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緊急集会

 大食堂の扉を開けると、すでに多くの生徒たちが押し寄せていて、ざわざわとした熱気が伝わってきた。ここは食堂と呼ぶにはあまりにも荘厳な造りをしていて、まるで協会のホールか豪華ホテルのパーティールームのようだ。高い天井には美しいシャンデリアがいくつも吊るされ、大人数がゆったり座れる長テーブルがずらりと並んでいる。リリアと何度かここで食事をしたことがあるが、毎回その豪勢さに驚かされるばかりだ。


 そんな大食堂の中央には、コルネリア校長が立っていた。その隣に控えるのはグレゴリー教頭や他の教師陣。全校生徒が揃うまで待っていたのか、コルネリア校長は軽く息をついてから、ゆっくりと口を開く。


「みなさん、まずは落ち着いて聞いてください。昨夜、学園の敷地内で魔物が出現し、見回りをしていた教師が怪我を負いました。そして先ほども、今度は生徒が犠牲になりかけましたが――セシルさんとリリアさんが、魔物を退治してくれました」


 途端に大食堂のあちこちで驚きの声が上がる。まずはセシルを見る視線が増えた。彼女は人混みの後ろの方で控えめに立っていて、何人かの女生徒に背中を叩かれ、苦笑いしているようだ。(あれだけの圧倒的な戦いぶりなら、そりゃ目立つよな)そう思いながら、俺はセシルの様子を遠目に見つめた。


 同時に、リリアにも注目が集まる。「え……リリアも?」「魔法使えないんじゃなかったの?」という声があちこちでささやかれたが、それをフォローするかのように校長が続ける。


「セシルさんは圧倒的な水魔法で魔物を翻弄し、生徒を危険から守りました。そしてリリアさんは、何週間も努力して会得した風魔法により、魔物に最後の一撃を与えました。皆さん、お二人の勇気と能力に拍手を」


 食堂中から拍手が沸き上がった。「へえ、やるじゃん」「見直した!」という声がリリアにも向けられる。初めて魔法を認められたリリアは、喜ぶより先に戸惑った表情を浮かべている。どう対処していいかわからないのだろう。


「とはいえ、今回の件は学園の安全にかかわる非常事態です。そこで本日一日、皆さんには食堂で待機してもらうことにしました。必要最小限の移動以外は禁じ、講堂で大人しく自習をするように」


 大食堂の中が、一気にどよめく。寮の部屋ではなく食堂で待機しろという指示は相当珍しいらしく、多くの生徒が「なんで?」「どういうこと?」と不満げな声を上げ始めた。俺も戸惑いを隠せない。よほど緊急性が高いのかもしれない。


「騎士の階級を持つ上級生諸君には、任意で防衛ラインの補助を願いたい。もちろん無理にとは言わないが、今こそ学園を守る意義を示すときだ。未熟な一年生や魔力に不安定な者は、危険を冒す必要はない。繰り返すが、今日は全員、食堂での待機を徹底すること。何か異変を感じたら、必ず教師に知らせるように」


 グレゴリー教頭の声は落ち着いていたが、その奥には張りつめた空気を感じる。防護壁があるにもかかわらず、どうやって魔物が侵入したのか――学園中がその答えを知りたいはずだ。


「以上です。今日の授業はすべて休止しますから、くれぐれも外に出ないように」


 校長の言葉を合図に、大食堂はさらに騒がしくなる。誰もがそれぞれの不安や不満を口にし、上級生たちは足早に移動を始めた。呆然と立ち尽くす一年生も少なくない。俺はリリア、ベルと一緒にテーブルの近くで立ち止まっていたが、そこへ何人かのクラスメイトが駆け寄ってくる。


「リリア、やるじゃない!」

「見直したぞ! お前、勇気だけは人一倍だもんな!」


 みんな、リリアが魔法を成功させたことに驚いているらしい。周囲からちやほやされるリリアは、今にも泣きそうな目で「ありがとう」と小さく礼を言った。今まで落ちこぼれ扱いされてきた彼女にとって、こんなふうに称賛を浴びるのは初めての経験なのだろう。俺とベルは微笑ましくその様子を見守る。


 ところが、その空気をぶち壊すように、ジュリエンヌが赤い髪を揺らしながらこちらへ歩み寄ってきた。少し鼻を鳴らして、低く声を発する。


「……たしかに、最後の一撃はリリアが当てたのかもしれない。でも、ずっと魔物と対峙していたのはセシルよね? リリアばかり褒められるのは変じゃない?」


 思わぬ批判に、その場がしんと静まる。リリアも言い返せず、唇を噛んだ。実際、圧倒的な活躍を見せたのはセシルの水魔法だったのだから、彼女の言い分も事実の一端を突いている。


