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再び動き出す日常

 月曜の朝、教室に向かう廊下をリリアと並んで歩いていると、周囲の生徒たちがじろじろとこちらを見ているのがわかった。先週、リリアが二回連続で魔法の大失敗をやらかし、教室を騒がせたことがすっかり広まっているのだろう。おまけに謎の男が「保護者」として同伴している点も、噂話の種になっているのかもしれない。リリアと二人、まるで見世物でもあるかのように視線を浴びるのは正直いい気分じゃない。だが、当のリリアはというと、いつもどおりの仏頂面のまま視線を落として足早に進んでいた。


 すると突然、俺たちの前を遮るようにして、赤髪の優等生・ジュリエンヌとその取り巻きが立ちふさがる。相変わらず貴族らしい品のある笑みを浮かべているが、その目は鋭い。


「……リリア、あなた、あそこまで周りに迷惑をかけておいて、よく平気な顔をして戻ってこられたわね。自分がここにふさわしくないって、自覚していないのかしら?」


 嫌みたっぷりの言葉に、廊下を行き交う生徒たちが足を止めた。先週の失敗騒ぎを知る者たちが、また何か起こるのではないかと興味深そうに注目している。


「何の用よ……」


 リリアは冷ややかな口調で返すが、わずかに拳を強く握りしめている。魔法の失敗を重ねてからというもの、ジュリエンヌにこうして絡まれるのは何度目だろう。


「周りの足を引っ張る落ちこぼれが居座り続けるのは学園の迷惑なの。退学の手続きでも早く進めたらどう? 国の教育予算の無駄よ。あなたがここにいる意味なんて、どこにもないわ」


 周囲の空気が凍りつく。ここまで露骨に「退学しろ」などと言い放つのは初めてだ。リリアは唇を噛んで一歩踏み出そうとするが、あまりに感情的になるのは危険だ。俺は慌てて彼女の肩を押さえて制止する。


「リリア、落ち着いて!」


 廊下の視線がこちらに集中しているのを感じる。ジュリエンヌへの怒りは痛いほどわかるが、今ここで騒ぎを大きくすればリリアがもっと嫌な目に遭うだけだ。


「ジュリエンヌ。そもそも学園ってのは、生徒の得意不得意に合わせて指導すべき場所だろ。平等に学べる環境を用意してこそ、才能が芽吹くかもしれないんじゃないのか?」


 俺自身、新人エンジニアだった頃に先輩たちに助けられながら成長した経験がある。全員が同じペースで学べるわけじゃない。要領のいい者もいれば、つまずく者だっている。それを見捨てるか伸ばすかは、教育現場の姿勢次第だ。


「リリアはまだ魔法の訓練が必要だし、俺だって力不足かもしれない。けど、最初から見放すんじゃなくて、正しい手順で導くのが学校の役目だろう?」


 そう力説すると、ジュリエンヌは鼻で笑うようにして言い放つ。


「さすが魔力の素養もない『保護者』様は、おっしゃることが違うわね。けれどね、魔法の才能は血筋によってほぼ決まるの。庶民出身のリリア・エヴァーハートに期待するだけ無駄じゃなくて? 本当に選ばれた者だけが教育を受けられるのが理想なのよ。わたくしやセシルのような貴族の優等生こそ、もっと効率的に学べるべきだわ」


 その傲慢さには虫唾が走るが、彼女なりの“当然の論理”でしかないのかもしれない。とはいえ、ここで何を言っても平行線だろう。リリアがさらに傷つく前に切り上げるべきだと、俺は悟った。


「……もういい。行こう、リリア」


「……でも!」


「大丈夫だ。今は引くしかない」


 歯がゆそうにするリリアにそう告げて、俺はジュリエンヌたちを睨むように一瞥した。彼女は余裕たっぷりに片眉を吊り上げる。


「保護者様に守ってもらってよかったわね。まあ、今度同じように魔法を暴走させたら、本当に終わりでしょうけど」


 侮蔑を含んだ笑い声が廊下に広がり、取り巻きの女の子たちもそれに追随してクスクスと笑う。その耳障りな音に腹が立つが、今はこらえるしかない。後ろを振り返ることなく、リリアと一緒に歩を進める。


