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ジュリエンヌの独断

 昼下がり、校舎の北側に位置する森のほうから警報の音が響き渡った。

 普段なら静寂をたたえるはずの樹海が、不気味に揺れている。黒い影のような塊がそこかしこにうごめき、巡回中の教師団がそれを最初に発見したという。視界の先には、大小さまざまな魔物が群れをなし、一直線に学園へ向かってくる姿があった。


 急を告げるホーンが鳴り響く。校内は一気に緊張モードへ突入した。

 授業はもとより休講中だが、それでも生徒たちが談笑し、行き来する足音でそこそこに賑わっていた雰囲気は、あっという間に押し黙る。グレゴリー教頭をはじめとする上級の教師陣が防衛線へ向かい、さらに騎士階級の上級生たちも加わって敷地の周囲を警戒する。だが、魔物の数は予想を超えるほど多く、その一部は遮断されずに侵入を許してしまった。


 敷地内の複数箇所で悲鳴と衝撃音が相次ぐ。グレゴリー教頭や他の教師たちが手分けをし、襲来した魔物を撃退してはいるものの、完全に食い止められてはいない。


「落ち着け! 怯むな!」

「初級魔法で十分撃退できるはずだ!」


 教師たちの叱咤が響き渡り、上級生たちが低級の魔物を次々と消し去っていく。

 一方で、魔力の扱いがまだ不慣れな一年生は大食堂へ誘導され、ひとまず安全を確保するように言われていた。しかし、それでも万全とは言いがたく、敷地の至るところに混乱の気配が漂い始める。


 そんな騒然とした学園の一隅――大食堂でも、緊迫した空気が急速に広がっていた。

 すべての生徒が「ここにいれば安全」と言い聞かされてはいるものの、外から鳴り響く魔法の着弾音や砕け散る衝撃音が不安を煽る。食堂の中央には数名の教師が立っていて、「決して外に出ないように」と声を張り上げているが、その説得力も不安定だった。


 しかし、そんな秩序を守ろうとする声を、ひとりの少女がかき消す。

 鮮やかな赤髪を揺らしたジュリエンヌだ。彼女は長テーブルから立ち上がり、落ち着かない様子で窓の外を睨んでいる。


***


 リリアが魔物を倒した、なんて冗談でしょう?

 昨日までは落ちこぼれの代表みたいにバカにされていたのに、ほんの少し運が良かっただけで周りは手のひらを返すんだから。本当なら、私のほうが火魔法で派手に仕留めて目立つはずだったのに……。


 学園を危機から救う存在として大々的に褒められるのは、貴族であるこの私こそが相応しい。リリアが偶然活躍したという事実が広まるたび、胸の奥が焼けつくような悔しさが込み上げる。

 今日は待機しろと言われているけど、このまま何もしないまま座っているだけなんて、考えただけで耐えられない。


 私が学年で一番、いいえ、学園で一番だと証明してやる。今こそその機会なんだから、必ず掴み取らなくちゃいけない。外からまた大きな衝撃音が鳴り響き、食堂の生徒たちが怯えてざわつく。私はぎりっと奥歯を噛んだ。


「ジュリエンヌ様、落ち着いたほうが……先生たちがいれば大丈夫だから……」

「そうですわ、今はまだ一年生が不用意に外へ出るべきじゃ……」


 いつもの取り巻きたちが必死に私をなだめようとしてくるが、聞くつもりはない。これ以上、リリアのような落ちこぼれに先を越されるなんてまっぴらだし、何もしないまま一日が終わるのもごめんだ。

