リリアの出自
王都の中心街を歩いていると、あちこちの店先に「魔道具」を見かけるようになった。煌びやかな宝石がはめ込まれた杖や、奇妙な紋様の浮かぶガラス球――いずれも魔術の力を増幅したり、特殊な効果を発揮したりするものらしい。こういう“ファンタジー”な品を目の当たりにすると、やっぱりわくわくする。
「なあ、リリア。あそこにある小さい金属製のアクセサリ、あれも魔道具か?」
思わず足を止めて、露店に並ぶ小さなペンダントのような品を指さす。黒い金属でできた箱のようだが、蓋の部分には魔法陣らしき刻印がある。(いかにも魔力がこもってそうだな……)
「ええ、簡単な護身具よ。……ただ、あまり高機能じゃないわよ。せいぜい瞬間的な光や音を出す程度だから」
リリアは淡々と説明する。中身がどうなっているのかは想像もつかないが、触れたらどんな感じがするんだろうと興味が湧いてくる。
「へえ……こういうのがあれば、俺でも魔法って使えるようになるのか?」
少し期待を込めて聞くと、リリアは「はあ」とため息をついた。
「魔法は基本的に、本人の基礎魔力を使うの。魔道具はそれをサポートしたり、特定の術式を代わりに発動してくれるだけ。あんたみたいに魔力がほぼない人間だと、どんなに優秀な道具を使っても“ちょっとした補助”くらいにしかならないわ」
やっぱり、一瞬で炎を出したり人を宙に浮かせたりなんてことは無理か。がっかりしかけていると、リリアが店頭の品々をちらりと見回した。
「……もっと大きい道具なら魔力が少なくてもそこそこの効果があるけど、あれは高いわ。あんた、お金持ってるの?」
「……いや、持ってない」
そういえば俺は、この世界の通貨をまったく持っていないんだった。学園に来た当初に支給された生活必需品だけで、買い物は想定していなかった。
「……いいわ。少しくらいなら出してあげるわよ」
意外な提案に、思わず目を丸くする。リリアは自分に言い聞かせるように小さく息をつき、銀貨を取り出してから小さな魔道具を手に取った。箱の形はさっきのものとは違うが、似たような機能らしい。
「ほら、ゴトー。買ってあげるわ」
リリアが金を出してくれるのは、あの路地裏で俺が人助けをした影響もあるのかもしれない。(少しは信用してもらえたのかな……)
「ありがとう。大事にするよ」
「別にいいわよ。……あんたがいると助かるときもあるし」
どことなく照れ混じりの口調だけど、その声には優しさが感じられた。俺は買ってもらった魔道具をそっと抱えながら、なんだか誇らしい気分になる。
***
広い通りを抜けると、王都のいかにも格式高そうな地区に出た。立派な塀に囲まれた屋敷が並び、紋章を掲げた建物の周囲を騎士らしき男たちが巡回している。明らかに「裕福な階級」の香りが漂っていて、少し圧倒される。
「おお……なんだか別世界だな。騎士とか貴族とか、本当にいるんだな」
口にこそ出していたものの、やはり実際に見ると迫力が違う。するとリリアがふと立ち止まり、「そういえばゴトー、学園の生徒たちの出身が気になるって言ってたわよね?」と話を振ってきた。
「そうそう。前に『王都出身が多い』って聞いたけど、ベルやセシルもそうなのか?」
「ええ。ベルは騎士の家系、セシルは貴族の家系よ。学園には他にも貴族や騎士の子女が大勢いるわ。……ジュリエンヌはさらに上位の貴族で、国の中枢に近い家柄らしいわね。学園もあの子の家には逆らえないとか」
なるほど……道理でジュリエンヌがあんなに傲慢なのも、血筋がものを言う世界なんだろう。
「魔法の才能も、血筋に左右されるのか?」
「そうね。代々高い魔力を持つ家は自然といい暮らしをして威張ってる。もちろん平民でも才能を持ってる人はいるけど……」
そう言ったきり、リリアは言葉を飲み込む。何か言いづらいことでもあるのか、少し間を置いてから小さく息をついた。
