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【書籍化&コミカライズ】神獣連れの契約妃~加護を疑われ婚約破棄されたので、帝国皇子の右腕に再就職しました【角川ビーンズ文庫】  作者: 潮海璃月/神楽圭
第二章

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32.噂と報せ

 ティーハウス、というのは、紅茶が提供される店のことだ。パン屋などは路面に鎧戸があり、その鎧戸が上下に開いてパンを売っているけれど、でもティーハウスはそうではない。店の中へ入り、そこでお金を払うと紅茶が提供される仕組みになっている。しかも、どこの誰とも分からない人と一緒にテーブルにつくのが当たり前なのだとか。


 なんてことは、私は知識でしか知らない。絵図で見たことがあるだけで、本物を見るのは、海と同じくこれが初めてだ。


 ラウレンツ様と一緒にやってきて、ほお、と思わず見上げる。見上げるといっても、他の建物に比べて特別背が高いわけではない。ただ、橙色のレンガが積まれたティーハウスの外観は真新しく、どことなく瀟洒だ。


「……これが話題の」

「エーデンタール国にも……確か一店あるんだったかな?」

「ええ、帝国はもう少し多いんですよね。外で紅茶を飲むってどんな感じだろうと思ってたんです」

「まあ……慣れるまで変な感じはするかもしれないね。でも情報収集にはちょうどいいよ」


 クリーム色の扉の前には男性が一人立っていた。その服装は、ごくシンプルな濃紺の短い丈のジャケットに同じ色のパンツ、同じ色のタイに白いシャツと、どことなく執事に近い。


 ラウレンツ様が少し話すと、その男性は恭しく扉を開けようと――したところでこちらを見て止まる。まさか女人禁制なんてことは、と身構えると、その視線はヴァレンに向いた。


「申し訳ありませんが、犬の入店はご遠慮いただいております」


 なんだと! そう言いたげにヴァレンは顔をしかめたけれど、言われてみれば仕方がない。私だって、さすがにヴァレンを厨房に入れたことはない。


「……ごめんねヴァレン、考えてみればそうだわ」

「キューン」


 ふざけるな、この貸しは大きいぞ。そう言っているに違いなかった。ラウレンツ様も、ヴァレンが宮殿に馴染んでいるせいですっかり失念していたらしい。困ったように頬をかいた。


 しかし、私が行きたいと言ったからだろうか、ヴァレンは私のお腹に何度か軽く頭突きをすると、パタパタと尻尾を振り、そのままそこに座り込んだ。ここで待っていてやる、ということなのだろう。


「ありがとね、今日はおいしいものを食べましょ」

「ヴァレンには何をあげるのが一番喜ばれるんだ?」


 中へ入りながら、ラウレンツ様が不思議そうな顔をした。なるほど、これが恋の病の相手に贈り物をしたいときの顔。


「そうですねえ、果物が好きなんですよねえ……普通のオオカミってあんまり食べないと思うんで、ちょっと意外ですけど」

「まあそうか、果物はいつも嬉しそうにしているな」


 なるほど、私に隠れてこそこそ会って貢いでいると。どうやら契約妃わたしの強敵はヴァレンだったといっても過言ではないのかもしれない。神獣だし。


 ティーハウスの中は、びっくり、巨大な四角いテーブルがど真ん中にどんんと置かれていた。テーブルは……ベルシュラムから仕入れている品なのだろう、四隅に施された装飾には細かいながら見覚えのある紋章が入っていた。椅子も揃いの品で、その座面はふっくらしていて心地の良い弾力性がありそうだった。


 そこには既に数人の男性が腰掛けていて、一人だけ女性が笑って相槌を打っている。身形からして、周遊中の貴族だろう。私と同じくらいか、少し年上かもしれない。


「さて、じゃあお邪魔させてもらおうか」

「あ、はい。といっても、これはどういう……?」

「カウンターで紅茶を淹れてもらって、あとは好きにすればいい。ここのティーハウスは窓際にも席があるしね」


 言われたとおり、店内(というか部屋?)の端のカウンターで、給仕の男性にお金を払う。奥が厨房になっているらしく、男性が引っ込んでしばらくするとカップが出てきた。ソーサーごと持ち上げながら、ほお、と感嘆する。陶磁器もこだわりの逸品らしい。


 席に着くと、既にいる人々は朗らかに私達を迎えてくれた。どうやら、入れ替わり立ち代わり人が来るのを楽しむ場でもあるらしい。どこから、とは聞かれたけれど、帝都のほうからと答えると、それ以上身元に関する追及はなく、最近の流行とか、露店で売っているものを聞かれた。純粋な話を楽しむのに身分は野暮だから、ということだろうか。


 ここだけ別世界のような、不思議な空間だった。そもそもオストリン・ノイという地域が領主の干渉をあまり受けないからというのもあるかもしれないけれど、この建物内はどことなく浮世離れした空気がある。もしここでラウレンツ様が「皇子」と名乗ったら、なんて無粋なのだと呆れられてしまいそうな、そんな不思議な場所だった。


 でも、ちょっと気が楽かもしれない。王子妃、侍女、契約妃と立場に名前があることばかりしてきた私には少し新鮮だった。


「そういえば、エーデンタール国の王城ではひと騒ぎあったらしいですね」

「ああ、小耳には挟んだんですが、事実なんですか」


 クラウヴァルト家のクーデターの話だろう。他のティーハウスでもこうして話がされ、そして広まっていったんだろうな、と昔話を聞くような気持ちで耳を欹てていると。


「例の王弟――元公爵が牢で変死したというのは」


 思いがけない報せが、飛び込んできた。


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