 ジュリエンヌは「その程度で浮かれるなんて」と吐き捨てると、踵を返して去っていく。余計なひと言を残されたクラスメイトたちは、気まずそうに散っていった。


「……もう! せっかくリリアが褒められる流れだったのに!」


 ベルが悔しそうに呟く。リリアは目を伏せたまま小さく肩をすくめた。


「悔しいけど、ジュリエンヌの言うことも一理あるわ。実際、私だけじゃ何もできなかったし……」


 しゅんとするリリアを見ていると、俺はその姿勢の素直さに感心した。手放しで喜ばず、ちゃんと実力不足も認めている。だからこそ、リリアはもっと強くなれるんじゃないかとさえ思えてくる。


「……このまま、私一人じゃ何もできないままってのは嫌」


 唇を噛むリリアの目には、悔しさが宿っていた。魔力が安定しない彼女には、まだ思うように戦力としての役割は果たせない。それでも諦めたくないからこそ、余計にもどかしいのだろう。俺は何かかける言葉を探そうとした。


「ふん、退治くらい私だってできるわよ。なのに待機だなんて……」


 少し離れたところで、ジュリエンヌの苛立たしげな声が耳に入る。肩をいからせながら、こちらをちらりと睨んでいる。彼女は一年生ながら火魔法の実力では上位と噂されていて、プライドも高い。


「ジュリエンヌ、気持ちはわからなくないけど……今はやめたほうがいいよ。もしまた魔物が出たら危険だし」


 クラスメイトが宥めるように言うが、ジュリエンヌは納得できない様子で鼻を鳴らした。


「そうやってただ待機してるだけじゃ、いつまでたっても実戦経験が積めないでしょう? あの落ちこぼれができたなら、私だってできるはずよ」


 その言葉と同時に、グレゴリー教頭がピタリと彼女を睨む。厳しい視線に、大食堂の空気がいっそう張りつめた。


「やめろ、ジュリエンヌ。今は全員の安全が最優先だ。いくらお前でも、一年生が許可なく動くことは認めん」

「でも、教頭先生! 私の火魔法は……」

「聞こえなかったのか? 一年生は待機だ。逆らうのなら、相応の処分を考えなければならんぞ」


 鋭い威圧感を放つグレゴリーに、ジュリエンヌは唇をぎゅっと結ぶ。抵抗しきれず渋々椅子に腰を下ろした。そんな彼女の姿を見て、(やっぱり一年生じゃ勝手に動けないんだな)と改めて思い知らされる。


***


 校長の話が終わったあと、大食堂に残った生徒たちは三々五々に別れて会話を始めていた。先生の付き添いで寮に荷物を取りに行く者、テーブルで雑談を始める者、人の動きはバラバラだ。俺たちはその場でひとまず落ち着くことにする。


 リリアは椅子に座ったまま、落ち着かない様子で指を組んでいた。そこにベルが、少し気をきかせたように声をかける。


「リリア、今日は大人しく魔法の勉強でもしよっか」

「うん……そうね。でも、もし今度また魔物が出たとき、何もできずに眺めてるだけなのはやっぱり悔しい」


 その思いに俺も共感する。セシルのように魔法が自在に使えたら、誰かの力になれるかもしれない。だけど、今は焦っても仕方がない。力不足は否めないし、無理をして痛い目を見れば元も子もない。


 周囲の生徒たちからは、物騒な話が絶えず聞こえてくる。


「防護壁があるのに魔物が入るなんて変じゃない?」

「もし大軍で押し寄せてきたらどうするんだ?」

「魔物だけじゃないかもよ、闇の組織とか……」


 不安の声は次から次へと連鎖し、ざわつきは収まらない。ここで噂されている“闇の組織”が何なのかはわからないが、気にしすぎてもしょうがない。

 ただ、ベルとリリアの表情がみるみる暗くなっていくのを見て、俺はこのままこのテーブルにいるのは得策じゃないと感じた。


「……リリア、ベル。もう少し端のほうへ移動しよう。ここ、落ち着かないし」


 俺がそう提案すると、ベルは「うん」と素直に頷き、リリアも微かに眉を寄せながら「そうだね」と同意してくれた。

 ちらりと見ると、ジュリエンヌはまだ不満げな顔で頬杖をつき、視線だけを動かしている。上級生たちはすでに防衛ラインを敷きはじめたらしく、セシルの姿も見当たらない。


「……今ここで実力を見せられれば、きっとお父様も私をお褒めに……」


 ジュリエンヌの独り言はすごく悔しそうだったが、俺たちは聞かなかったことにして、大食堂の一角を後にした。少しでも静かなところで、リリアとベルの不安を和らげてやりたいと思いながら。

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