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魔力暴発作戦

 「……文字通りの意味だ。魔法をあえて“暴発”させるんだ!」


 俺がそう口にした瞬間、リリアとジュリエンヌが同時に息を飲むのがわかった。

(やっぱり驚いてるな……)

 授業で見せたあの巨大な幻影。あれはリリアが本来意図していた魔法が“暴発”したせいで生まれたはずだ。もし同じように暴発を再現できれば、あのサイズの化け物でも撹乱できるかもしれない。

 問題は、本当にそんなことが可能なのかってところだ。


 「ちょっと待って、ゴトー。暴発を再現するって、そんなことが可能なの?」


 リリアが杖を握りしめ、不安そうに顔を曇らせる。

 たしかに常識的に考えれば、暴発なんて偶然の産物に過ぎない。わざと誘発して、なおかつコントロールなんてできるのか……正直、俺も半信半疑だ。


 「無茶よ! あんなのただの失敗じゃない!」


 ジュリエンヌがきつい眼差しを向ける。その瞳には戸惑いも混じっているように見えた。

 あの強大な魔物を前に、ただ火魔法を撃ち込んでも回避されるだけ。ジュリエンヌ自身、それを痛感しているからこそ焦っているのだろう。


 「分かってる。リスクが高いっていうのは承知の上だ。だけど、このまま正攻法で戦うにはジュリエンヌの消耗が激しすぎる。安定して使えるレベルの幻術で足止めしたところで、あの規模の化け物には通用しないと思うんだ。だったら、“暴発”を逆手に取るしかない」


 「そ、それはわかるけど……本当にそんな都合よくいくの?」


 「やってみるしかない。リリア、あの授業のときの呪文を覚えてるか? 俺が余計なところを削ったせいで、妙に大きな怪物が出ちゃっただろ?」


 言いながら、リリアの手元をちらりと見る。授業では小さな幻獣を呼び出すつもりが、教室を埋め尽くすほどの巨大な幻影が生まれた。まさに“暴発”の形で。


 「うん……覚えてる。あれは私がイメージを飛ばそうとした瞬間、詠唱の途中で変な引っかかりがあって……気づいたら暴走してたわ」


 「そうそう。たぶん、あれは呪文の改変が原因だと思う。――じゃあ、まず呪文を組み直してみよう」


 俺がそう提案すると、ジュリエンヌはうんざりしたように溜息をついた。


 「呪文の改変ですって!? 本当に非常識だわ。教科書通りじゃない呪文なんて、基礎もへったくれもないじゃない!」


 「うるさいわね。私とゴトーはそうやって、今まで何度も上手くやってきたのよ!」


 二人とも声を荒らげているが、いまは足並みを乱している余裕なんてない。時間がない以上、協力できるところは協力するしかない。


 「ジュリエンヌ、今はこの方法しかないんだ。まずは俺たちの作戦を聞いててくれ」


 「……ふん。どうせ私が止めてもあなたたち、やるんでしょ」


 ジュリエンヌが大げさに肩をすくめる。それを合図に、俺は紙とペンの代わりに地面へ小枝を走らせ、簡単な呪文の構造を書き始めた。


 「じゃあ、まずは授業の時の詠唱文を思い出してみてくれ」


 「うん……確か、こう。『ルクス・イルナ――』って始まって、そこから幻影の姿を定義して、最後に魔力を流して……」


 リリアが慎重にフレーズを口にし、俺は土に文字のような記号のようなものを描き加えていく。ここからが勝負だ。改変となれば、呪文の原理を考えながら慎重に削る必要がある。


 「……それじゃあ、組み替えていくぞ。まずはあの時と同じように、単語をいくつか削る。重複部分を省いたせいで暴発した可能性が高いなら、あえてその範囲をもっと広げるんだ」


 現実世界の古いプログラミング言語でも、コードを最適化しすぎると想定外の場所を参照して誤作動を起こすことがある。俺はあの現象を、そんな“バグ”に近いものだと推測していた。


 「要は、わざと参照先をすり替えて、処理しきれない魔力を押し込むわけだ。一気に暴走させてやる。今回は“魔力の器”になってる部分を大きく書き換えるつもり」


 「……えっと、器を大きくするってことは、そのぶん暴発時の威力も上がるってこと?」


 「そうだ。ただもちろん、リスクも跳ね上がるけど……」


 リリアの表情がこわばるのが見えた。それでも彼女は杖を強く握りしめ、目を逸らさない。


 「……大丈夫、やるわ。怖いけど、私がやらなきゃ全滅だもの」


 「ふん。まったく、無茶苦茶なんだから。勝手にしなさいよ」


 ジュリエンヌは投げやりに言い放つが、その手はしっかり杖を握り直している。否定しながらも、結局はこの作戦にかけるしかないというわけだ。


 作戦の要点は単純だ。リリアが暴発寸前の幻術呪文を唱え、大規模な幻影を作り出す。それで魔物の動きを止め、ジュリエンヌの火魔法で仕留める。

 だからこそ、今のうちに呪文の改変を仕上げなくてはいけない。


 「ここが変数の代入部に相当するはずだから……この単語を削ることで、変数の参照先がずれて……」


 俺がブツブツとつぶやきながら書き込むたび、リリアは真剣な眼差しで見つめてくる。ジュリエンヌは口こそ悪いが、黙って耳を傾けていた。


 「よし……これでできた。リリア、すぐに詠唱を始めてくれ。あんまり時間をかけてると、あの化け物が――」


 「ちょっと待ちなさい!」


 ジュリエンヌが鋭い声をあげる。俺とリリアは思わず振り返った。ジュリエンヌは険しい表情をしたまま、俺たちを睨んでいる。


 「もしあの魔物が人造だとしたら、魔力の動きには敏感なはずよ。詠唱を始めた瞬間、すぐに気づかれるわ」


 「ってことは……リリアが唱え始めたら、魔物は真っ先にリリアを狙うってことか?」


 「そうよ。詠唱者を潰せば魔法なんて発動しないもの。賢い魔物なら、一撃で片づけようとするはず」


 たしかに、その可能性は高い。今回は大きな魔力を扱うのだから、発動前から派手に気配を漏らしてしまうだろう。

(まずい……リリアが集中しているところを狙われたら、ひとたまりもない)


 ジュリエンヌの言う“人造”という言葉も気にかかるが、今は考えていられない。誰かが囮になって、魔物の注意を引くしかないのだ。


 「……俺がやるしかないか」


 思わずそう口をついていた。ジュリエンヌが眉をひそめる。


 「正気? 魔法が使えないのに、どうやって囮になるつもりよ」


 「ただ派手に動いて、あっちに気づかせるんだ。その間にリリアが詠唱を始めればいい。こっちが走り回れば、無視はできないだろう」


 「そんなの、ほとんど自殺行為よ……」


 ジュリエンヌが視線をそらす。

 だが、これしか手はない。リリアが詠唱に専念するには少しでも時間を稼がなきゃいけないし、ジュリエンヌは火力を温存しておかないと仕留めの魔法を撃てなくなる。


 「リリア、いいか。怖いだろうけど一回きりの勝負だ。俺が大きく動いてみせるから、その間に詠唱を始めてくれ」


 「ゴトー……わかった。私、ちゃんとやる。だから、絶対に死なないでよ!」

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