「……私は自分の血筋なんて知らないのよ」
「え、どういうこと?」
「私、捨て子なの。生まれたばかりの時に、おばあちゃんに拾われて育ったのよ」
「えっ……そうだったのか……」
以前「親はいない」と聞いたとき、事故か何かで亡くなったのだろうと勝手に思い込んでいた。まさか捨て子だったとは……。
「騎士や貴族が娘を捨てるなんて考えにくいし、そんな話は聞いたことないからね。たぶん、貧しい農民か商人あたりの家で生まれたんだと思う」
俺は黙ってリリアの話に耳を傾ける。
「……だから、去年の基礎魔力測定で合格して学園に入れるってわかったときは、本当に驚いたわ。血筋が無い自分が魔法使いになれるなんて、信じられなかったし……すごく嬉しかった」
リリアは努めて淡々と話しているが、その瞳の奥にはいろんな感情が渦巻いているように見えた。俺がどう返事をするか迷っていると、彼女はふっと視線を上げる。
「……初めて話したわね。なんとなく、もう言ってもいい気がして」
「そうか、ありがとな。話してくれて……嬉しいよ」
それは正直な気持ちだった。リリアが自分から身の上を明かしてくれたことが、なんだか特別に感じられる。彼女は照れたように小さく肩をすくめると、こちらを見返した。
「そういえば、あんたの出自も謎よね。別の国から来たシステムエンジニア? って言ってたけど……どこの国なの?」
今まであいまいにしてきたけど、そろそろ話してもいいと思える。信じてもらえないかもしれないけど、嘘はつきたくない。
「信じてもらえないかもしれないが、本当は俺、別の“世界”から来たんだ」
「……別の、“世界”?」
「ああ。国じゃなくて、次元そのものが違う場所。仕事で残業ばっかしてて、疲れ果てて寝落ちしたら……気づいたらこの世界だったんだよ」
自分で言ってても変な話だと思う。でも、ずっと隠すのも嫌だった。
「それじゃあ、たまたまゴトーが寝落ちしてた時に、私が召喚したってことね」
「そうなる。……まあ、信じがたいだろうけど、俺自身もいまだに夢を見てるみたいなんだ」
リリアは真剣な目で俺を見る。まったく否定している様子はなく、むしろ考え込んでいるようだった。
「近くに魔法陣があったとか、召喚魔法を使っている人がいたとか……そういう可能性は?」
「俺の世界にはそもそも魔法がないんだ。代わりに“コンピューター”って機械を使って、みんな働いてる。……といっても、全然ピンと来ないだろ?」
「魔法がない……!? そんなの想像もつかないわ。機械っていうのは、自動人形みたいなものかしら?」
「まあ、そんなところかも。すごい速度で情報を処理して、人間の仕事を助けてくれるんだよ」
「うーん……正直、完全にはわからないけど、違う世界ってことなら何でもありなのかもね」
そう言われるだけでも、俺は救われる気がした。拒絶されるのが怖かったから、リリアの反応は思ったより優しかった。
「……ごめん。勝手に召喚したりして」
リリアが初めて俺に謝ってくれたような気がする。召喚した直後は、役に立たないだの何だのと散々な言われようだったが、心の隅では気にしてくれていたようだ。
「いいよ。今はもう、この世界を楽しんでるしな」
「……そう」
リリアは少し微笑んで返事をした。
***
そんな話を続けながら王都の大通りを歩いていると、リリアが「ちょっと面白いものがあるわよ」と小さな屋台に立ち寄った。そこには色とりどりの液体が入ったボトルが並んでいる。
「へえ、これは魔道具じゃないよな……普通の飲み物?」
「魔法で発酵技術を高めてるらしいわ。ほら、一口飲んでみたら?」
リリアがさらっと買って渡してくるので、俺は半信半疑で口をつけてみる。すると――。
「うわっ……な、なんだこれ。甘いのか苦いのか、それとも辛いのか……クセになるような、ならないような……」
