22.質素な生活と豪快な道
ニコラウスと共に到着した宿は、宿といってもタウンハウスのようだった。もちろん、私が見慣れているのは王城と宮殿なのでかなり小ぢんまりしている。二階までしかないというのもそうだけれど、玄関ホールでぐるりと周囲を見渡せばそれで目が届くくらいの広さだ。昼間に見た商会館のほうがよっぽど大きい。
それでも、道中の宿泊先という点では充分に立派だ。昨日までは宿場町の宿を利用していて、こんなところに帝国皇子が寝泊まりしていいのかしらと、正直ちょっと不安になった。でも今回はちゃんと家だ。きっと貴族御用達の宿泊先なのだろう。
「すごいのねえ……本当に、外に出ると知らないことがいっぱい。みんなこんな感じなのかしら?」
ヴァレンに訊ねてみたけれど、もちろん知るわけもない。代わりにニコラウスが「違いますねえ」と使用人に上着を預けながら返事をする。
「外出時の宿泊先といえば付き合いのある貴族の邸宅です。しかしそれも貴族の話、帝国皇族なら専用の邸宅を各地に持っていてもいい気はしますが……ここはベルシュラム商会が管理している宿泊先の一つですね」
「まあ……ラウレンツ様があまり使わない邸宅を各所に持つとは思えませんものね」
「あの帝国皇子も、なかなか不思議な方ですよねえ。豪快かと思えば、変に倹約家のようにも見えます」
「……豪快、ですか?」
どちらかというと倹約家でしかないように思う。食事一つ取ってもアラリック王子に比べて随分質素だ。治安がいいからと出歩くのにさして護衛もつけないし、社交場に出る衣装は大体同じで、伝統という名の便利な使い回しをしている。捨てる書類は裏までびっちり書き込まれているし、ラウレンツ様ほどの吝嗇家もいないと言っていい。
「浪費家とは言いませんが、しかし豪快ですよ。帝国は街道整備が随分進んでいるでしょう?」
今日の道程しかり、と言いながらニコラウスは窓辺へ寄る。
「元皇妃追放後、ラウレンツ殿下が行った施策はいくつかありますが、金額で言えば大きな割合を占めるのがこれです。反対する臣下を抑えてまで莫大な投資をしたそうですよ」
そうだったんだ……。街道の整備、と一言にいっても、その内容は馬車の通りやすい道にすること、人々が通るよう近辺の盗賊を排除しておくこと、などなど多岐に渡る。確かに帝国は優れている、とは思ったけれど、まさかそれがつい最近のことだとは思っていなかった。
元皇妃を追放した後、帝国財政は火の車だったはず。その中で莫大な投資をしてまで街道の整備をした理由は……もちろん、帝国発展のためだろう。でも帝国発展のためにできることはいくらでもある。その中でなぜ街道の整備だったのか。
「……私、ラウレンツ様のこと、あんまり知らないのよね」
王都から帝都へ移ってきて、とにかく役に立たなきゃと働いて……。でもそればかりだった。ラウレンツ様の仕事ぶりは知っているし、何をしたかも見ている。例の意中のお相手も知らないままだし、元皇妃追放のことだって、書類に残っていること以外は知らない。ラウレンツ様が何を考えているのか。
「知らないならお訊ねになればよろしいではないですか」
「……訊ねても答えてくれないことも多いんです」
ニコラウスはその手のことが上手いから簡単に言ってのけるのだ。溜息と一緒にニコラウスに背を向け、ラウレンツ様の扉に耳を欹てた。まだ戻っていらっしゃらない。食事は、モンドブルク宮殿から来た従者が手配して運んできてくれるということだった。要は一人で、ということだ。
どこで何をしていらしたのか。はあ、と手を添えたまま溜息をついてしまうと、ニコラウスが肩に手を載せてきた。
「では、殿下がお戻りになるまで二人でゆっくり語らうとしましょうか」
「貴方との語らいは済みました」
ぺいっとその手を下から上へ払う。ヴァレンも鼻に皺を寄せて唸るので、さすがのニコラウスも一歩退いた。
「それから、ニコラウス。私は確かにアラリック王子の妃ではなくなりましたし、ラウレンツ様の妃も契約上の地位――要は私はただの名もなき伯爵令嬢と言いたいのでしょうが、違います。契約上の地位でもそれは確固たる私の地位です」
だから馴れ馴れしいんでしょう、と言うつもりで、胸に手を添えながら睨んでみせた。
「帝国皇子妃に対するものとして接してください。不敬ですよ」
「詭弁というのですよそれを」
「貴方のそれが詭弁です!」
「しかしラウレンツ殿下は夕餉には間に合わないそうです。よろしければベルシュラム商会御用達の料理店で共にいかがです」
「結構です。私は先に戴いてラウレンツ様をお待ちしておりますので」
何を言ってもどこ吹く風のニコラウスから顔を背け、室内に飛び込んだ。