 貴族の名誉を背負う私が、誰よりも派手な見せ場をつくってこそ学園の評判を高めることになる。


「私を見くびらないで頂戴。ルージュモント家の名に懸けて、学園を脅かす魔物を退治してみせるわ。……あんたたちは、ついてこなくていいから」


 そう言い捨てると、取り巻きたちが一斉に「ジュリエンヌ様!」と声を上げた。

 しかし私は振り返らずに食堂を出る。胸が高鳴る。恐怖はあるけれど、それ以上に燃え立つような期待がある。――今度はリリアなんかじゃなく、私が主役になる番。


***


 外で繰り返される衝撃音に合わせて、生徒たちが不安そうにざわついている。

 テーブルに座ったまま落ち着かない様子のリリアとベルも、内心穏やかではないだろう。俺も同じだ。教師が「大丈夫だ」と言っても、この響きでは説得力に欠ける。


 しばらくして、リリアがはっとした顔を上げた。

「……ねえ、ジュリエンヌが見当たらない……」


 そのひと言に、俺も思わず食堂を見渡す。あれだけ目立つ赤髪が見えないとなると、どこかへ行ったのかもしれない。ふだんなら取り巻きも一緒なのに、それらしい姿もない。

 そう思って周囲を探すと、食堂の隅でジュリエンヌの取り巻きらしき生徒たちが落ち着かない様子で俯いていた。


「リリア、あいつらは確か……」


 俺が小声で指し示すと、リリアは瞳を見開き、すぐに席を立つ。一直線に取り巻きたちのほうへ向かっていった。


「ねえ、あんたたち。ジュリエンヌがどこに行ったか知らない? まさか……外へ?」


 問いかけるリリアに対し、取り巻きの一人は目を伏せる。もう一人が耐えかねたように答えた。


「……止めたんだけど、ジュリエンヌ様ったら聞かなくて。リリアに負けていられないから、自分も戦いに行くって……」

「でも! 先生方には黙っていてほしいの。もし知られたら、ジュリエンヌ様は後でお叱りを受けるわ……」


「……やっぱり」


 リリアは険しい表情で奥歯を噛んだ。

 落ちこぼれと嘲笑されていた自分が少し活躍したせいで、ジュリエンヌのプライドを刺激してしまったのは明らかだ。もっとも、止められなかった取り巻きたちを責めても意味はない。


「……わかった。教えてくれてありがとう」


 リリアはそう言って踵を返し、急ぎ足で俺とベルのもとへ戻ってくる。ベルが不安げに問いかけた。


「リリア、ジュリエンヌはあんな性格だし、きっと無茶をするよ。早く先生に……」


 リリアは一瞬だけ視線を下に落とすが、すぐに決意を固めたように顔を上げる。


「……私が何とかしなくちゃ」


 そう言うと、リリアは食堂の扉のほうへ歩き出す。

 俺は慌てて席を立ち、彼女の腕を引いた。


「待て、リリア! 今は危険すぎる。ジュリエンヌが勝手に出て行ったとしても、お前が追うことはないだろ?」


「……わかってるわよ! それに、ジュリエンヌのことなんて大っ嫌いだし! でも、あいつが出て行ったのは私のせいじゃない。放っておけるわけないでしょ!」


 リリアは怯まずに扉へ手をかける。その横顔には強い決意が滲んでいた。

 外から再び衝撃音が響き、悲鳴が重なる。ジュリエンヌの独断が原因だとしても、自分がきっかけになったのなら、リリアが黙っていられるはずがない。


「リリア、やっぱりまずは先生に知らせよう。勝手に動くのは危険すぎる!」


「先生たちだって必死なんだから、こんなことに構っている余裕はないわよ! ジュリエンヌだって、一人じゃ危険すぎるし!」


 言い終わるより早く、リリアは食堂の扉を開け放って廊下へ飛び出していく。

 俺は一瞬言葉を失ったが、すぐにベルを振り返った。


「ベル、ここにいてくれ。絶対に外には出るな。すぐにリリアを連れ戻すから」


「ゴトーさん……わかった。気をつけて! リリアを、お願いします……!」


 ベルの震える声を聞くか聞かないうちに、俺はリリアのあとを追って食堂を飛び出した。

 廊下の向こうからは教師たちの怒号、そして魔法の着弾音が重なって響いてくる。


 ――リリアを見失わないようにしないと。今の学園に安全地帯なんてどこにもない。魔物がどこから入り込むかもわからない。


 そう考えながら、俺は足を緩めることなくリリアの姿を追って廊下を駆け抜ける。

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