説明しづらい独特の風味に思わず声が漏れる。そんな俺を見て、リリアはぷっと吹き出した。
「ふふっ……なによ、その顔。味自体は悪くないでしょ?」
「うーん、まずくはないけど……俺の世界じゃちょっと出会わない味だな」
俺が戸惑っていると、リリアが声をあげて笑う。いつもツンとしている彼女が、こんな風に笑うなんて珍しい。(なんだ……ちょっとかわいいじゃん)
変に意識しそうになるのを誤魔化しながら、さらに街を進んでいると、妙な串焼き料理が目に留まった。
「うわあ……なんだこれ?」
「ふふっ、それは『魔獣ベヒモスのヒゲ刺し』よ。ヒゲごと肉を味わえるの。意外とおいしいんだから」
「ひ、ヒゲ? 食べて平気なのか……? 毛を食うって抵抗あるけど……あ、でも匂いはいいな」
「ほら、騙されたと思って食べてみて。店主さんも笑ってるし、変なものは売らないわよ」
恐る恐るかじってみた瞬間、未知の旨味がじわりと広がってきて、思わず震えた。リリアがくすくす笑っているのが見える。
「ゴトーったら、まるで子供みたいな反応ね」
「いや、名前が怖いんだよ。でも……これはアリかも。俺の世界の屋台で出したら受けそうだ」
「へえ、そっちの世界にも似た料理があるの?」
「うーん……ケバブにちょっと近いけど、見た目が全然違うし……やっぱり別物だな」
ベヒモス肉を食べ終わったところで、今度は細長いスライムを操る大道芸が目に入った。
「うわ、あれ……伸びたり縮んだりしてるけど、ほんとに生き物か?」
「ほら、あんまり凝視しないでよ。芸人さんが困ってるわ」
「いやいや、プログラムのバグで画面がぐにゃってなるのは見慣れてるけど、実際に見るとインパクトあるな……」
感心している間に、リリアは芸人にコインを渡している。スライムは花の形へと変わり、俺は思わず見とれてしまった。
「おお……花になった。CGを直接いじってるみたいだ」
「ふふっ、ほんとに興味津々ね。……あ、あっちからパイのいい匂いがするわ」
焼き色鮮やかな看板にシチューの文字も見える。(今度はまともな料理かな……?)
「今度は普通の飯だな? 頼むから変な名前の食い物は勘弁してくれよ」
「安心して。パイはパイよ。……まあ、『ドラゴンのうろこパイ』って名前だけど」
「だから普通じゃないじゃん!」
俺の文句を聞き流しつつ、リリアはどこか楽しそうに腕を組む。ツンと澄ましていた彼女がこんなに笑うなんて、俺にとってはうれしい発見だ。
「さ、行くわよ。次はどんなリアクションするのか見ものだわ」
「はいはい。せめて見た目は無難なやつにしてくれ……!」
そう言いながらも、俺は新たな発見にわくわくしていた。異世界の不思議、そしてリリアの笑顔をもっと見たい――そんな思いが胸を満たしていく。
***
そうして他愛もない会話を楽しみながら、初めての王都での休日を満喫した俺たちは、夕刻前になって学園の寮へ戻ることにした。馬車に揺られながら今日の出来事を振り返る。魔道具を買ってもらったこと、リリアが身の上を打ち明けてくれたこと、そしてあの笑顔……。
リリアは窓の外を見つめてぼんやりしているようだけど、その横顔は今までよりも柔らかい。
学園の敷地に到着し、寮の門をくぐる頃には陽がすっかり傾いていた。馬車から降りると、リリアは少し照れ隠しのように口元を引き締める。
異世界に来てまだ日は浅いけれど、思ったより充実した毎日を過ごせている気がする。明日からはまた学園生活が始まるが、リリアとの距離が少し近づいた気がしてならない。
俺は手の中の小さな箱を見つめ直しながら、この“異世界の暮らし”に胸を弾ませた。
そしてふと、白いドレス姿のリリアに視線をやる。
……本当は“アヒル”なんて呼ぶんじゃなくて、もっときれいな言葉をかければよかったのに。
次に機会があったら、ちゃんと素直に褒められるようになりたいな……そう思いながら、俺はそっと笑みをこぼすのだった。