 廊下を曲がると、ざわざわと話し声が遠ざかっていく。やがて教室の前まで来ると、リリアは小さく息を吐いて、さっきまでの怒りを飲み込むようにドアを開けた。


 中に入ると、案の定、生徒たちがこちらをじろりと見てくる。やはり先週の大失敗が尾を引いているのだろう、あからさまな視線が痛いくらいだ。教卓近くには先生もいるが、特に声をかける気配はなく、どう対応すべきか悩んでいるのがなんとなく伝わってくる。


 リリアはなるべく目線を合わせないように俯いたまま、自分の席へと向かった。俺も後ろに続き、ようやく席に着こうとしたとき、隣のベルが小さく声をかけてくれた。


「……ゴトーさん、リリア、大丈夫……?」


「ま、まあな。ありがとう、ベル」


 ベルは唇を噛みながら眉尻を下げる。彼女もリリアが辛い立場にいることを案じているのだろう。けれど、こういう空気はそう簡単には変わらない。


 そのまま午前の座学が始まっていく。カルディナ先生が派手な声で授業の説明をしているのを横目に、俺はリリアの横顔をそっと盗み見た。さっきジュリエンヌと対峙したときよりは多少落ち着いているようだが、肩に余計な力が入っているのは明らかだ。


 結局、周囲の空気に変化はないまま午前の授業は終わり、昼休みがやってくる。リリアが少しでも息抜きできればいいんだが……そう思いながら教室を出た。


***


 昼休みが明けてからの授業も、リリアは黙々とノートをとるだけでほとんど口を開かなかった。ベルが気遣うように声をかけるが、どう返していいのか本人もわからないのだろう。


***


 放課後、俺がリリアと連れ立って廊下を歩いていると、不意に見覚えのある二人組が目に入った。ジュリエンヌの取り巻きたちだ。彼女らは俺たちに気づくと、そそくさと姿を隠すように廊下の曲がり角へ消えていく。そのとき、笑い声までは聞こえなかったが、どこか薄気味悪い気配だけが残った。


「……今の、ジュリエンヌの取り巻きよね。何か企んでるのかしら」


 リリアが小声でつぶやく。俺もそれはうすうす感じていた。ジュリエンヌはリリアを退学させたいらしい。もしかしたら、あの取り巻きたちも邪魔者の排除を手伝おうとしているのかもしれない。


「まあ、今は慎重に行動するしかない。俺たちが騒ぎを起こせば、ますます分が悪くなるからな」


「……わかってる。でも、正直どうすればいいのかわからない。才能があるって証明できれば……いや、そう簡単にうまくはいかないわよね」


 リリアは唇を噛み、わずかに俯く。気丈に見えて、きっと自信を失いかけているんだろう。二度も大きな失敗をしている以上、学園側が彼女を問題児扱いするのも無理はない。俺はできる限り安心させるように言葉を選んだ。


「焦らなくてもいいさ。魔法は一朝一夕で上達するもんじゃないし、俺だってまだまだ魔法について学ぶことだらけだ。少しずつ地道にやるしかない」


 そう励ますと、リリアの瞳には微かな決意の光が宿っているように見えた。退学を恐れてばかりじゃ先に進めないし、彼女はどうにかしてこの学園で魔法をものにしたいのだ。


 自習のために教室に戻ると、ベルも「一緒に勉強しよう」と誘ってくれた。俺自身も魔法の基礎を教わらなければならない立場だし、手をこまねいている余裕はない。リリアはか細い声ながら「……ありがとう」とだけ答え、ぎこちなく微笑んだ。


 それでも、周囲の大半の生徒からは依然として冷ややかな視線が向けられている。リリアに投げられる嘲笑や侮蔑とまではいかなくとも、関わり合いを避けるような態度は変わらない。


 夕暮れが近づく校舎の窓から、オレンジ色の光が差し込む。数日前までギスギスしていたリリアと俺の間には、わずかながらも信頼らしきものが育ちはじめているのを感じるが、だからこそここで諦めたり挫けたりはできない。


「……ゴトー、ジュリエンヌに言い返してくれて、ありがと」


「当然だろ。大事な相棒が一方的に侮辱されて黙ってるわけにはいかないからな」


「もう、相棒って何よ。あんたはただの“監督役”でしょ」


 言葉尻はきついが、それは親しみを込めた言い方だった。小さく笑うリリアの横顔は、さっきまでとは違う穏やかさを帯びている。俺もその笑みにほっと胸をなで下ろしつつ、腹の奥には何とも言えない不安がくすぶり続けていた。

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