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ジュリエンヌの行方

 「リリア、待てって! 一人で勝手に外へ出るなんて……!」


 俺は息を切らしながら、森の外れまで駆けてきたリリアの腕をつかんだ。食堂で待機しろと言われたばかりなのに、こいつはやっぱり飛び出してしまった。

 今は学園中が緊張状態にある。こんなところをうろついて、もし魔物に出くわしたらどうするんだ。


 「ゴトー、放して! 大丈夫よ、私がやらなきゃいけないんだから……!」


 「何言ってるんだ、お前ひとりで何ができるってんだよ! まだ魔法は不完全だし、暴走の危険だってある。今はとにかく戻るべきだ。頼むから、俺の話を――」


 「……うるさい! 不完全とか言うけど、それを克服するために、一緒に頑張って練習してきたじゃない! なのにどうして今さら、そんな言い方をするのよ!」


 リリアは振り払うように俺の手を引き剥がし、悔しそうな表情を浮かべる。その頬は少し赤く、目には強い意志が宿っていた。

 確かに、俺とリリアは散々練習を重ねてきた。リリアの魔法は不安定な時も多いが、最近は少しずつ成果が出ている。それでも、今ここで危険な外に飛び出せば、どんな恐ろしい事態に巻き込まれるかわからない。


 「でも……」

 「もういい! どうせあんたに話してもわかってもらえない! 私は行くから!」

 「リリア――」


 なおも言い合いが続きそうになった。そのとき、遠くからものすごい勢いで赤い光が立ちのぼるのが見えた。まるで巨大な火柱が一瞬にして天へ突き抜けたような、眩しく不穏な赤だ。

 俺もリリアも、思わずそちらに視線を奪われる。


 「今のは……火魔法よね? もしかしてジュリエンヌがあそこに……!」


 リリアはもう俺を振り返らず、火柱の上がった方向へ走り出す。俺も慌ててその後を追った。

 こんなときに下手に動けば危険なのは承知だが、あれだけの魔力の放出が起こった以上、誰かが戦っている可能性が高い。


***


 火の手の見えた先は、学園の敷地の外れだった。まばらな林の奥に、消しきれない焦げたにおいが漂っている。

 駆け寄ってみると、そこには魔物の焼け焦げた死骸がいくつも転がっていた。濃い煙と立ち上る熱気にむせながら、俺はあたりを見回す。そんな異様な光景に、リリアが小さく悲鳴を上げた。


 「……グレゴリー先生!」


 目をこらすと、少し先の地面にグレゴリー教頭が倒れているのがわかる。周囲の魔物をひとりで片づけたのだろうか。彼の腕や肩、脇腹には痛々しい傷が走り、制服が赤黒く染まっていた。

 呼吸も乱れていて、今すぐに治療を受けさせたいほどの惨状だ。リリアは顔を青くしながら、足を速める。


 「先生! 大丈夫ですか、今すぐ……」

 「……お、お前ら……! 外に出るな、と言ったはずだ……! 戻れ……早く戻れ……!」


 グレゴリー教頭は憤り混じりの声を絞り出し、苦痛に耐えるようにしかめ面をしている。倒れているだけでもつらいはずなのに、まだ叱責の言葉が出てくるあたり、さすがの強靭さだ。

 だが、リリアは臆せず声を張り上げる。


 「先生、ジュリエンヌを見かけませんでしたか? 魔物を退治するために一人で飛び出して行ったって……」


 「……いいから、それは先生たちに任せて早く校舎に戻れ! ここは危険だ!」


 ジュリエンヌが飛び出したと聞いても、グレゴリー教頭は驚いた様子を見せない。おそらく、彼女がひとりで飛び出したことをすでに知っていたのだろう。行先についても、何か心当たりがあるように見える。


 「放っておけるわけないでしょう! 先生だって動けないし、ジュリエンヌがこの辺りにいるなら、私たちが何とかしなきゃ……!」


 俺も必死に教頭を説得しようと、声を荒げた。


 「教頭先生、この周囲にはもう先生や上級生はいないんですよね? 先生も倒れていて動けない。ジュリエンヌを止めに行けるのは、俺たちくらいしかいないじゃないですか。だから、もし行き先をご存じなら教えてください。すぐに呼び戻してきますから!」


 グレゴリー教頭は苦しげに顔をゆがめ、地面に片腕を突いて踏ん張る。血のにじむ手から、先ほどまでの激しい戦いがうかがえた。

 最初は一瞥するだけで黙りこくっていたが、リリアと俺が肩を震わせながら必死に訴えるのを見てか、やがて低く嘆息する。


 「……ジュリエンヌは……南門の方へ行ったはずだ……。だが、絶対に無茶はするな。魔物と戦闘しては駄目だ。彼女を見つけたら、すぐに戻ってくるんだ」


 「わかりました。ありがとうございます! 先生はここで休んでいてください。絶対に連れて帰りますから!」


 リリアはそう言って教頭に一礼し、すぐ俺のほうへ顔を向ける。その瞳には、不安よりも強い決意の炎が宿っていた。

 俺は教頭のそばにかがみ込み、できる範囲で応急処置を試みようとする。けれど、彼は首を横に振り、かすかに言葉を漏らした。


 「……私なら大丈夫だ……すぐに救援が来る……お前ら……必ず戻って来いよ……」

 「はい……行ってきます、先生!」


 俺も深く頭を下げ、リリアとともに駆け出した。向かう先は南門。そこから外へ抜ければ、魔物が潜む危険地域に近づくことになる。

 ジュリエンヌは周囲に自分の実力を認めさせようと必死だったはずだ。ならば、俺たちより先に戦闘に突入しているかもしれない。


 「……ねえ、ゴトー」


 走りながら、リリアが俺に視線を送ってくる。さっきまで言い合っていたはずなのに、もう険悪な空気は微塵もない。今の彼女には、共通の目的へ急ぐ焦燥感だけが見えていた。


 「なんだ?」


 「さっきは……ごめん。あんたが私のことを心配してくれてるのはわかってる。だけど……やっぱり、ここで何もしないってのは嫌だったの。ジュリエンヌがどうとかじゃなくて、私自身のためにも」


 「ああ、わかってる。気にすんな。それに、今は俺だって同じ気持ちだ。ここで止めたら、きっと後悔する」


 リリアはかすかに微笑み、再び前を向いて勢いよく足を踏み出す。肩で呼吸を繰り返しながら、林の中を抜けて南門へと続く道を駆けた。

 途中、魔物の気配を警戒しつつも、幸い今のところ襲ってくる敵はいない。


 「ジュリエンヌ、無事でいてくれ……」


 思わずそんな独り言が漏れた。あいつは高慢で高飛車な態度を取るけれど、年齢でいえば高校生くらいの子供だ。感情のままに動いてしまうのも無理はない。まだ冷静な判断を完全には身につけていないはずだから。


 「まだ自信はないけど……いざとなったら、私も魔法を使う。いいわね?」

 「ああ。お前が魔力を暴走させないように、俺だって協力する。二人でやればなんとかなるさ。行こう、リリア」

 「ええ、行くわよ!」


 リリアはもう一度大きく頷き、そのまま走りを加速させた。俺も遅れをとらないよう、必死で足を動かす。

 南門は、このまま森を大きく回り込んだ先にある。昼間ならば見張りが立っている場所だが、今は学園全体が非常事態だ。いつものように守備が整っている保証はない。

 それでも、俺たちには行くしかない。ジュリエンヌを止め、絶対に三人そろって無事に学園へ戻るために。

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