33.暗殺と叛逆
「投獄されておりましたクラウヴァルト元公爵とその子――クラウヴァルト元軍務卿が、死亡しているのが発見されました」
その報を執務室で受け、コン、と手から羽根ペンが滑り落ちた音がした。立ち上がった瞬間は、馬鹿な、と短く繰り返すしかできなかった。
「今……今なんと申した……」
叔父上が、と口にしそうになり、すんでのところで噤んだ。執事が、皺に囲まれた目でじっと私を見つめ、もう一度頭を下げる。
「クラウヴァルト元公爵及びクラウヴァルト元軍務卿の死亡が確認されました。現在、詳しい原因を調査しておりますが……」
「ヴィオラは、無事なのか」
口角泡を飛ばして訊ねると、短い返事があった。それだけで辛うじての安堵を得、力なく椅子に掛け直した。机上の書簡には、インクの染みが広がり、読めなくなっていた。羽根ペンを拾い上げた指先は震えていた。
「……どうやらクラウヴァルト元公爵とクラウヴァルト元軍務卿の食事にのみ、毒が含まれていたようです。ヴィオラ元公爵令嬢に関しては、今回の件を受け、非常に憔悴した様子であるとは伺っております……」
そうだろう。そうに違いない。汚れた書類ごと羽根ペンを脇に押しやり、立ち上がる。
「……この件について、父はなんと」
「は、陛下は叛逆罪の証人を殺すこと罷りならぬとしてヴィオラ元公爵令嬢を別室への移送するよう、命じられました」
叔父上達は、本来ならば即座に処刑されるべき罪を犯した。しかし、実弟であり、また自らを長く支えてくれた姿を知っているからこそ、父は決断しきれずにいるようだ。現状は、謀反の関係者について元公爵が断じて口を割らぬという口実で、その処断を先延ばしにしている。だからこそ“証人の移送”なのだ。
「同意見だ。して、ヴィオラはどこへ移送された」
「私は聞き及んでおりませぬ」
「そうか」
叔父上と従兄上は殺害されたに違いない。下手人はおそらく、クラウヴァルト家処刑派の貴族であろう。であれば、移送先を口外せぬのは当然だ。
もしかすると、叔父上は本当に謀反を企んでなどいなかったのではないか――。疑問が過ったが、ヴィオラを思い出してかぶりを振った。あのヴィオラが、叔父上の命令でなければ、あのような恐ろしいことを口にできるはずがない。
胸の奥が痛み、痛むあたりのブラウスを握りしめた。首筋には嫌な汗が滲んでいた。
「……この件は私自ら調査を行う。父にそう伝えろ――いや、私自ら申し出てくる」
「……畏まりました」
上着を羽織り、執務室を飛び出す。慌ただしい朝だった。
ヴィオラの移送先は、ヴィオラのかつての使用人部屋となったようだった。公爵家が捕縛された後は空き部屋となっており、また地下であるため逃亡用の窓もなくちょうどいい、という理由だそうだ。
地下牢よりマシとはいえ、窮屈に違いない。食事も、実父と実兄が殺されたとなれば恐ろしくて手もつけられぬのではないか。心配しながら訪ねたが、部屋の中に入ることはできないとのことだった。扉の両脇、私の頭上よりもう少し上に、鉄格子付の空気孔があり、そこから姿を見て会話はできるだろう、と。
「本件は毒殺と考えられる。その調査のため、なぜヴィオラにのみ毒が盛られなかったか、状況を確認せねばならない」
そう伝えると、見張りは少々不審な顔をしながらも対話を許可した。様子見用の踏み台の上に乗ると、ウサギ小屋のような狭い空間に、所在なく座り込むヴィオラの姿が見えた。昼間だというのに、部屋の中は廊下からの光以外入らないようだった。
「……ヴィオラ、変わりはないか」
私の声に、ヴィオラは驚いた顔はしなかった。肩、首、頭と順番に動かすような緩慢さで、こちらを向いた。表情までは見えなかったが、その目はよく見えた。かつて宝石のような輝きを放っていたその目は、投獄以後路傍の石のようであり、そして今は……何かを諦めたように濁って見えた。
この姿を見て、誰が元公爵令嬢と思うだろうか。その痛ましさで口を噤んでいると、ヴィオラが口を開いた。
「ええ、私は何も」
掠れて引っかかったような声だった。地下牢の空気が悪かったに違いない。どうにか、滋養をつける食事をさせることはできるだろうか。考えたが、他の罪人以上の処遇など認められようはずもなかった。
「そうか……そうか、それであれば、よい」
無事でよかったと声をかけることさえ、許されないのだ。
「……不審な者が訊ねてこなかったか。ここ数日、いや一週間ほど遡るのでも構わん」
「……さあ、私のところへは何も」
返事は短く、言葉は少なかった。それ以外にも二、三訊ねたが、ヴィオラの返事は「何も分からない」だけだった。
しかし、当然ではないか。実父と実兄が殺害されたのだ。こんな時に、口実とはいえ事件のことを訊ねてどうする。そう自らを叱り、引き上げようとしたそのときだった。
「アラリックお兄様」
呼ばれ、はっと鉄格子を掴んでいた。ヴィオラは相変わらず、力なく座り込んでいるだけだったが。
「……なんだ」
返事はなかった。ヴィオラは力なく俯いていた。
どのくらいの間、沈黙が流れていただろうか。果てしなく長い時が流れたような気がした。
「……なんでもございません」
結局、ヴィオラはそれきり黙った。
しかし確かに感じた。ヴィオラには助けが必要だと。




