうだ、これがあった……それっ、間に合え!」
魔物の前肢が迫る直前、俺は懐に忍ばせてあった小型の魔道具を指先で掴んだ。引き金を引くと同時に、俺の手のひらから強烈な閃光がほとばしる。リリアが王都で買ってくれた、使い捨ての目くらまし用グッズだ。
「グオッ……!」
眩い光量に魔物が怯んだ瞬間、俺は転がるように地面を這って逃げる。視界がチカチカするが、生き延びただけでも十分だ。
「ゴトー、こっちへ!」
「ふーっ……間一髪!」
リリアが木の陰から手招きしてくれた。ジュリエンヌも荒い息を吐きながら、こちらへ寄ってくる。杖を握る指がわずかに震えているのがわかった。
「ふん、助けなんていらないのに……勝手に割り込まれて迷惑だわ!」
「ジュリエンヌ、あんた……大丈夫じゃないでしょ! さっきから呼吸も荒いし、魔力も不安定になってきてるじゃない!」
「うるさいわね! これくらい、すぐに回復するわよ!」
威勢のいい声とは裏腹に、その顔にははっきり疲労がにじんでいる。いつまでも無理をさせれば、ジュリエンヌ自身が倒れるかもしれない。もっと言えば、俺たち三人そろって魔物に食われかねない。
「ジュリエンヌ、逃げ道はあるか?」
「無理よ。森の中は足元が悪くて動きにくいし、学園に戻るには開けた場所を通るしかない。あの動きじゃ、すぐ見つかるわ」
俺は唇を噛む。あれだけ機敏な魔物相手に逃げ切るのは厳しそうだ。やっぱり、倒すしかないのか。
「ねえ、ジュリエンヌ。あの化け物、火魔法が効かないのか?」
「馬鹿にしないでちょうだい! 私の火魔法が効かないわけないでしょ。ただ、あいつの動きが速すぎて当てられないだけ。もし一瞬でもいいから動きを止められれば、確実に仕留められるわ」
ジュリエンヌが歯噛みしながらそう答える。見栄じゃなく、本当に火魔法には自信があるのだろう。ならば、魔物の動きを封じる手立てを探すしかない。
「じゃあ、私の幻術魔法で、ほんの一瞬だけでもアイツを惑わせられたら……!」
リリアが何とか提案するが、ジュリエンヌは即座に否定する。
「あんたのレベルじゃ無理よ。小鳥みたいな幻術を出したところで無視されるか、暴発して自滅するのがオチよ!」
「それでも……やるしかないじゃない。ほかに手立てがあるの?」
「……っ」
ジュリエンヌが言葉を詰まらせる。確かに、リリアの幻術は未熟で不安定だ。授業のときも失敗した記憶がある。もし暴発すれば大事故になるかもしれない……
だけど、その“暴発”という単語が俺の頭に引っかかった。
「……いや、それだ! むしろ“暴発”させるんだ!」
「……え?」




