25.事後処理と情報収集
「それは……大変、ご面倒をおかけしました……」
「ん? いや、ロザリアのことは関係ないよ。事後処理の話だからね」
事後処理とは……。首を傾げると、ヴァレンが代わりに顔を上げた。
「エーデンタール王家が元公爵家をどう処分んしたのか、ということか?」
「ああ。状況に鑑みれば一族処刑であろうが、実際には定かではない」
……有り得る、というか、おそらくそうに違いない。そっと視線を泳がせていると、心を読んだように視線を戻された。あ、これは言うべきだったのかも、と後ろめたい気持ちで縮こまる。
「……多分、して、いないです……」
「別に責めているわけじゃないよ。クラウヴァルト家が生きていても、それだけで今すぐに帝国にとって害があるわけじゃない」
「……そうだとは、私も思うのですが……」
元公爵家の狙いはあくまでエーデンタール国の玉座だった。元公爵家は単純に権力を欲しがったわけではなく、ただ、玉座を継ぐ正当性を主張していただけだ。だから生きていたところで帝国が危険にさらされることはおそらくない。もう一度エーデンタール国の転覆を目論んだって、そこで一転して軍事政権になるわけでもない。やはり帝国には影響が出ないだろう。
もちろん、さっさと処刑してしまえばいいのにとは思えない。元公爵も、夫人も、ヴィオラ様もその兄君も、私の知っている人だ。彼らが処刑されたところで私の日常は変わらなくても、でも胸には言葉にし難い蟠りが残る。エーデンタール国には手が届かない場所に連れていかれ、そこで静かに暮らしてもらえるなら、それが一番いい解決な気がするのだ。
「ただ、残っているのかどうかは確認しておきたかった。そのために少し情報収集をしてね、それで遅くなった」
「……なぜ確認が必要だったのです?」
「それを話すと嫌われてしまいそうだからやめておこう」
「私がラウレンツ様を嫌いになるわけがないじゃありませんか」
大事なご主人様です。深々と頷くと、ラウレンツ様は組んだ足に肘を乗せ……珍しく困ったように笑った。どうだかね、と。
「前にも話したかもしれないが、俺は意外と寛容ではないよ。性格だって悪い」
「ラウレンツ様は性格が悪いんですか!?」
「うむ、コイツは中々腹黒いヤツだと私は見込んでいるぞ」
ぽふ、とヴァレンが前足を膝に乗せる。
「性格の良い者にまともな皇子が務まるものか。しかし案ずるな、皇子よ。鳩より利口な者は悪しき考えも浮かぶものだ」
「……それは何か庇ってくれているつもりなのかな」
「例えばエーデンタール国の王子は小心者であるが、性格が悪いわけではない。小悪党にも及ばんかったからな」
自分の観察眼を披露するような得意げな表情を浮かべる。ラウレンツ様は異論があるらしく、眉を吊り上げてみせた。
「ロザリアにこんな扱いをしておいてか」
「性格が悪いとは似て非なるものだ。あれはあれで自らの望むものがあったのだ。子どものまま、我儘であった、とでもいえばよかろう」
「言われてみれば、そうねえ……」
アラリック王子から嫌味を言われても、嫌がらせじみたことはされたことがない。それはどちらかというとヴィオラ様の専売特許だ。
「……神獣の力さえあればよいと粗略に扱っていたことも、充分に性格が悪いと言えると思うけどね」
「うーん、でもそのあたりは、配慮が足りなかっただけ、とでもいえばいいんでしょうか? 実際、私はヴァレンを理由に召し上げられただけですし……」
「他者への想像力が欠けている人間に対し、そう庇い立てする必要はない」
冷ややかに切って捨てられ、あ、しまった、と縮み上がる。ラウレンツ様はアラリック王子の話をするとご機嫌が悪いのだ。
「まあ、それは、はい、そうです……。あ、でもそうです、そのアラリック王子からの申し入れの件ですけれどもね!」
せめてこれだけは、と意気込んだ。ラウレンツ様に迷惑をかけてはいられない。自分の不始末は自分でしなければ。
「商会館での会合に参加させていただき思いついたのですが、今のエーデンタール国を相手にするのであれば――」
「それはいいんだ」
その勢いある口の前に、そっと人差し指を立てられた。柔らかい感触に心臓が跳ね上がったけれど、ラウレンツ様はなんとも思っていないらしい。不機嫌な顔こそしていないものの、淡々と続けられた。
「それは俺に任せてくれ」
「任せてくれって……私自身の問題なので私が解決するのが筋のように思えますが……」
「君を雇う際、この手の面倒ごとを抱え込むと決めたのは俺だ。それに、俺自身の手でやらなければ気が済まない部分もある」
そういう……ものだろうか? 気が済まないとはなんだろう。雇用相手にケチをつけられると腹立たしく感じる……とか? そうかもしれない。私だって、いま宮殿で私のお世話をしてくれている侍女の皆々様に外からケチをつけられると何倍にもして返してやりたくなる。
それなら、ラウレンツ様にお任せするべきなのかも……。なんだか釈然としないが、そういうことならと軽く頭を下げた。
「でしたら……お言葉に甘えまして……申し訳ないのですが」
「ロザリア、君はね。君自身への配慮が足りなさすぎるよ」
「……はい?」
今ってそういう話でしたっけ? そう首を傾げてしまいたくなるほど、私の中では噛み合っていない続きだった。でもラウレンツ様は、まるで諭すような口調で続ける。
「婚約破棄然り、婚約破棄後の行動然り、エーデンタール国のやっていることは滅茶苦茶だ。それなのに君は、ヴァレンがいるからそういう扱いを受けるのが当たり前だと考えすぎている」
「そういうふしは……もちろんありますが……」
「仕方がないんだと受け入れて、そこで頑張るのは君の強さだと思う。でも何でも受け入れる必要はない。俺は何度も言うが、君はもっと我儘でいい。例えば、君はいつも楽しそうに働いてくれているけれど、宮殿での仕事は俺が頼んだことだから。君自身がしたいと思うことをもっと表に出してくれていいよ」
あ、それそれ! 私がラウレンツ様に言いたかったのはそれ! 池の鯉のように間抜けに口をぱくつかせてしまいながら、返事に困った。ラウレンツ様に先に言われてしまったので、これから私が口にしても「同じ気遣いをしている」以上には思われないに違いない。いや同じかもしれないけど。同じじゃないかもしれないし。
その悩みをどうやら勘違いされてしまったらしい。ラウレンツ様は先ほどとは打って変わって穏やかな笑みを浮かべ、話を聞く姿勢をとってくれた。
「今あるのかい? だったら遠慮なく言ってくれ。この視察の道中でも羽を休められるところはいくらでもあるだろうし」
「そういうわけではないのですが……いえそういうわけでもあるのですが……」
なんだろう、噛み合っているけれど噛み合っていない。ううん、と腕を組んで首を傾けた。でも……でも折角だから私がしたいこと……。
「……じゃあ、また今度ゆっくりベルシュラムに来てみたいです」




